『あんぱん』第77回 簡単に打ち捨てられた「主人公の夢」もう何も信用できない

東京取材から帰ってきて、妹のメイコ(原菜乃華)に「ねね、どうやった東京?」と尋ねられたのぶ(今田美桜)は「ええ取材ができたけど、もうヘトヘトや」と答えてちゃぶ台に突っ伏してしまいます。
いちおう押さえ直しておきますけど、のぶにとって東京の銀座に行くことは子どものころからの夢だったわけですよね。メイコと蘭子(河合優実)によれば、のぶはそれを強く願っていたから、ついに夢が叶ったということになっていました。
この2日間で描かれた東京取材は、主人公の夢が叶っている、まさにその瞬間を描いたものだったはずなんです。プロ野球選手なら一軍デビュー戦、アーティストなら武道館公演、その夢のステージに立った若者の姿に、のぶが見えましたかねという話なんですよ。
訪れた東京は、のぶが子どものころから思い描き続けてきた華やかな風景ではなく、焼け野原でした。浮浪者がそこらじゅうに転がり、ガレキが積み上がっている。その光景にショックを受けるかと思ったら「胸がいっぱい」とか言い出しておでんを食わない。男衆が腹を下して、薪鉄子(戸田恵子)と出会うことになる。
それ以降、のぶが子どものころから東京に行きたいと強く願っていたという設定は打ち捨てられることになります。有楽町のガード下をウロついていたにもかかわらず歩いて10分もかからない銀座にも行かない。
NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』は主人公の長年の夢を鉄子と出会う段取りとして利用して、あとはポイ捨てしたわけです。主人公がいつの間にか自分の夢に興味を失っているという状態が映画やドラマで描かれることは非常に珍しいと感じるわけです。なぜなら、夢というのはその人の軸、人生、生き方そのものだからです。「どんな夢を持っている人か」という問題は、そのキャラクターが「どんな人か」を表す最大の要素だからです。
のぶの夢を簡単に打ち捨てたことで、もうのぶという人がどんな人なのか全然わかりません。なぜ鉄子に興味を持たれたかも、なぜのぶが八木(妻夫木聡)に興味を持ったかも、全然わからない。全然わからない人が、何かやってるだけ。
いや、こっちだってのぶがずっと東京に行きたいと強く願っていたという設定を丸っと信じたわけじゃないし、むしろ「そんなわけねーだろ」と思ってたけど、ドラマ側から「それが夢です」と提示しておいてこんな簡単にポイ捨てしたら、じゃあ何を見ればいいのよと思っちゃうわけですよ。
第77回、振り返りましょう。
八木ちゃん、それは不可解
再登場した八木ちゃんですが、この人について残っている印象は、とにかく不可解というものです。嵩(北村匠海)が井伏鱒二を愛読していたという理由でドチャクソにエコひいきして、上層部に手を回して嵩を出世させたりしていた人。
もともとが不可解なもんだから、戦争が終わって東京で浮浪児の面倒を見ていると言われても、意外でもないし「八木ちゃんらしいな」とも思えない。またなんか、ドラマの展開に都合のいい設定が追加されたな、という印象しかないわけです。
それにしても筋が悪いと感じるのは、コッペパンを配ったり読み書きを教えたりという行為は、本来のぶがやるべきことなんですよね。「東京行き」とは別に、のぶには「子どもが大好き」という設定が与えられているわけですが、戦後ののぶが子どもにやってきたことは、スルメをかじってる子に「おいしい?」って聞いたり、新聞社に呼んで座談会をさせたり、東京では無遠慮にカメラを向けたり、薄情の限りを尽くしてきている。八木の行動によって、のぶの子どもに対する薄情さが強調される結果になってるんですよね。
八木に取材拒否されても熱心に聞き込みに回った、本来掲載するはずだった女王の記事を勝手に八木の記事に差し替えた、そういうことを「情熱的である」として描いたところで、それがのぶが本当にやりたいこと、やるべきことだとは思えないわけです。やっぱり、主人公が中途半端に教職を放り投げたことは、このドラマの禍根としてずっとついて回ると思う。これはもう、取り返しのつかないことになってると、改めて感じました。
雑誌ごっこはもうええよ
高知に帰って早々に表紙イラストを描いている嵩くん。君は東京で何をしてきたのだ? ずっと好きな子のケツについて回って、メモらしきものを取っていたみたいだけど、なんの役にも立ってないよね。
「くじら」のパート、いちおう期待があったわけですよ。終戦直後の雑誌作りってどんな感じだったのかな、今とどう違うのかな、検閲とかあったのかな、そういう知的好奇心を抱いていた時期が、私にもあったわけです。結太郎(加瀬亮)が死んだときのお葬式、おお、こんな感じだったのか、と感心した体験があったからね。かつての風景の再現というものを、『あんぱん』はちゃんとやるドラマだと、思っていた時期があったの。
何これ。表紙の下描きすら見せないイラストレーター。勝手に台割を無視して別の記事を差し込むライター。ひたすら許容する編集長。ここで描かれるお仕事の描写はもう、目を覆わんばかりです。ほんと、見てらんなかった。
なんかもう信用できることが何ひとつないんだよな。仕事だから見ないわけにはいかないので、明日までに何か探しておきます。
(文=どらまっ子AKIちゃん)