『あんぱん』第84回 多くの死傷者を出した実際の震災を「ツンデレラブコメ」の下地に使うとは

すげえ、すごいな、ここでツンデレのラブコメをやるんだ、すごい神経というか、無神経というか、実際にあった大災害を「ホントの自分の気持ちに気付いた(キュン)」のきっかけにしちゃうだけでもどうかと思ってたけど、コメディにしちゃうんか。「正確には4回です」じゃないんだよ。人が死んでんだぞ。
だいたい冒頭からおかしかったんですよ。
「嵩の安否がわからないまま、地震から丸2日が過ぎました」というナレーションね。
安否がわからないのは嵩だけじゃないです。くらばあもママも蘭子メイコも生きてるか死んでるかわからない。そういう状況を作っておいて、NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』というドラマは、ヒロインから家族の存在を「剥ぎ取る」という作業をやってるんです。ここまで残酷な作劇が用いられたドラマはちょっと記憶にありません。
もう今田美桜も林田アナも、さすがに自分たちが何を読んでいるのかわかってるでしょう。戸田恵子も内心ブチ切れてるだろうな。というか、ブチ切れていてほしい。もう何もかもがまともじゃない。狂ってる。誰も息をしていない。
第84回、振り返りましょう。
それでもまさかラブコメになるとは
前半はまだ、緊迫感だけはあったんですよね。地震から2日たって、ようやく大阪とは電信がつながったという。ようとして知れない高知の様子を見に行くために、のぶと鉄子は駆け出そうとする。
あのー、疑問なんですけど、代議士でも連絡が取れないような西日本の状況を、当時の新聞はどうやって記事にしてたんですかね。写真も載ってたみたいだけど、通信衛星? Starlink? 実際に震災翌日、1946年12月22日の朝日新聞の一面の画像がネットにあったので見てみたら、【大阪発】とか【和歌山発】とか書いてました。記事には高知の様子もあって、「死者何名」「行方不明何名」「全壊何戸」「半壊何戸」って、かなり詳細な数字が掲載されています。少なくとも史実ベースでは報道は機能しているし、のぶたちの情報源も新聞だから、劇中でも機能しているとされている。
じゃあなんで鉄子に情報が入ってこないのか。鉄子はなんで情報収集を秘書任せにしてるのか。そして秘書が鉄子たちの高知入りを阻止する理由もよくわかりません。
自分は20年前の関東大震災の被災者で、3日間火災が続いた。黒い煙が不気味だった。「被災地は危険だ」から行くなと言っている。
「どうか、冷静になってください」
これで納得する鉄子さん、黒い煙の不気味さがよっぽど怖かったのでしょうか。火災が続いているかどうかは新聞に載っているよ。このあたりで、今日の「代議士ごっこ」はずいぶん「ごっこ感」が強いな、キッザニアだなという印象は受けていたんですよね。原稿なので落ち着いて書いてますけど、もうイライラしてしょうがなかった。
クリスマス、それは奇跡の夜ですから
冷静になった鉄子が何をしたのか知りませんが、のぶは昼間から家に帰ったようです。「孤児に話を聞く」以外、ホントに何にも仕事がないのね。それであんないいお洋服を新調できるくらいお給料もらってるのね、いい御身分ね。家の近所のガード下では、屋台の焚き火が黒い煙を上げています。それを見つめるのぶ、何を考えているのかはわかりません。まさか「嵩も今、こんな黒い煙を見つめているのかしら……」とか思ってんのかな。
それはそれとして、幼なじみのたっすいボーイへの本当の気持ちに気付くにはいい日なのかもしれませんね。地震から2日後、もう明日はクリスマスイブです。八木ちゃんからの「あいつは死にはしないよ」というセリフは、何よりのプレゼントだったかもしれません。
だけど八木ちゃん、あんた何を言ってるの。
「大陸の駐屯地にいたとき、あいつは何度も死にかけてるんだ」
飢えて死にかけてたのは嵩だけじゃないよね。あんたも補給を断たれてたよね。コンタなんて頭おかしくなっちゃったよね。
中隊全員餓死寸前、補給が間に合ってどうにか生き残った。それをなんで、八木ちゃんは他人事のように語っているのか。妖精だから腹が減らないということか。マラリアにもかかったそうですけど、「もうあいつはダメだとみんな思った」ってことは、嵩だけ単独感染ですか? どういう状況?
「嵩、そんなに大変な思いをして帰ってきたがですね」
のぶさんあなた、戦争をどんなもんだと思ってたわけ? こいつホントに自分のことしか考えてねーのな。このセリフで、復員した嵩と再会した際に、のぶが一切喜んだり泣いたりしなかった理由がわかりましたね。本当に、マジで相手のことなんて何にも考えない、想像すらしない人間だということです。だからあの場でも「教師辞めた」とか急に自分語りを始めたし、センチメンタルな自己憐憫に浸るだけだったわけだ。
そういう人間が、「失いそうになって初めて大切さに気付いた」という流れなんだけど、これも逆説的に、嵩が戦地に行ったときには「失わないと思っていた」ということになってしまう。「戦争=わりと高確率で死ぬかも」という想像ができていなかった。そういう認識の甘さと、そんな認識だったにもかかわらず偉そうに戦争責任を感じて教師を辞めるという判断のクソさと、もうのぶという人が何かしゃべるたびに、物語が進むたびにこいつの浅はかさばかりが積み重なっていくという地獄の展開です。今田美桜、さすがにもう自分がどんな人間を演じているか、わかってきてるよな。つらいよな。がんば。
おまえにも家族がいるだろう
嵩が寝てたのは別にいいんだけど、おまえ千代子さんとおしんちゃんのことは考えてないのかよ。高知市街に住んでるのはもういいとして、つい最近、赤いハンドバッグを取りに実家に帰ってたよな。そのとき千代子さんとおしんちゃんの顔を見てるだろう、ホントについ最近の話だよ。五体満足だったら、御免与に行ってみようとは思わないのですか。汽車が止まってる? おまえが子どものころに歩いた道のりだよ。海岸に寄り道したっていいんじゃないの。
そして若松の家で暮らす蘭子メイコも気味が悪いです。ママが訪ねてくるまで、のん気に掃除してる。君らも落ち着いたらすぐ御免与に行けよ、若いんだから。ババアにご足労かけるんじゃないよ。息切れしちゃってるじゃん。
そんでママが若松の家を「あんたらの家」と呼ぶのも黒い煙以上に不気味ですし、文字通り「全員無事」すぎて大きな地震が起きた感じもしないし、もう全員がウソを言っているようにしか見えないんですよ。壮大なメタホラーを見させられてるような、そんな感じ。
で、残り5分のツンデレラブコメはもうね、見てて苦しくなってきちゃった。
普通の生活、くじら編集部での暮らしの中でヒロインが嵩を好きになるようなエピソードを描けなかったから、実際に起こった震災を利用する。その震災を利用しても2人の距離を近づけることができないから、「震災が悲劇である」という前提さえ捨ててコメディにする。
2人に恋愛をさせて、夫婦にさせなきゃいけないという物語の縛りが、ドラマそのものを壊している。あらゆる人間を片っ端から壊している。
結果、もはや人間ではなくなった生き物同士が「あなたの二倍あなたを好き」とか言いながら、これから夫婦になっていくんですよ。怖いですね。明日はゲー出ちゃうかも。
(文=どらまっ子AKIちゃん)