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『あんぱん』第87回 すり替えられた上京の目的、マンガを描きたいのに全然描かない嵩

今田美桜(写真:サイゾー)
今田美桜(写真:サイゾー)

 昨日の回で、急にのぶ(今田美桜)が暮らすガード下の家を訪ねてきた登美子さん(松嶋菜々子)。嵩(北村匠海)が上京してきたその日という、あまりにも都合のよすぎるタイミングだったため目的が不明すぎたわけですが、今日は冒頭でその目的が明らかになりました。

『あんぱん』この作品に人の悲しみは描けない

「会いたかったわ」

 会いたかったんだそうです。今、終戦からどれくらいだっけ。1年は経ってるよね。出征のとき、わざわざ高知まで駆け付けて「何をしてもいいから生きて帰ってこい」と告げた息子が復員してから1年ですよ。会いたかったんなら会えば? しかも手紙のやり取りはしてたそうじゃない。夫は死んで、衣食住にも困ってないようじゃない。高知の新聞社で働いてる息子に会いに行ったらよかったじゃない。会いたかったんでしょ。

 その手紙のやり取りも「だいたいのこと」を嵩は報告しているそうですけど、この「だいたい」って言い方もズルいんだよな。登美子がどんな情報を持っているか曖昧にしておいて、都合のいい要素を出し入れするための「だいたい」。

 その後の会話から推測するに、嵩は幼なじみののぶちゃんが結婚して、旦那が死んでて、自分はのぶちゃんのケツを追って上京して、あとガード下ののぶ家の住所とか上京する日程とかを手紙に書いてるってことですよね。そんで、自分が東京で何をするかは書いてない。

 コミュニケーションが壊れてるのがダメなんですよ。息子が戦地から帰ってきて、すぐに会わなかったとしても「1通目の手紙」というものが存在するわけですよね。そのとき登美子さんが何を思って、どんな返事を書いたのか。その感情の最大臨界点が抜けているから、嵩と登美子という2人の関係性がまるでわからないわけです。登美子は「夫が死んだわ」と書いただろうし、嵩は「今度、取材で東京に行くよ」と書いたはずなんだよ。そういう「会えるタイミング」を全部スルーしておいて、今さら「お祝い」も何もないんだよ。

 なぜだかNHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』というドラマは、のぶと嵩に自発的に仕事を選ばせるということを徹底的に避けていて、その嵩の再就職の斡旋のために登美子というキャラクターを倉庫から引っ張り出してきた。そういう意図が見え透いているのがツマンネと言いたいわけです。

 あと、のぶは最初にあてがわれた部屋から腹痛部屋に引っ越したのかと思ったら、もともとこの部屋だったのね。だったらなんで今までそう説明してなかったんだろう。これはシンプルに意図がわからない。作り手の意図って、見え透いていても見えなくてもつまんないものなんですね。

 第87回、振り返りましょう。

なんのために生まれて、なんのために東京に

 さて、嵩が上京した理由ですが、本人がツダケンと話していたシーンを思い出すと、のぶと一緒になるためとのことでした。

 好きな女の人と一緒になるために東京に行く。そう決意を固めた大人の男が、住むところも仕事も決めないで闇雲に上京している時点で意味がわからないわけです。何もかも投げ捨てて、衝動的に「来ちゃった……」が通用するような年齢じゃない。ラブストーリーを描く場合、何にロマンチックを感じるかというのは作り手の恋愛観が大きく影響すると思うわけですが、ミホちん、こうやってかわいい男が「来ちゃった……」って、衝動的に来ちゃうシチュエーションに興奮したりするんですかね。

 それは別にいいけど、急に「マンガを描きたい」って連呼するのはいただけません。なぜいただけないかといえば、描いてないからです。雑誌連載で2本、あと表紙のイラスト、それをさっさと仕上げて自分の描きたいマンガをガリガリ描いていたり、有楽町に着くなり「汽車の中でおもしろい話を思いついたんだ」とか言いながら、のぶ家のちゃぶ台を占領して原稿用紙を広げたりしてたらまだその情熱も伝わるんだけど、全然そんなことしないもんな。

「のぶと一緒になりたい」という上京の動機がいつの間にか「マンガを描きたい」にすり替えられて、すり替えられたのにマンガを描こうとしない。そんでもともと「一緒になりたい」はずだったのに同棲とか結婚については全然考えてなかったような顔をする。

 じゃあ、何? おまえ何なん?

 要するに、生活と対峙させろよって話なんですよ。まず日常を設定してくださいという話なんです。今の嵩は、のぶと一緒になりたいけど同棲や結婚に踏み切る決意は固まっていないという状態なんだよね。その時点で意味わからんけど、だったら一旦目白の登美子家に厄介になるという話をつけて、それから仕事を探すなり、登美子にドヤされながらマンガを描くなりしつつ、のぶとの関係を成熟させていけばいいじゃない。

 のぶを驚かせたいから就職が決まるまで会わないようにしてたって何? 雑談とかしてないの? 一緒に飯も食ってないの? なんでそんなことで驚かせたいの? その数日間どこで何をして暮らしていたの? マンガは描いてるの?

 生活とコミュニケーションと夢と、ドラマを構成する全部が壊れてるからもう何を見ているかわからないのです。昨日は戦争や地震についての悲しみを描くことは、このドラマにはできないと書きましたが、今日は、好きな人と一緒にいることの喜びや幸せすら描けていないと感じました。

 じゃあ何ができているのかと言えば、中途半端に史実をつまみ食いしながら放送枠を埋めていくという、ただそれだけしかできてない。

次郎さんの写真

 のぶの部屋で酔いつぶれた登美子、朝起きると次郎さんの写真がキレイさっぱり片付けられている。それを一瞥する嵩。

 ここで嵩が何も言わなかったということは、嵩も共犯なんです。母子2人で、のぶの亡き夫を透明化させたということです。無職で、責任を取る決意もしてないくせに、次郎さんの写真は目障りだから片付ける。しかも、嵩にそれをやらせるのは忍びないから母親の手を汚させる。

 2人がニコニコラブラブする上で懸案となっていたのが次郎さんの写真なわけですが、これだってちゃんと向き合えばドラマになるわけじゃないですか。何かしら、2人そろって前を向けるようなエピソードがあって、2人が次郎さんの写真の前に肩を並べて、ちゃんと「付き合うことにした」と報告して、「次郎さんの分も僕がのぶちゃんを幸せにする」とかなんとか決意を述べる。それから、「ごめんなさい」とか言いながら写真を伏せてセックスでもなんでもすればいいじゃない。

 それを「登美子が来たおかげで写真を片付けることができました、めでたしめでたし」なんてさ、よくそんな節操のないエピソードを思いつくもんだわ。グロすぎるやろ。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/07/29 14:00