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『あんぱん』第91回 長尺便所キスのおかげで、ますますヒロインの実体がわからなくなりました

今田美桜(写真:サイゾー)
今田美桜(写真:サイゾー)

 NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』第19週、「勇気の花」が始まりました。

 先週のどこかの回のレビューで、主人公・のぶ(今田美桜)の描き方について「バッターボックスに立ったシーンと二塁打を打ち終わってセカンドベースに立っているシーンだけがあって、打った瞬間がない」と書きましたが、今日もそんな始まりでしたね。

「世良さんは事務所を構えて、独り立ちなさったそうですね」

 物語の中で鉄子(戸田恵子)の秘書だった世良さんが必要なくなったから退場させるのはいいんですけど、のぶという人の仕事について考えたとき、第2秘書から第1秘書への昇進は上京以来の大事件であるはずなんですよね。

 世良をスーパーシゴデキかつユーモアも併せ持つ優秀な人物として描いてきて、ここまで、のぶは世良がいなければ何もできない秘書だった。その世良がいなくなる不安を描かないから、のぶの人生が何でも勝手に上手くいく「ご都合主義」に見えてしまうんです。

 あと、なんですか、「なさったそうですね」って、伝聞ですか。

 先週、忙しそうなのぶが「引き継がなきゃいけない仕事がたくさんある」みたいなことを言ってました。これが世良独立の伏線であって、今日それが明らかになって「世良さん辞めちゃうんだ」と回収したつもりなんでしょうけど、「なさったそうですね」で完全に回収に失敗してます。絵に描いたような伏線回収失敗。こんなの、プロが作った作品ではあまり見ることのないレベルのポカですよ。

 本来、「え、世良さん辞めちゃうんですか?(超不安)」からの「君がいれば先生は大丈夫だ(なぜか信頼している)」からの「そんな、私なんて(謙遜)」からの「君自身は気付いてないだろうけど、君のこれこれこういうところはとっても議員秘書に向いているんだ(確信)」からの「世良さん……(涙)」くらいやっといてほしいんです。これだって十分ご都合だけど、それくらいやってくれれば、こっちも「のぶちゃんはのぶちゃんで仕事しとるんやね」と感じることくらいできるわけです。

 尺の都合はわかるし、あの便所キスをじっくり時間をかけて描きたかったのでしょうけれども、第1秘書になっても鉄子のスケジュールを把握してるわけでもないし、何か勉強した形跡もないから、結果としてまたのぶの日常がフワフワと宙ぶらりんになってしまっている。「大志」を抱いて上京したはずが、その「大志」をどれくらい実現していて、今どういう過程にいるのかがわからない。

 主人公なんですよね。朝ドラはヒロインの人生を描くんですよね。この人はいったい、何をされてる方なの?

 あと世良さん、議員秘書が独立して事務所を構えるって何? 出馬するということ? 最強秘書軍団を作るの?

 世良にしても、「くじら」に広告を入れてくれた質屋の旦那にしても、人物描写として光る瞬間はあったんです。こうやって雑に捨てちゃうから、『あんぱん』って魅力的なキャラがいないな、つまんねーなということになってしまう。

 第91回、振り返りましょう。

典型的なワナビー嵩

 まずもって嵩くん(北村匠海)は「マンガを描きたい人」なのか「マンガ家になりたい人」なのか、そのどっちなんだという話なんです。前者は衝動で、後者は計画です。

 無目的、無準備で上京してきた嵩はのぶに「東京で何したい?」と問われて、「思い切りマンガを描きたい」と答えました。その時点では、衝動なのかなという感じでした。

 しかしそれからというもの、「のぶちゃんを幸せにするために就職するからマンガは描けない」「上司が演劇のポスターを描けと言うからマンガが描けない」「知らない若者と3時間も話し込んだからマンガが描けない」「手嶌治虫の才能に打ちのめされたからマンガが描けない」と、まるで描けない理由をずっと探しているように見える。

 今日はのぶが雑誌の募集記事を出してきて、ようやく嵩はマンガを描き始めました。

 要するに「のぶに背中を押されて」をやりたすぎるわけです。嵩が「マンガを描きたい人」なのであれば、のぶに言われなくても寝食を惜しんでマンガを描くだろうし、「マンガ家になりたい人」なのであれば自分の足で本屋さんまで歩いて行って『新宝島』や募集記事の載った雑誌を自分のお金で買うでしょう。そのどちらでもないから、「描きたい描きたい」言いながら何も具体的な行動を起こさない典型的なワナビーくんに見えちゃうのよ。

 これが「若いころマンガ家を目指していた人」の話ならまだいいけど、私たちはこいつが『アンパンマン』を描くことを知ってるわけですから、こういう感じで作家としての黎明期を描かれると『アンパンマン』という作品の印象すら変わってしまうわけです。実存するやなせたかし氏のメッセージが、すでに劇中では大半が寛おじさん(竹野内豊)の受け売りであるということが明らかになっています。さらに「描く」という行為そのものまで自発的でなかったとしたら、いったい嵩というキャラクターに何が残っているというのでしょう。

 あとのぶちゃん、原稿用紙の横にお茶を置くのはやめてください。ちゃぶ台に置いて「お茶、淹れたよ」と言いましょう。こぼしたら大変よ。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/08/04 14:00