『あんぱん』第92回 あらゆる人物の行動に情熱が伴わない 特にマンガ家志望のあなたですよ

シンプルに脚本家の性格が悪いんじゃないかと思えてきましたね。
上京以来、「描きたい描きたい」と言い続けながらまったくマンガを描いてこなかった嵩くん(北村匠海)。昨日、のぶさん(今田美桜)に「雑誌に応募したら?」と言われて急にガリガリ描き始めましたが、今日はその作品が入選したところから。
休日の朝、嵩くんがまだ寝ているうちに、のぶさんは雑誌を抱えて帰ってきます。そして嵩を叩き起こすと、入選していることを教えてあげるのです。
のぶさんがいなきゃマンガも描けないし、応募の結果を知ることもできない男、嵩。すべての手柄はのぶさんからもたらされなければならないという鉄の掟。
これだと、嵩が結果に興味がなかったことになっちゃうんですけど、そこまでして嵩という人をウジウジのウジ虫として描きたいのか。
ウジ虫であることは別にいいんです。ウジ虫だけどマンガへの情熱は人一倍、だったらいいの。だけど、マンガへの情熱や興味がないと思わせる描写は、それだけは丹念に取り除いていかないといけないと思うんですよ。
例えば今日の合否を知る場面。まあ本屋のセットが無理なのはわかるけど、家だけでなんとかなりそうな気がするんですよね。
嵩はその朝、落選しているかもしれないという不安から早く起きちゃってる。本屋の開店を待って雑誌を買いに行こうとするけど、1人じゃ心細いから「のぶちゃん一緒に本屋に行こう」と誘う。2人で本屋に行って雑誌を見つけるも、ドキドキしちゃってすぐに確認できず「やっぱり家で落ち着いて結果を見よう」とか言って、雑誌を開かないまま家に帰ってくる。軒先でのぶちゃんに「先に見ちゃろか?」とか言わせてもいいだろうね。
それからちゃぶ台に座って、「せーの」で開いて「たまるかー!」で抱き合っちゃったりなんかして、そのあと照れたりなんかすればいいんじゃないの。ウジ虫とマンガへの情熱を両立できるんじゃないの。
なんかこう、脚本家自身がマンガというものに対して「情熱を傾けずとも描けるもの」として認識しているように見えるんですよね。少なくとも今回の応募作は嵩という駆け出しのマンガ家にとって、数カ月にわたってため込んだ「描きたい」という情念を爆発させた作品であるという位置づけですよね。それが入選するかしないか、発表のある雑誌の発売日に「寝てる」というのはどういうことなのか。本屋の開店って朝10時かな、違うかもしれないけど、寝すぎだろ嵩。
あと、先ほど位置づけ的には「情念の爆発」と書きましたが、あの闘牛士が犬に尻を咬まれる4コマが「情念の爆発」とは到底思えない出来だったことも残念でした。これは実際にこのタイミングでやなせたかし氏が描いたものか、それに近いものなのかもしれないけど、位置づけとクオリティが合ってないのよ。なんか絵も汚いしさ、話も全然おもしろくないじゃん。
それを「おもしろいおもしろい」「手嶌治虫より好き」とか言ってるのぶの感性も信じられないんだよな。以前「くじら」に載った「池ポチャ」とか「闇の女」もそうだし、釜じい(吉田鋼太郎)へのはなむけになったあんぱんのやつもそうなんだけど、基本、なんか性格悪いのが持ち味になってるわけで、あの手のニヒルな話ってのぶみたいにもろ手を挙げて「おもしろい!」なんて喝采するような種類の作品ではないと思うわけですよ。「フフフ、おもしろいじゃない?」というものでしょう。
「なんかよくわからんけどマンガ描いてる嵩が好き」ならまだわかるんだけど、「嵩のマンガが手嶌より好き」だと、ちょっとサブカルに寄り過ぎといいますか、話が通じる感じがしないのよ。
そういうわけで、今回は健ちゃん(高橋文哉)とメイコ(原菜乃華)のお話でしたね。第92回、振り返りましょう。
どういう人生やねん
健ちゃん、NHKのディレクターだそうですよ。
東京のデザイン学校を出て広告屋で働いていて、戦争に行って、帰ってきたら福岡の実家がダメになっていたので、その再建のために高知の御免与にやってきて、その後は闇市で廃品回収をやって、ショバ代を払ってなかったことと嵩の高知新報への就職もあってチームは自然消滅して、今はNHKのディレクターだって。
いつからなのよ。どういう経緯なのよ。健ちゃんにも嵩やのぶと同じだけの時間しか流れてないよね。普通に考えてまだADだろ。それに、テレビ(テレビないわ!失礼しました間違いです)やりたかったなら復員直後に福岡から東京に直行すればいいじゃない。
なんか脚本家自身がディレクターというものに対して「情熱を傾けずともできるもの」として認識しているように見えるんですよね。せめて、デザイン学校時代に健ちゃんのクリエイティブをひとつでも紹介していたなら、その片鱗を見ることができたかもしれない。でも、これまでの健ちゃんはただ太陽のように明るい性格というだけで、テレビ(ラジオ)マンになる要素なんてひとつもなかったじゃん。
メイコもメイコです。いつ学校を出たかもわからないけど戦争中は防空壕ばかり掘っていたそうで、実際には家の前に変な穴を掘ってたシーンがひとつだけあったような気がするけど、そんで終戦後には「うちの青春どこいった?」からの「のど自慢に出たい」という妙ちくりんな夢を抱き、そのために家出までしたものの、その後「のど自慢」に出る気配はなく、東京に旅行に来ても出ず、今度は蘭子(河合優実)にくっついて移住してきた。
そういうわけのわからない2人が東京の喫茶店で偶然再会して、キュンじゃないのよ。アタフタじゃないのよ。
メイコは一度、健ちゃんに告白する決意を固めて闇市を訪れたことがありましたね。健ちゃんたちはもう立ち退いた後だった。それ以来の再会を果たした女の子のリアクションとして、これあってます?
せめて「会いたかったのに急にいなくなってバカバカ!」とか、「こんなところで会えるなんて、ああ、神様……(涙)」とかじゃないの?
なんか脚本家自身が恋愛というものに対して「情熱を傾けずともできるもの」として認識しているように見えるんですよね。適当に愛嬌振りまいとけば成立すると思ってんじゃないよ。
あと、メイコが喫茶店で働き始めるきっかけはもうバカバカしすぎてどうでもいいんだけど、そのあと「食堂で働いてたし」「言わないでよ」という会話があって、こういうのが許せないんですよ。
あの店員が急に辞めて、メイコはバイトに立候補したわけですよね。当然「私は食堂でのバイト経験があるから即戦力です」と言ったはずなんですよ。そうじゃなきゃ雇えないし、実際、即戦力として働いてるし。
急に誰かが辞めてメイコがその後釜に収まるだけでクソ展開なのに、さらにこういうクソ会話をなすりつけてくる。クソ同士が矛盾するクソのダブルバインドが発生しているわけです。クソダブですわ。シャインですわ。
ついでに空き家になった次郎さんの家はどうなったのかな。もうどうでもいいのかな。
(文=どらまっ子AKIちゃん)