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『あんぱん』第93回 空前のトンデモ展開にあらゆるキャラクターが殺される「ゼロの回」

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今田美桜(写真:サイゾー)

 昨日は急に健ちゃん(高橋文哉)がNHKのディレクターになっていたことについて「テレビマンになる気配なんてなかっただろ!」などと、いきり立って書き連ねてしまいましたが、当時、テレビなかったですね。時代背景を考慮せずいきり立ってしまったことについて、謹んでお詫び申し上げます。ラジオです、ラジオ。

『あんぱん』人物の行動に情熱が伴わない

 ほんで、今日はその健ちゃんがNHKラジオに就職した理由が明らかになったわけですが、なんと闇市のリサイクルショップにメイコ(原菜乃華)がやってきたとき、「のど自慢が好きだ」と言ったからなんだそうです。「のど自慢が好きだ」と君が言ったから、健ちゃんは上京してNHKに入って、メイコが好きな番組をいっぱい作りたかったんだってさ。

 そんなバカなことあるかよ。

 あのね、もうこいつら全員なんですけど、好きなら会って話せ。のぶ(今田美桜)と嵩(北村匠海)も復員から高知新報入社まで、全然会って話してなかったでしょう。それなのに、いつの間にか両思いみたいになってる。

 好きな人がいて、何か距離なり環境なりの障害があって会えない間に互いが思いを強めていました、というならわかるけど、なんの障害もないじゃん。別に会えるのに会わない。

 のぶと嵩は互いに高知にいたのに会わなかったし、健ちゃんはメイコが好きだという理由でメイコを放置して連絡も取らずに上京している。人が人に会えるのに会わない理由は「別に好きじゃないから」しかないんですよ。NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』というドラマは、男女を登場させて「別に好きじゃない」というお話を作っておいて、その男女に互いに「好きだ」と言わせて結婚させてるんです。まともに見てたら頭おかしくなるぞ、こんなの。

 第93回、振り返りましょう。今日はもうゼロやね、ゼロの回だわ。

ザ・近所迷惑

 のど自慢に出るくらいですから、メイコそれなりに声量もあるんでしょう。そのメイコが夜中に外で歌っている。不規則な発声練習を挟みながら、断片的に歌っている。

 ものすごい近所迷惑でしかない場面が、まるで美しい努力の場であるかのように描かれています。えーと、中目黒に、生きてる人いますか? なんで誰も文句言わないの?

 嵩がメイコの気持ちに気づかされる場面もノイズです。全然おもしろくないし、嵩という人物に「徹頭徹尾、観察眼がない」「人の気持ちを察することができない」という評価を与えているし、のぶのドヤ顔も見飽きました。脚本家の性癖が歪んでるんだと思うよ。このドラマがやなせたかし氏を貶める意図がないという前提で言うけど、こういう男が「かわいくて好き」なんだろうね。あらゆる場面で、手のひらの上で転がしたいんだ。はたから見たら、こんなやつのどこが好きなの? ってなっちゃうんだけど。

 夜な夜な別に上手くもない歌が響いていて、それを薄暗い部屋の中から2人で眺めている。その気味の悪い場面で、のぶはこんなことを言い出すのです。

「あの子がずっと結婚せんかったがは、きっと健太郎さんのことを思うちょったきや」

 違うよ、メイコが結婚しなかったのは、ずっと年齢不詳のカマトト妖怪だったからだよ。一度だって自分の人生を真剣に考えたことなんてなくて、「素人のど自慢に出たい」などという中途半端な夢を抱かされて、モラトリアムの中に置かれ続けてきたからだよ。

 のぶにそう言わせたいなら、メイコに縁談のひとつでも用意してやればよかったんですよ。「すごくいい相手だけど、なぜか断るメイコ」という場面がひとつでもあれば、のぶの言い草も受け入れることができるんです。ないじゃん。

 メイコが「本来なら結婚していて然るべき年齢である」という描写から、このドラマはずっと逃げ続けてきたんです。キャラクターを成長させることから逃げてきたの。人の人生についても、人と人との関係性についても、あらゆる局面を描かずに後で「ずっとそうでした」と断言して「そう」であったことにしてしまう。局面がないから、見ている側に何も蓄積されるものがない。

 メイコの夢だった「素人のど自慢」の予選会、演出部は必至こいて緊張感を演出しようとしていますが、私たちの中にメイコとともに夢に向かって歩いた記憶が一切ないので、何も感じることがありません。メイコはその予選会について、日程や場所を調べたことも一切ない。出るタイミングはいくらでもあったのに、ずっと出てなかった。それが急に健ちゃんが現れたと思ったら、もう次の日には出てる。

「夢を叶える」ということを、どう考えているんだろうと思ってしまうんです。のど自慢に出たいという夢を設定されながら、健ちゃんと会うまで決して出ようとしなかったメイコ。マンガを描きたいと言いながら、のぶに雑誌の応募記事を見せられるまでまったく描かなかった嵩。のぶの夢はなんだっけ、子どもらぁをどうにかしたいんだっけ、そもそも東京に行くことが夢だったと言い出したこともあったな、こいつらの夢のどこにどう共感したらいいのか、人の夢というものを軽く考えすぎちゃいないか、そう思うわけです。

怒涛はいずこへ

 だいたい昨日の回で嵩のマンガが入選したわけですよね。思い切りマンガを描きたいと思っていた男がいて、そいつがようやく描いて、それなりの評価を受けた。その評価を受けて男は「生きてていいんだと思える」とまで言っている。

 やっと本腰を入れてマンガを描く、というタイミングです。入選したことで、百貨店での仕事とマンガを両立できることも自ら証明してみせた。これでスイッチが入って、マンガと仕事と、のぶを幸せにすることと、そのすべてに向かって怒涛の日々が始まると思ったら、半年飛んじゃった。ギリ、やなせたかしの若年期はどんな感じだったんだろうというくらいしかこっちの興味は残ってないのに、そのキャリアのスタートダッシュをカットしている。これも局面からの逃避です。ここを指して、今日の回はゼロだと言っている。

 そんで代わりに出してきたのが、仕事で忙しくて妹の結婚式に出ない姉2人と、「一心同体」とまで言ってくれた親友の結婚式に出ない嵩。お祝いと言って出てくる嵩の絵はまた見たこともないタッチだし、御免与の人物だけを描く無神経極まりないテーマ。あのね、健ちゃんにも家族がいるんだよ。健ちゃんの家族を描けないなら、美大の先生とか同級生とか八木ちゃんとか共通の知り合いくらい描けよ。っていうか基本こんなの2人だけを描けよ。

 あと、メイコが予選会に行く日の朝なんですけど、のぶに「蘭子は?」って聞かれたメイコが、2階を見上げてから「もう仕事行った」って答えるんですよね。「まだ支度してる」なら2階を見上げる芝居もわかるんだけど、なんで蘭子いないのに2階を見たの? そういう細かい芝居から何から、全編にわたって気色悪い回でした。ガチでエグいぞ。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/08/06 14:00