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『あんぱん』第94回 自分たちで設定した時空を歪めて、金の話で夢を語られても困るのよ

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今田美桜(写真:サイゾー)

 上京して何か月か、ずっと「マンガを描きたい」と言っていた嵩(北村匠海)がようやくマンガを描いて、雑誌の企画に入選しました。それから半年かそこらたって、嵩には「挿絵やマンガの仕事もちょこちょこある」んだそうです。

『あんぱん』今回は「ゼロの回」

 そして、その挿絵やマンガの「副業」で稼いだ金をのぶ(今田美桜)に差し出し、この副業の収入が本業の稼ぎを超えたら、今の仕事を辞めて「思い切りマンガを描きたい」のだという。

 それから5年、副業の稼ぎが本業を超えたから、嵩は仕事を辞める決心をする。今日はそこまでが描かれたわけですが、いわゆる「夢への到達度」を「稼ぎ」で語られてもねえ、こっちは当時の挿絵やマンガのギャラの相場も知らんし、嵩の単価も知らんし、それで本業の給料と同じくらい稼げるようになりましたと言われても「へえそうなんだ」しかないわけですよ。

 昨日も言ったけど、入選してマンガ家への第一歩を踏み出した嵩には「第二歩」があるわけですよね。最初の入選を弾みとしてまた雑誌に応募したのか、もしかしたらあの闘牛士の4コマを読んだ誰かからオファーがあったのかもしれない。何しろ「ちょこちょこある」というからには、それなりのムーブがあって、嵩という人が「生きててもいいと思える」瞬間がどんどん増えていくわけでしょう。その瞬間を何ひとつ描かず、ただ「本業」と「副業」という区分けだけをもってして「5年後、いよいよ夢が叶う」とされても、とても共感できるものではないんです。

 だいたい百貨店でも広告イラストや演劇のポスターを描くのが仕事で、副業では挿絵やマンガを描いている。そして、どういう経路か知らんけどいつの間にか嵩は社外にも人脈を築いていて、百貨店は高給だそうですから今の金額で言えば50万とか60万とかですか、そういうお金を「挿絵とマンガ」で稼げるようになったから、会社を辞める。

 NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』では、この世界を「就職したらマンガを描く時間がない」と定義して、嵩という人を板挟みにしてきました。それがいつの間にか、就職していても挿絵やマンガの副業で50~60万も稼ぐ時間があるということになって、その結果として「就職してたら思い切りマンガを描けない」から会社を辞めたいという。

 何か状況が説明されるたびに、『あんぱん』が描こうとする時空が歪むんです。健ちゃん(高橋文哉)がNHKに入った経緯とか、メイコ(原菜乃華)が「のど自慢」に出たかったのにずっと出ようとしなかったこととか、人物の行動原理が歪む分にはまだ「そんなわけあるかーい」なんつってツッコんでりゃ楽しめるんだけど、そこにある世界、時空そのものが歪んでしまうともう、本当に何をどう見たらいいのかがわからない。「それってどういう状況?」というところから、いちいち整理していかないと話が入ってこないわけです。

 めんどくさいぜ。第94回、振り返りましょう。

会社辞めて大丈夫かどうか知らん

 嵩の当面の目標を「おもしろいマンガを描きたい」とか「もっと『生きてていい』と思える瞬間を獲得したい」とかではなく、本業の収入を副業で上回ることに定めてしまったことにより、私たちはその尺度を知ることはまったくできなくなってしまいました。

 だから「会社辞めて大丈夫かな」という嵩の不安に寄り添うことはできません。どんなマンガを描いたのかも、どういう媒体に何本描いたのかも知らないから、手嶌治虫に対する嫉妬がどんなものなのかもわからない。

「マンガで食べれんでも、私が食べさせちゃるき」

 そのキラーワードを、のぶに言わせたかったのはよくわかる。でも、このセリフが響く相手というのは、生活が立ち行かなくなるかもしれないけどマンガに賭けたい、マンガに賭けるしかないという人なんですよ。挑戦者に差し伸べられるべき言葉なんです。

 本業の収入をマンガで上回ったから会社を辞めたいという嵩は、まるで挑戦者ではない。ここで描かれた嵩という人は、やりたいと思ったことは全部実現できて、やることを取捨選択できる立場になった勝者なんです。

 だから私たちは、嵩が「マンガで食べれん」という状況になることが想像できない。挿絵やマンガの「副業」は自動的に空から降ってくるし、それが降ってくるか来ないかは脚本家が好き勝手に時空を歪めた結果でしかないから、別に心配にもならないし、のぶちゃんを頼もしいとも思えない。

 きっと今後も、史実の点と点を適当な作劇でつないで、もう合うことのない辻褄を合っているかのように見せかけて、しれっと終わっていくんでしょうね。

 ホントにね、嵩という人がマンガ家としての第一歩を踏み出してから軌道に乗るまでの期間を「副業の収入が本業を上回る」などという、お金の話だけで済ませてしまったのが残念なんですよ。「収入を得る」=「夢が叶う」なのだったらモデルがやなせたかしである必要もないし、時代が戦中戦後である必要もないし、誰のなんの話でもいいじゃないの。

 稼げるか稼げないかだけで夢を語り、自動的に稼げるようになったから夢が叶ったとする。そんなドラマ、初めて見たよ。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/08/07 14:00