『あんぱん』第95回 「信念がある」という体裁だけあって信念がないというヒロイン像

NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』第19週、「勇気の花」が終わりました。もう95回なんですね。のぶちゃん(今田美桜)がラジオ体操しながら「教師になりたいZE!」とか言い出したのが、まるで昨日のことのように感じられます。あのとき「こいつマジで意味わかんねーな」と思ってからというもの、ずっと意味わかんないので、もう今期の朝ドラはヒロインを見失ったまま時間だけが過ぎてる感じ。
今日は急にヒステリック騒音ババァと化した薪鉄子(戸田恵子)が「私のやり方に文句があるがやったら、辞めてええがで」などと言い出しましたね。辞めるんでしょうね。
ここのやり取りも日本語会話として成立してないし、そもそものぶがこの5年だか6年だか、国会議員の第一秘書として何を志して、どんな行動を起こしてきたかがひとつも語られていないので、対立の構図としても成立してないんです。のぶは鉄子にどの程度、従順だったのか。のぶの働きぶりは前任の世良さんと比べて遜色ないものだったのか。5年ってことは選挙も挟んでますよね、前回ギリ当選だった鉄子は古ダヌキ共に取り入ったことで地盤を固めたのか、まだ危ういのか、なぁーんにもわかんないから、のぶと鉄子、どっちの主張に理があるのかもわからない。
嵩(北村匠海)は、まあだいぶ遅かったけどマンガを描き始めました。「子どもらぁをどうとかこうとか」という大志を実現するために東京に来たのぶは、いったい何をしたのか。政治の世界に身を置いて、何を見て、何をあきらめて、何をあきらめられないのか。ただ「信念がある」という体裁だけを背負わされて、中身が何にもないから誰かに背中を押されなければ仕事を始められないし、誰かに背中を蹴飛ばされなければ仕事を辞めることもできない。
見上げてごらん、夜の星を。小松暢さんが向こうから見ているよ。脚本家の人は暢さんに「朝田(柳井)のぶ」がどういう人か説明してみろって。やれんのか。
第95回、振り返りましょう。
「それは嵩から」と言え
そうして代議士事務所で壊滅的なコミュニケーションを見せられた後、今度は自宅でモンスター登美子(松嶋菜々子)と向き合うことになったのぶさん。
その「大事な話」を、嵩が帰ってくる前に登美子に伝えちゃうのもビックリしました。妻とはいえ、夫が実の母を呼び出して「大事な話をする」と言ってるのだから、いくらモンスターに気圧されたって「それは嵩さんが帰ってから、直接お話したいと思いますので」と言え。
どこまで嵩という人を貶めるんだろうと思いますよ。「マンガを描きたい」とセリフで言うだけ言わせておいて、のぶが公募雑誌を買ってこなきゃ描けない。その合否の結果ものぶに教えてもらわなきゃ知らない。いよいよマンガが描けるようになって独立するとなっても、その母親への報告すら自分の口からさせてもらえない。全部のぶ、のぶ、のぶの手柄。嵩が当たり前に精神的自立を果たしていて、その上でのぶの協力が不可欠であるというなら納得するし「さすがのぶさん」とも言えるんですが、こうやって嵩の人格に不自然な穴を空けて、それを埋めることでしか「内助の功」を表現できないから、嵩の成長を描くこともできなくなってる。いつまでも、嵩という人から幼稚な印象が拭えない。
「母さん、もう僕たちの人生に立ち入らないでくれ」
いや、おまえが呼んだんだろ。なんだ、「あら嵩! 退職なんてそれはおめでとう!」と言われるとでも思ってたのか。だとしたら、あまりにも登美子という人を知らなすぎるし、現実が見えてなさすぎるし、これから危ない橋を渡るという覚悟がなさすぎるだろ。
しかも、その辞めてきた百貨店への就職を紹介してくれたのは誰あろう登美子ですよ。完全無職住所不定の手ぶらで上京してきて、登美子がおまえの人生に立ち入らなかったらどうなってたんだよ。高収入かつ副業OKという好条件の職にありつけて、今の決断の土台を作れたのは登美子のおかげじゃないの。ガキ丸出しじゃないのよ。
それはそうと、自分のあらゆる無責任(子捨て!)を棚に上げて「無責任すぎるわ!」と嵩を叱責していた登美子さんは、いかにもナチュラルボーンでアレな登美子さんという感じでよかったですね。
手嶌治虫という男
やなせたかしといずみたくと手塚治虫が出入りしている喫茶店なんて、聖地になりそうですね。
それはいいとして、嵩が手嶌(眞栄田郷敦)の存在に気付く場面、なんで「あの人、手嶌かも」と思ったんでしょうね。こういうの、嵩が以前メディアで手嶌の顔を見たことがあるというシーンがないと成立しないと思うんですよ。単行本のそでに著者紹介があったとか、雑誌のインタビュー記事を読んだとか、そういう場面を作って手嶌の顔を見せておいて「意外と若いんだな」とか「ベレー帽をかぶってるんだな」とか嵩に言わせておくべきなんです。
この「手嶌かも」のきっかけがないから、アトムの話をし始めて「やっぱり手嶌だ」となっても緊張感がないのです。巨人と対面して衝撃と畏怖に打ち震える場面ですよ。もうちょい丁寧にやれないもんですかね。
そんで、ほどけた靴ひもを跪いて結んでくれるって何? 手嶌、打ち合わせに集中できないタイプ? 革靴フェチ?
これも、優しい気遣いの人と言いたいのか、奇人だと言いたいのか、エピソードの種類がわからないんです。後のシーンで嵩が「ほどけない結び方を教えてくれたからいい人」みたいなことを言ってたけど、それ教えたかどうかより「結び直してくれた」ことのほうが重大な事件でしょう。エピソードトークがヘタすぎるよ。
総じて、せっかく手塚治虫が出てきたのに全部ヘタすぎて興ざめでございました。来週は何かいいことあるといいね。ほいたらね。
(文=どらまっ子AKIちゃん)