『あんぱん』第98回 「もういいから早く『アンパンマン』描いてくれ」というレビュアー的絶望

もう人物についての情報が交錯しすぎて、何が本当で何がウソなのかもよくわからなくなってきたNHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』。のぶさん(今田美桜)が議員秘書をクビになって発生した問題はたぶん2つあって、ひとつは「子どもらぁのために」という彼女の大志が実現できなくなったこと。もうひとつは、柳井家の家計が逼迫することでした。
このドラマではとりあえず「子どもらぁ」についての大志は「逆転しない正義」にすり替えることでクリア。あっさりと捨て去っています。ちなみにのぶさんが子どもを捨てるのは教職を辞めたとき、孤児取材に傾倒していた新聞社を辞めたときに続いて、6年ぶり3度目。高校野球でいうと東海大菅生くらいの感じですかね。子どもを捨てることに関して、のぶさんはそこそこ強豪のようです。
もうひとつ、カネの問題についてここ数日はシリアスに取り上げられていました。マンガの副業で稼ぎまくっていたはずの嵩(北村匠海)はなぜか仕事がなくなり、のぶは鉄子(戸田恵子)が転職先を紹介していたにも関わらず嵩ママ・登美子(松嶋菜々子)に「秘書クビになった」とだけ伝えていたりと、いかにも「これから苦労するぜ」という清貧ぶりをアピールしています。そして今日。
「秘書をクビになりました、ごめんなさい」
「お先真っ暗だね、これからどうしよっか」
「鉄子先生から次の仕事、紹介してもろたき」
お先真っ暗じゃねーじゃん。仕事紹介してもらってるじゃん。これ、のぶの「秘書クビになったことを嵩に言えない」ムーブはいったい何だったのかという話なんですよ。のぶが嵩に謝る理由がないんです。嵩は別に秘書を続けてほしいとも思ってないし、のぶに秘書として貧しい子どもたちに何かを為してほしいとも、ゆくゆくは選挙に立ってほしいとも思ってない。こうして立ち止まって考えてみると、嵩という人は妻であるのぶに「どうなってほしい」とも「どう生きてほしい」とも思ってないんですよね。何も思ってない。
すごいな、それでよく結婚なんて。
のぶには辛うじて嵩のマンガを支えるという建前があるけど、嵩はのぶの夢や希望を何ひとつ共有してない。「2人で逆転しない正義を探すんだ」とか言ってるけど、ちょっと何言ってるのかわからないし、ドラマはそれを視聴者に理解させようともしない。
そしてのぶは転職についても特に苦労していない。嵩にクビを伝えたときも主に「カネなくなってごめん」という話だけで「大志、実現ならず……!」といった無念さや忸怩たる思いはなさそうだし、転職先だって議員の知り合いだから、どちらかといえば「天下り」のニュアンスに近いものです。
鉄子はのぶに「ここにいたら探し物は見つからない」と言い、「お互いのためにいちばんいい」進路を提案しました。ただし、「そこに行けば探し物が見つかるかもしれない」とは言いませんでした。
結果、のぶは仕事に対しての意義を失い、嵩は仕事があるんだかないんだか曖昧なまま、7年の月日が流れ、昭和35年、柳井家にはテレビが来たってさ。ちなみに当時のテレビ普及率は24%だそうですよ。早いね。
第97回、振り返りましょう。
なんのために生まれて、なんのためにセリフを書くのか
7年たって、嵩のマンガ家生活はどうなったのでしょう。嵩はNHKディレクターの健ちゃん(高橋文哉)といつものカフェで向き合っています。相変わらず冴えない顔つきです。いわく「これでいいわけないよなぁ」という感じみたい。かつて同じ釜の飯を食ったナントカ集団の仲間たちも、みんなそれなりに成功してる様子。
「嵩くん、昔はもっと楽しそうにマンガの話ばしよったやんか」と健ちゃんは言います。嵩が楽しそうにマンガの話をしていたシーンなど、ありましたかね。ちょっと覚えてません。
あいかわらずしょぼくれている嵩に、今度は健ちゃんがこう言うのです。
「どんより暗かぁ、もう。いくつになっても変わらんちゃねえ、柳井くんは」
どっちなんだ。楽しそうだったのか、暗かったのか、もうさ、嵩の仕事ぶりは全然見せてもらえないもんだから、周囲のセリフから状況を推し量るしかないわけですよ。そうして健ちゃんのセリフを待っていたらこんなふうに右往左往するものだから、もう勘弁してくれという気分なんです。ミホちん、なんのためにセリフを書いてるのか。嵩は早くもういいから『アンパンマン』描いてくれ。描いた、売れた、死んだ、もうそれでいいよ。「どらまっ子」を名乗る者がこんなこと書くなんて、相当だぜ。
それはそうとて舞台美術
いずみたくと永六輔がやってきて、嵩に舞台美術を担当しろと言う。実際にそういうことがあったんでしょうね。史実ではパンパンに積み上げられたやなせたかし氏の作品群、その実績が評価されてのことだったんでしょうけど、何しろ『あんぱん』は嵩という作家について「実績がない」と強硬に主張し続けているので、オファーの根拠がありません。実に唐突。
それでも何か根拠を示さなければならないという作家的良心だけは残っているようで、10年以上前の演劇のポスター1枚をそれにあてがいました。これをもって「嵩は後の大御所たち、天才クリエイターたちから直で仕事を頼まれる人」と定義した。
あのポスター、覚えてないわけじゃないけど、厳密な設計が必要な舞台美術の仕事とは関係なさそうだし、そもそもラフ画なのか完成画なのかもわからなかったんですよね。そんな貧弱な根拠でオファーをかけて、あとは蘭子(河合優実)に「適当ですね」と言わせて処理してしまう。適当ですよ、本当に適当なんだよ『あんぱん』の作り手は。マンガ1ページ50分で脱稿させたこともあるからな。クリエイティブやプロフェッショナルに対してとことん適当なんですよ。
今回も、こうやって雑なオファーをかけさせたことにより、いずみたくと永六輔の才能や凄みを感じることができないまま話が進んでいきました。実際に嵩が稽古場を訪れると、いずみたくこといせたくや(ミセス)が演者を前に稽古をつけています。ようやくプロっぽい仕事が見られたと思ったら、永六輔のモノマネをしている役の人を「あいつは演出家で作家の六原永輔」と紹介する。じゃあ、さっきまでなんでおまえが演出をつけていたのか。たくちゃん、どういうクレジット? 演出補? なんかもう、誰かが何か言うたびに見えかけた風景がボヤけていくんだよ。もう誰もしゃべんないでほしい。そんで嵩は早く『アンパンマン』描いてほしい。
ちなみにうちのばあちゃんが言ってたけど、世のシネフィルは令和になっても『ベン・ハー』の馬車のシーンについて話し合っているそうなので、蘭子、その映画のことはよく覚えておいた方がいいよ。
(文=どらまっ子AKIちゃん)