「道重さゆみ、伝説の幕引き」ファンや同業アイドルにリスペクトされた理由とその功績を振り返る

元モーニング娘。の道重さゆみが、8月14日のコンサートツアー最終公演をもって芸能界を引退した。ネット上のファンからは引退を惜しむ声が上がると同時に、その功績を称えるコメントが続出している。道重はなぜそれほどファンに愛されたのか。アイドルファンにとってどんな存在だったのか。アイドル事情に詳しい芸能記者が解説する。
道重さゆみも…なぜハロプロ系アイドルは「すっぱり引退」するのか
アイドル業への未練を正直に告白…最後まで見せた「ファン思い」
道重はラストコンサートを終えた翌日の15日、自身のSNSでライブ写真と共に「私から見るピンクの景色、すごくすごく綺麗だったよ 1人1人の笑顔も真剣な顔も泣き顔も全てが愛おしくて、愛おしくて、大好きだった」「みんな、ごめんね そして、ありがとう 永遠に、、大好きです」などとファンに感謝と謝罪の言葉をつづった。
さらに自身のブログに「私を愛してくれた全てのみなさんへ」と題した、引退ライブ前に書いたと思われる直筆の手紙を掲載。
手紙では「いっぱいいっぱい悩んで、考えて、日をおいて、冷静になって、想像もして、またいっぱい考えて、それで決めたことなのに、今日が近づくにつれて、悲しくて、さみしくて、時間が止まってほしくて。そうなることも、それも、それもちゃんと想像して決めたことのはずなのに。私が決めたから、私がさみしいなんて言ったら、ダメかなと思ってたけど……」と苦悩を明かしたうえで、「これから大好きな人たちと会えなくなるのが、さみしいです。辛くて本当はどうしようもないです」と正気な気持ちを告白した。
道重は2023年12月に「強迫性障害」を公表しており、それが引退を決断せざるを得ない状況をつくったとみられているが、本人はアイドル業への未練があったようだ。
道重は「あーあ、私、なんで頑張れなかったんだろって」「なんで離れなきゃいけないんだろう」「自分が弱いせいでそれができなかった。もう、限界だった」「この決断になってしまったこと、ごめんね」などとも記し、「自分が決めた事に、こんなにも心が揺れてしまう私がいるということは、みんなの方がきっともっと辛いよね」と最後までファンを思いやった。
さらに道重は「私はみんなが作ってくれた道重さゆみのまま、ちゃんと、ちゃんと生きて、生きて、生きまくっちゃいます」などと宣言し、ラストは「『ありがとう』『大好き』も、何回言っても足りないし、伝えきれないけど、だけど、本当にありがとう。大好きです 2025年8月14日 道重さゆみ」と結んでいる。
道重の引退を受けて、ネット上のファンからは「自己肯定感が高い素振りをしつつも真面目で繊細な方だったのだろうなと思います。低迷期のモー娘。を見事に復活に導いたときは重圧がすごかったろうに、本当に最高のアイドルでした」「寂しいけれど、さゆみんには幸せになってほしいから、どうかゆっくり思う存分休んでもらい…もし表舞台に戻りたいとふと思ったら気楽に戻ってきてほしい」「スキャンダルでファンを悲しませることが一度もなく、最後まで清純アイドルとして引退を迎える…これほどファンにとって誇らしいことはないのではないでしょうか」などと称賛の声が続出している。
道重さゆみがファンやアイドルにリスペクトされる理由
彼女はなぜこれほどファンに愛され、リスペクトされてきたのか。業界事情に詳しい芸能記者はこう語る。
「道重が6期メンバーとしてモーニング娘。に加入した2003年は、前年にエースの後藤真希が卒業したものの、まだまだ全盛期のメンバーが多数在籍し、グループのメディア露出は多かった。しかし、当時は同時期にソロで活躍していた藤本美貴が加入した上、同期の亀井絵里と田中れいなのアイドル性が最初から高かったこともあり、道重の影は薄かった。歌やダンスも未経験だったため、パフォーマンス面でも存在感を示すことができずにいた。
そんななか、グループは次々と有力メンバーが卒業したことで人気が下り坂に。後に“プラチナ期”と呼ばれる2007年からの4年弱はライブに力を入れ、ひたすらパフォーマンス力の向上を目指した。だが従来のファンは熱狂的に支持したものの、新規ファンの開拓ができず、グループにとって暗黒期となった。そんなときに孤軍奮闘したのが道重で、ナルシスト&毒舌キャラを武器にバラエティを中心に単独でブレイク。後に本人が『作られたキャラクターではなく、もともと自分にあったもの』と述懐していたが、自身のキャラクターをデフォルメしたのはモーニング娘。を広めていくための戦略。さらにラジオ番組などで話術を磨き、アイドル戦国時代のなかで独自路線を切り開いていった。
道重の知名度が高まったことでグループへの注目度が大幅に向上。さらに2011年に9期・10期メンバーが4人ずつ、計8人が新加入したことでグループは若返り、パフォーマンスはフォーメーションダンスを取り入れた新しいスタイルが高評価され、念願の再ブレイクを果たした。道重は再ブレイクの立役者だが、2012年に8代目リーダーに就任すると、個人でのバラエティ出演を減らし、後輩メンバーを立てるようになった。自分よりもモーニング娘。を大事にする姿勢はファンにとって尊敬に値する」
通常、人気が下り坂になったアイドルグループが再ブレイクすることはほぼない。その「奇跡」の立役者となったというだけでも、ファンにとって彼女はリスペクトすべき存在といえそうだ。また、道重はストイックな姿勢と絶対的なかわいらしさで同業のアイドルたちまでも虜にし、尊敬の念を集めた。
「伝説のアイドル」となった道重さゆみの引き際
輝きを取り戻したモーニング娘。は次々と快挙を達成し、道重はそれを見届けた後に後進に道を譲った。前出の記者が言う。
「道重がリーダーを務めた2年半の間に、モーニング娘。は6年ぶりの『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)単独出演、オリコンチャートのシングル5作連続1位、米ニューヨークでの単独公演などの快挙を成し遂げるが、その背景には、常にメンバーたちを気遣う道重のリーダーとしての統率力があった。また、決して才能に恵まれたタイプではなかったが、妥協なき努力家である道重は歌とダンスを磨き上げ、テクニックではなくオリジナリティで魅せるパフォーマンスと“かわいい”を愚直に追求していった。
有言実行の人でもある道重は、リーダー就任後に『横浜アリーナなどの大きいところでやりたい』と語っていたが、2014年11月26日に開催した自身の卒業コンサートの会場は横浜アリーナだった。そんな道重の姿を見て、後輩メンバーたちもたくましく育っていった。そうしたアイドルとしての意識の高さ、グループ愛の強さをパフォーマンスや言動を通して伝えることで、ファンのみならず、同業のアイドルも魅了する存在となった」
道重の引退コンサートは「取材メディアを入れない」という異例の形式となった。そうした形を選んだことや、彼女の引き際について、前出の記者はこう指摘する。
「“アイドル道重さゆみ”にとっては、ファンの存在が一番であり、引退コンサートとはいえ、取材メディアに憶測で記事を書かれるのは意に反することだったのではないか。引退ライブは、ファンのためだけのコンサートにしたかったのだろう。『飛ぶ鳥跡を濁さず』という言葉通り、道重らしい潔い去り際だった。
引退は残念ではあるが、卒業後にしばらく表舞台から姿を消し、2017年に芸能活動を再開してからはライブが中心で従来のファンに向けての活動という印象が強く、あまり積極性を感じさせなかった。かねてから『強迫性障害』を患っていたこともあり、気持ちをリセットするには、プレッシャーの大きい芸能界から離れるしか方法がなかったのではないか」
道重は「劣化という言葉は私にはないんです」「常にピーク」と公言していたが、まさに最後まで“最高のアイドル”として駆け抜けたアイドル人生だった。彼女の功績やアイドルとしての生きざまは今後も「伝説」として、ファンの間で語り継がれていくことだろう。
(文=佐藤勇馬)
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