『しあわせな結婚』人気の背景に丁寧な熟年結婚の描写と“考察ブーム”に便乗しない「不穏」にくるまれた個人の過去

7月クールのドラマのうち、独特の話題でSNSを賑わせているのは、阿部サダヲが主演を務めるテレビ朝日系『しあわせな結婚』(木曜午後9時)だ。
阿部が演じるのは、元検事のスター弁護士・原田幸太郎。世間から注目を集める事件で無罪を勝ち取った経歴を武器に、タレントとしても大活躍している。両親をすでに亡くし、一人っ子の幸太郎は独身主義を貫いてきたが、緊急搬送された病院で高校の美術教師・鈴木ネルラ(松たか子)と運命の出会いを果たし、50歳にして結婚。幸せな生活が始まるかと思いきや、妻が抱える重大な秘密が明らかになり──。
脚本は、1980年代後半から数々のホームドラマや恋愛ドラマを手掛け、NHK連続テレビ小説『ふたりっ子』(1996年)、『オードリー』(2000年)や大河ドラマ『功名が辻』(2006年)、『光る君へ』(2024年)を担当した大石静氏。演出はNHK連続テレビ小説『ひよっこ』(2017年)や大河ドラマ『青天を衝け』(2021年)などを手掛けた黒崎博氏で、今作が民放連続ドラマ初演出だ。
朝ドラや大河ドラマを数多く手掛ける大石氏と黒崎氏が、数多くのヒット作に出演する阿部サダヲとタッグを組むということで、放送前から注目度が高かった『しあわせな結婚』。7月17日に放送された初回の平均世帯視聴率は8.5%、平均個人視聴率は4.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、夏ドラマの初回としては『19番目のカルテ』(TBS系)、『大追跡~警視庁SSBC強行犯係~』(テレビ朝日系)に続く第3位だった。
「不穏さ」がキーワード
初回の前半は、中年で結婚した夫婦をコミカルに描くかのように見えたが、ネルラの秘密が明らかになったことで、一気に不穏な空気が漂い始める。その秘密とは15年前、ネルラの婚約者が死亡した事件。一度は事故として処理されたが、刑事・黒川竜司(杉野遥亮)は、第一発見者であるネルラを疑い続けており、再捜査が始まる。その事実を知った幸太郎は、弁護士として真実を明らかにすべきではと葛藤しながらも、ネルラを守ることを誓う……。
ネルラの家族である鈴木家の面々もまた、独特な空気をまとっている。世界一の缶詰会社の創業者である父・鈴木寛(段田安則)、東京大学を休学してアイドルグループ・超特急の専属スタイリストを務める弟・鈴木レオ(板垣李光人)、ネルラとレオの母親代わりである叔父・鈴木考(岡部たかし)という3人が、幸太郎とコミカルなやり取りをしながらも、なにか含みがあるような雰囲気を醸し出し、不穏さを増幅させる。
第3話ではネルラが事件に関する重要な事実を思い出すが、それをきっかけに幸太郎との関係にヒビが入る。コミカルとシリアスが入り交じる展開に、ネット上では、
《しあわせな結婚、ずーっとうすら怖くて気味が悪いの素晴らしい》
《松たか子の、心を閉ざした時の絶対に誰も入り込ませない迫力のある演技好きだなぁ》
《オアシスの曲、しあわせな結婚と組み合わさると意味深すぎる…》
などキャスト陣の演技への絶賛の声があるのはもちろん、作中に登場する細かい設定や主題歌のオアシス『Don’t Look Back In Anger』に対する考察も。視聴率は初回を最高として、1クールの半分を折り返す第5話では5.4%と落ち込んだが、SNS上では《全然この先の予想がつかない!!》と、この先が気になるという声が多数見受けられる。
松たか子が醸す「現実味」と「サスペンス要素」
コラムニストの吉田潮氏は、『しあわせな結婚』が支持される理由に、「大前提として、熟年の結婚をきちんと描いている」ことを挙げる。どういうことか。
「歳を重ねれば重ねる分だけ、当然人生の過去があります。熟年結婚では、同じ屋根の下に住む夫婦といえど、互いにまだまだ知らないことがあるのは現実でしょう。幸太郎とネルラはただただ幸せな熟年夫婦の話ではなく、ネルラには幸太郎が信念を曲げてしまうかもしれないほどの過去がある。
特にネルラ役・松たか子の行動が“想定外”の連続です。突然家に誘ってクロワッサンを出すような突拍子のなさがあるかと思えば、子供のようなあどけなさ、貝のように口を閉ざす病的な表情、女っぽい色っぽさなど、繊細で奥行きのある表情を次々に見せてくる。それが“もしかして何か考えているのでは”とか、“冤罪を証明するために幸太郎に近づいたのかも”など、視聴者に勝手に考えさせる不穏さを漂わせます。熟年結婚した夫婦が不穏な過去を抱えているという現実味とサスペンス要素を熟した役者陣で固めていて、そのバランスが異色の出来。壊れていくネルラと、それに向き合う幸太郎の愛がどう試されるのか、後半はますます目が離せません」
昨今ドラマ界では「考察」させることで視聴者を画面から離さないようにする手法が流行しているが、『しあわせな結婚』は理屈ではなく、個人の過去や感情の揺れを「不穏」にくるむことで視聴者を釘付けにする。ドラマタイトルがどう回収されていくのか、最後まで注目し続けたい。
(取材・文=サイゾーオンライン編集部)