『あんぱん』第104回 「大成功しているキャリア」を描きながら「成功してない」と主張する窮屈さ

昨日は略奪行為を美談にして悦に入るという醜悪なドラマを見せられて辟易しましたが、今日はとことん優しくない人がプンプンしてて、別のベクトルでしんどい回でしたね。
びっくりしたのがさ、のぶ(今田美桜)はたくやさんにタメ口きいてんだな。
「でも、たくやさんに仕事を頼まれるのはうれしいと思う」
それに対して、いせたくや(ミセス)は「ありがとうございます」と言って、深々と頭を下げている。
たくやは、嵩(北村匠海)がスケジュール真っ白状態のときに舞台美術の仕事を持ってきてくれた恩人だし、その後も「手のひらを太陽に」をヒットさせて嵩に日の目を浴びさせてくれて、今回だって新しい脚本の話を持ってきてくれた大切なクライアントですよ。
あー、こいつそういう人に対してタメ口なんだ、と思ったんです。ヤクザの姐御みたいな立場だと思ってんのかな。ただ年下だからかな。本来なら、のぶのほうが「たくやさん、いつもありがとうございます」と頭を下げるのが正常な関係性だと思うけど、「嵩がマンガを描かないのはこいつのせいだ」「こいつが元凶だ」くらいの含みのあるシーンで、このあたりから今日もヤバそうだという匂いが漂っていました。
案の定、ヤバかったね。NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』、今日ののぶさんに贈る言葉があるとすれば「わきまえろ」、ただそのひと言です。でもまぁ、昨日に比べればライトな回よな。
振り返りましょう。
手嶌以外は天才じゃないの
マンガはからっきし描けなくなった嵩ですが、舞台セットを作らせたら大評判、歌詞を作れば後世に残る国民的ソングになるし、リサイタルの構成台本もメルヘンチックでいい感じ、テレビに出たら大人気、今度はドラマ脚本の仕事が舞い込んで、どうやらてんてこ舞いの様子です。何をやってもうまくいくマルチクリエイター姿もすっかり板についてきました。
なんで、嵩はそんなことができるのか。
実際、モデルとなったやなせたかし氏ができたんだからしょうがねーだろって話なんだろうけど、せめて高知新報時代とか百貨店時代にそういうマルチな才能の片鱗でも見せてくれてれば納得できそうなものなんですよね。
新聞社ではマンガと女の子の似顔絵以外なんにもできないクズとして描かれていたし、百貨店でも有名な包装紙のレタリングのくだりは「上司命令で適当に書きました」という描写になっていたし、フリーになってからもオファーのシーンはことごとく「やったことないからできないよ」という否定から入る全否定おじさんなので、今の「仕事がパンパン」という状態に説得力がないんです。ファイティングな感じがしないし、この人にバイタリティを感じないんです。
そして今日は八木ちゃん(妻夫木聡)が「天才はどうこう」とか言い出しましたね。マンガを描ける人、この劇中でいえば手嶌治虫は天才。今、マンガを描いてない嵩は天才じゃない。そういう評価を与えている。
前述の通り、この嵩という人は多方面でやることなすこと成功させている紛れもない天才であって、ちょっと読書をかじったくらいのビーサン屋のジジイが推して量れるような才能じゃないでしょう。
史実がそうだったから、事実関係として「柳瀬嵩は多才だった」と描くしかない。でも、それだとヒロインの出る幕がないから「マンガを描かない」ことだけを殊更フィーチャーして、のぶにはイラつきを、嵩にはコンプレックスを植え付けている。
想像だけど、実際のやなせ氏は「いやぁ、ボクにはマンガ家としての代表作がないからねえ」なんて自虐ネタにしながら、やりたいことがマンガ以外にもあふれすぎていて、それこそ興味を持ったら猪突猛進、ファイティングポーズ決めて飛んでっちゃうような人だったんじゃないのかね。
運動神経が悪い男のプロットはすぐ仕上げるのに、マンガになると描くことが思い浮かばないって、それだけでもうロジックが破綻してるんですよ。その運動神経が悪い男のマンガを描けばいいじゃない。
ドラマとして『アンパンマン』にたどり着くことを大団円として用意していることはわかるんだけど、この時期の嵩がマンガを「描かなかった」のか「描けなかった」のかは伝記を描く上でかなり繊細に取り扱うべき事柄な気がするんですよ。今日は大きく道を誤ってることがだいぶ明確に見えてきた感じがします。
やなせ氏は「晩年までマンガ家としては成功しなかった(ほかのことでは大成功)」という話をやってるのに、それだと苦労話にならないから登場人物たちはどうしても、単に「晩年まで成功しなかった」と主張するしかない。全員が薄っすらとウソを言い続けるこの窮屈さ。マンガ以外のあらゆるクリエイティブを冒涜する愚。最大の被害者が、のぶちゃんですわ。
よし、離婚しろ
嵩が舞台美術の仕事に誘われたとき、「マンガ以外の仕事もやってみろ」とけしかけたのは他ならぬのぶさんでしたよね。
結果、のぶに背中を押されてその仕事を受けた嵩は成功を収め、いせたくやとの出会いを足掛かりに今の多忙な生活を送ることになった。
そうして〆切に追われながら、まんざらでもない感じでいろんな仕事に取り組んでいる嵩に、今度は「マンガを描け」と迫る。
しかもその不満をぶつけるきっかけは、嵩が喫茶店で女性ファンにサインを求められたことに対する嫉妬です。嫉妬してイラついて、当てつけに「マンガを描け」という。
まあ要するに、毒嫁仕草ですわ。もうね、のぶちゃんこういう人だってのはよくわかったから、あんたたちは絶望的に相性が良くない。離婚したほうがいい。「やりたいことをやる」のは義務じゃないんだよ。やりたくなったらやるんだよ。たとえ夫婦であっても、嵩がマンガを描くかどうかはのぶには関係ないの。
それで嵩が毎日フラフラしてるなら「やることないならマンガ描きなよ」って言い分も通るけど、激売れして時間もないし家に金も入れてるわけで、今日ののぶはずっと嵩が女性ファンにチヤホヤされていたことに対するイラ立ちを、マンガの話にすり替えていただけに過ぎない。ミホちんがそう描きたかったわけじゃないのはわかるけど、そうとしか見えない。
だいたい年齢はいくつなの今、いい年こいて嫉妬してんなよ。
まぁ難しいのはわかる
晩年になって国民的ヒットを飛ばしたマンガ家をモデルにドラマを作ろうとして、実際に取材してみたら案外困ってなかったってことなんだろうな。その結果、いせたくやや健ちゃん(高橋文哉)といった仕事関係者は嵩の才能を大いに評価しているけど、いちばん近くにいる妻・のぶだけが夫をリスペクトできないという状態になってる。のぶだけが、頑なに柳井嵩という人のキャリアを否定し続けている。「マンガ以外もやってみろ」とか言って、さんざん振り回したくせに、自分の気が変わったから作家の繊細な部分に無神経に踏み込んでくる。
今田美桜がこの脚本に対してどんな解釈で芝居してるのかわからないけど、がんばって何かを表現しようとしてることだけは伝わってくる。この人、ほかの作品ではわりと楽しそうに演じてた印象があるので、ホントに不憫になってくるのよ。
(文=どらまっ子AKIちゃん)