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『あんぱん』第109回 脚本家自身が『アンパンマン』完成に一役買うという夢展開に苦笑い

『あんぱん』第109回 脚本家自身が『アンパンマン』完成に一役買うという夢展開に苦笑いの画像1
『あんぱん』主演の今田美桜(写真:サイゾー)

 えー、これは困りましたねえ。脚本家・中園ミホことカホちゃん(永瀬ゆずな)が出てきて、非礼の限りを尽くして去っていきました。でも、あんまり「金輪際出てくんなよ!」って気分でもないんだよなあ。

『あんぱん』いよいよ中園ミホ登場へ

 3週目以降、間違いなく今回がもっとも脚本家の「書きたいもの」が詰まった回でした。ギチギチでした。そして、だからこそ、「次にこいつは何を言うんだろう」という、割と積極的なテンションでNHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』を見ることができた。

 こんなことは本当に久しぶりなんですよ。ここ数カ月、ずっとこのドラマを見ながらチラチラと画面左上の時報を確認しては「まだ3分しかたってないのか……」「あと12分もあるのか……」と、もう毎日毎日、退屈の極みだったわけですが、今日に限っては一度も時報を見なかったからね。カホに夢中だったということです。

 中園さん、どらまっ子はカホに夢中でしたよ!

 第109回、振り返りましょう。

悪いのは柳井家なんだよなぁ

「実在する方がモデルになったドラマを書く場合は、やっぱり悪い人には描けないですよね。そういう人物にして、ご家族の方が見たらどう感じられるかな、と気を遣うところがありますし」

「一度思いっきり生意気な子を書きたいなと思っていました。それで自分がモデルだったら構わないだろうと判断して、生意気さが振り切れた子にしてみたら、書いていてすごく楽しかったです」

 今日のステラnetでミホちんご本人がコメントしているわけですが、まあそういう意図なんだろうなということは第一声からわかりましたね。汚れ役は全部、自分が引き受ける。登場人物たちの魅力を引き立てるために、損な役回りを買って出る。ゆずなちゃんごめんね、でもあなたなら、わかってくれるよね。そういう、朝ドラに自分を出すことができる特権から湧いて出た愉悦、高揚感がよく伝わってくるキャラ造形でした。

 でも失敗してるのは、「なんでこいつら、こんなボロ家に住んでいるのか」という失礼千万な指摘が、決して的外れではないことです。売れっ子の柳井嵩(北村匠海)とのぶ(今田美桜)夫妻が長屋に住み続けているのは明らかに変なことだし、ずいぶん前に「東京に呼ぶ」と言っていた年老いた母・羽多子(江口のりこ)を田舎に残したままなのは冷酷な選択というほかありません。

 つまり、この一点だけを取ってみても、嵩とのぶは常識的に考えて「悪い人」なんです。「悪い人には描けない」と言いながら、めちゃくちゃ悪い人に描いちゃってる。

 そのほか、このドラマはずっと「ご家族の方が見たらどう感じるかな」のオンパレードでした。こんなの、家族が見たら気を悪くするだろう、お空の上でやなせ氏と暢さんも顔をしかめているだろう、そういうシーンばかりを垂れ流してきています。

 おそらくミホちんの中には初期からこの「カホ構想」があったんでしょうね。嵩とのぶのドラマを素晴らしくステキなリスペクトに満ちたものとしてお伝えできていたら、カホの「思いっきり生意気」もドラマのアクセントになったかもしれない。

 でも、ここ数カ月にわたって私たちが見てきたのは「思いっきり筆不精でまるでマンガを描かない」嵩と、「思いっきり意味不明で満たされない自尊心を夫に押し付ける」のぶ、それに「思いっきり色情魔」の蘭子とか「思いっきり後ろ髪を伸ばしてる」NHK職員あたりです。それに比べたら、カホの生意気なんて薄い薄いなんですよ。

 ミホちんは自身を、完全に美しく成立した作品世界に放り込まれた異分子として描きたかったはずです。だけど、その作品世界そのものが歪み切っていたので、異分子になれなかった。変な世界に変な奴がまたひとり追加されたに過ぎない。カホの登場は、図らずも『あんぱん』というドラマが明確に失敗していることを再確認させる出来事となりました。

「さすカホ」もすごい

 さて、汚れ役を引き受けるだけでは気が済まないのが強欲ミホちんです。こともあろうか、『アンパンマン』が世に出たのは自分のおかげであるという強烈なフィクションを投入してきました。これ、『アンパンマン』の完成には、のぶひとりでは力及ばず、ワタクシが背中を押す必要があったのだという極めて幼稚な自己実現願望の発露です。自分でドラマを作っておいて、そのヒロインを「無力だった」と言い切っている。

 結局のところ、夫婦が貧乏長屋に住み続けていたのも、嵩がいつまでたってもあのラフ画にペンを入れなかったのも、「ワタクシ、カホが『あんぱん』の世界に舞い降りて世界を動かすのだ」という夢展開をやりたかったからなわけで、ちょっとドン引きせざるを得ないですね。

 脚本家として、健全じゃないなと感じるわけです。ご本人登場はあくまでアクセント、カメオ出演的なお飾りであればいいと思うけど、ドラマの本筋の展開を託してしまっている。実在のモデルだけでは『アンパンマン』は世に出なかったし、この夫婦はいつまでも母親を東京に呼ばなかった。ワタクシ中園を召喚しなければ、このドラマは着地できない。そう言ってしまっている。

 例えば『ドクターX』で、「私、失敗しないので」でお馴染みの大門未知子が失敗しそうになったところで、中園ミホが出てきて大門に代わって手術し始めたらおかしいでしょ。それと同じことが起こってるのよ。

 もうさ、ここまでの108回になんの意味もないじゃんね。自分で作った設定とキャラクターを操ることで物語が成立しなくなっちゃったからカホに展開を託したのか、最初からカホに展開を託したいという思いで作品に歪みを残しておいたのか、そのどちらなのかはわかりませんけれども、いずれにしろ脚本家の仕事として非常に不健全だと感じるわけです。

 あと、「ワタクシは幼少期より『マイフェアレディ』や『ローマの休日』を嗜んでおりまして、いっぱしのシネフィルとも対等に渡り合えたのよ」という主張は、これはもうあからさまに自尊心が出すぎちゃってて、むしろ健全だと思ったね。

 また出ておいで、カホ。退屈よりだいぶマシだから。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/08/28 14:00