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『あんぱん』第119回 さんざん岩男の戦死を無視しておいて「チリンの鈴」を書いていたという衝撃

『あんぱん』第119回 さんざん岩男の戦死を無視しておいて「チリンの鈴」を書いていたという衝撃の画像1
今田美桜(写真:サイゾー)

 ツダケン久しぶりに出てきて老け芝居もよい感じではありましたが、まあクソの盛り合わせみたいなセリフを言わされて不憫でしたねえ。

『あんぱん』のぶちゃんの大暴走が止まらない!?

 まず高知の震災のときに嵩(北村匠海)が眠りこけていたエピソード。あれは史実でもあるし、実際楽しい話ではあるんですが、このNHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』においては「嵩が育ての母である千代子(戸田菜穂)を見切った」という大事件として記憶されているわけです。徒歩圏内にある千代子の家にその生死を確かめに行かず、一切の心配をせず、ただ眠っていた。千代子やおしんちゃんが生きていても死んでいても、どっちでもいいと思っていた。そういう描写としか受け取れない状況なんです。

 そんなわけないだろ、心配してたに決まってるだろ。

 作り手側はそう言いたいでしょうね。私たちだって、心配してたに決まってると思ってるんですよ。「心配していなかった」とあなたたちが断言するから、そうかこいつは残酷な男なんだな、血も涙もないんだなと解釈するしかないという話です。

 だから、ここでツダケンが引き合いに出した「やさしいライオン」の話も、嵩にとっての意味合いが変わってきてしまう。捨て子と育ての親の絆の物語であったはずが、いつの間にか実の母である登美子(松嶋菜々子)、つまりは「やさしいライオン」には登場しない「子を捨てた側」の話として扱われている。このすり替えについてのエクスキューズも特にない。千代子は、せっせと育てた嵩だけでなく、その生みの親である『あんぱん』制作陣からも捨てられたということです。

 捨て子だった嵩が、育ててくれた千代子を捨てる。とんだ理不尽、もはやアナーキズムですよ。それをあたかもイイ話風にしてますが、やなせ氏の作品が好きであればあるほど、はらわたが煮えくり返る展開でしょう。

おまえ『チリンの鈴』書いてたのかよ

 そしてさらに衝撃的だったのが、劇中でも柳井嵩は『チリンの鈴』を作っていたという新事実です。

 劇中では、この『チリンの鈴』をモチーフにしたエピソードが戦時中の中国を舞台に描かれています。嵩やのぶの幼なじみだった岩男が、リンという現地の子に撃ち殺されている。それはリンにとっては復讐であって、岩男は死に際に「リンはよくやった」と言い残して死にました。

 それを、嵩は目の当たりにしていますよね。

 この劇中で嵩が『チリンの鈴』を書いて発表したということは、戦時中に目の前で行われた悲惨な復讐劇を、そのまま引用して作品にしたということです。

 作品にしたっていいよ。作家ってそういうもんだろうし、岩男の死に真剣に向き合って、その痛みを自分のものとして抱えて表現という形にしたのなら、それはそれでいい。

 問題は、『あんぱん』の中でどれだけ戦争が語られても「岩男」の「イ」の字も出てきてねえだろってことなんです。

 まるで嵩は今回の「アンパンマン」で初めて表現と戦争のつながりについて向き合ったように描いておいて、そのほかの仕事は「カネにならんけど頼まれたから断れなかった」という消費物だと言っておいて、その単なる消費物の中に、目の前で死んだ幼なじみをモチーフにして、戦争の原体験を具体的に物語にした『チリンの鈴』を混ぜ込んでいることが、極めてもう、なんといいますか、こんなひどいことをするのかという、ちょっとこのひどさを表現する適切な日本語が思い当たらないくらいに、本当にひどいことをやってると感じるわけです。

 関係各位には「『チリンの鈴』はやなせたかしにとって消費物だった」と断じた事実を一生忘れないでほしいね。

「詩とメルヘン」に投稿したくない

 ようやく嵩くんが一国一城の主となった「詩とメルヘン」ですが、審査員は雑貨屋のオヤジと辛口映画ライターなんですね。しかも「朝田さん(蘭子=河合優実)まで来てくれてる」というセリフがあるということは、普段は雑貨屋のオヤジオンリーで掲載候補を選んでるわけだ。

 こんな雑誌に投稿したくないよねえ。せめてひとりくらい、詩人なり編集者なりがいてほしいよねえ。唯一の専門家である嵩くんは「選べないよぉ」とか言ってるしねえ。

 しかも、審査中も雑談はするわ、嫁から電話がかかってきたらほっぽり出して帰宅するわ、全然マジメに作ってねーじゃん「詩とメルヘン」。いいのか、これは。大丈夫か。

それってあなたの感想ですよね

 その家ではのぶちゃんがツダケン相手に「アンパンマン」についていろいろ語ってますけど、それって単にあなたの感想ですよね。嵩の中から出てきたモンじゃないですよね。

 その作品に込められた思想について、作家以外の誰の発信も意味がないんですよ。のぶが生活面やコミュニケーションについて嵩の支えになっていることは、それはそうなんでしょう。だけどそうして「応援すること」と嵩の創作について「理解していること」には大きな違いがあるんです。

 なんでこいつ、全部理解してるような顔をしてしゃべっているのか。そしてツダケンは、なんでのぶが全部理解していると思ってるのか。誤解かもしれないじゃん。商業へのおもねりがあったかもしれないじゃん。ボロボロのマントでヨロヨロ飛んでるのだって、流行への逆張りという部分もあったかもしれないじゃん。

 ていうか、こっちはボロボロのマントでヨロヨロ飛んでるかどうか、内容を知らんのよ。今日出てきたやつなの。その、今日、唐突に出てきた「ボロボロでヨロヨロ」をもってして、長年あたためてきた「逆転しない正義を見つけたぜ!」なんて目標の達成とされても、何も感じないよ。

 しかも、この段階で、敵を攻撃しないことをもって「逆転しない正義」を見つけたんなら、ばいきんまんにアンパーンチ! してる今のアンパンマンはこいつらにとって正義ではないということになってしまいますよ。

 もう何が何だか。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/09/11 14:00