『M-1』1回戦のアマチュア・素人参加者のレベルがアップ! プロの若手に突きつけられる残酷な現実

10月5日まで約2ヵ月にわたって開催されている、『M-1グランプリ2025』の1回戦。筆者も時間に余裕があるときに大阪会場の1回戦を見に行っているが、そこで実感することがある。それは1回戦に出場しているアマチュア・素人参加者のレベルが年々上がっていることだ。
6、7年前の『M-1』1回戦を思い返すと、酒の席などの勢いでエントリーしたような出場者も少なくなかった。仕事仲間に「お前らおもしろいから『M-1』に出てみろ」と乗せられて出場したみたいなコンビや、ホステスとおじさん客みたいなコンビなどなど。照れ笑いしながらネタを見せたり、早口で声も小さいのでネタが聞き取りづらかったり、明らかに「記念参加」だと分かった。しかし筆者は、そういうカオスを楽しむのも1回戦の醍醐味だとずっと思っていた。
しかし最近の1回戦を見ると、かつてよく見られた不慣れなパフォーマンスが少なくなった。ネタ内容も練られていて、ボケとツッコミの役割分担もはっきりし、なにを伝えようとしているのかも分かる。『M-1』が国民的行事となり、出場者数や予選開催地域も年々増えるなど、規模拡大に連れて記念参加も多くなっているかと思いきや、東京会場、大阪会場など都市部の1回戦に関しては素人参加者であっても「ちゃんと見られるレベル」になっている。「せっかくやるなら1回戦を突破してやろう」と気概を持って挑んでいるのが見てとれる。
1回戦のレベルアップの背景にあるのは、『M-1』関連コンテンツの充実が挙げられるだろう。「ベストアマチュア賞」などさまざまなタイトルが用意される、アマチュア・素人参加者が目指すべきものが明確になってきたことが大きい。また予選のネタ動画も配信され、誰でも手軽に漫才研究ができるようになったことも、アマチュア・素人参加者の底上げにつながっている。漫才をやったことがない素人でも、それらを参考に練習に励み、タイトル獲得を目指すのだ。
プロの漫才師たちの技量やネタのおもしろさが向上しているところも、影響を及ぼしていると言って良い。2024年大会で決勝進出者・モグライダーの3回戦敗退がものがたるように、今の『M-1』は鞭を入れるタイミングが早まってきている。実力者であっても、2回戦、3回戦で足をすくわれる可能性が高まっている。そして準々決勝・準決勝進出を目標にするプロの若手は1回戦から全力投球してくる。そういった状況もあり、アマチュア・素人参加者も「レベルが低い漫才は恥ずかしくて見せられない」という意識が働くのではないだろうか。そのため、入念にネタ合わせをしてチャレンジするように。それが1回戦のレベルアップへと結びついている。
8月6日の大阪予選に出場し、1回戦を突破した「新世界ブラッドストリート」も素人参加者だった。漫画家の尾上龍太郎さんとミュージシャンのムッケンさんによる50代コンビで、『M-1』には初出場。お互い、観客の前での漫才はこの日が初挑戦だった。しかし、人気バンドの楽曲や文系的な話題を絡めたネタで笑いを集めた。
二人に話を訊くと、知り合いの放送作家に漫才を見てもらうなどしてネタを磨き上げたほか、時間を見つけては何度も練習を重ねたという。ネタに出てくる一つ一つのワードについても、果たしてそれが本当におもしろいのかどうか、二人で意見を出し合っていき、時には衝突することもあったそう。「3回戦進出」という大目標を立て、初舞台に向けて調整を進めたそうだ。
ムッケンさんは「もし3回戦へ進めることがあれば、僕はNSCに入学する」と第二の青春を追いかけたいと明かす。パチスロ漫画『モッちゃん』(ガイドワークス)の作者である尾上さんは、『M-1』挑戦が「漫画家としての仕事が増えるきっかけになれば」と意気込む。
一方、新世界ブラッドストリートの二人は1回戦当日、トイレに入ったとき、大手事務所に所属している漫才コンビが、自分たちのパフォーマンスのふがいなさにうなだれている光景を目撃したのだという。自分たちは素人なのでダメでもともと。しかしプロとして出場している若手は生活や人生がかかっている。1回戦で敗退したとなれば、次の『M-1』までまた長くて厳しい日々を送らなければならない。二人はその姿に『M-1』1回戦の残酷さを見たとし、また「自分たちのような素人が1回戦を通って、プロの若手の子たちが落選するのは心苦しいところがある」とも話していた。
裾野が広がり、アマチュア・素人参加者のレベルも上がっている分、プロの若手たちのプレッシャーも相当なのではないだろうか。中身が濃くなってきた『M-1』1回戦だが、厳しさも年々増していると言える。
(文=田辺ユウキ)