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歴史エッセイスト・堀江宏樹の大河ドラマ『べらぼう』放送談義36

『べらぼう』戯れた恋川春町の自害と謎の絵師・写楽、イケオジ声優が演じる馬琴の見どころ

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『べらぼう』で恋川春町を演じる岡山天音(写真:Getty Imagesより)
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 第36回「鸚鵡のけりは鴨」はタイトルこそ粋なのですが、内容は大波乱でした。ドラマでは、松平定信(井上祐貴さん)を揶揄した黄表紙に目をつけられた恋川春町(岡山天音さん)こと倉橋格(くらはしいたる)に、江戸城への出頭命令が下されました。蔦重(横山流星さん)のアイデアで「春町は病死したことにして、別人として生き直す」などと言っていたころはよかったものの、松平定信から仮病と即座に見抜かれてしまったのが運の尽き。

蔦重が支払った歌麿の春画は700万円!

 春町はふらふらと耕書堂まで足を運んだものの、蔦重は絶筆宣言をした朋誠堂喜三二(尾美としのりさん)の吉原で開催された送別会に行って留守で、ここぞというときに意地を張って「助けて」をいえない春町は、蔦重に会えなかったことで覚悟を決め、自害に追い込まれてしまったのでしょうか。

 自害の直前、呼吸が乱れる春町の横に置かれた盥(たらい)の中の豆腐が謎だったのですが、武士・倉橋格は切腹するが、戯作者・恋川春町は豆腐のカドに頭をぶつけて死んだという、命がけの「戯れ」という描かれ方でした。

 冒頭で触れた、「鸚鵡のけりは鴨」というタイトルは、春町の辞世の歌が引用されています。

「我もまた 身はなきものと おもひしが 今はの際は さびしかり鳧(けり)」。

 私なんぞ生きていても、いなくてもどうでもいい存在だと思っていたんだけど、さすがに死ぬとなった時には、この世に未練が感じられたもんだよ(超訳)という内容で、末尾の「けり」が、カモの古語的表現であるケリに宛てられる漢字の「鳧」になっています。

 これは当時では一般的な表記ともいえるのですけれど、松平定信に問題視され、絶版処分を受けた春町は自作黄表紙『鸚鵡返文武二道』の責任を自害という形で取った……つまり自害でケリ(鳧)をつけたというのが今回のドラマのタイトルの意味です。脚本の森下佳子先生はほんとに上手いですよね~。

 それにしても「別人として生き直す」と聞き、『べらぼう』では東洲斎写楽=恋川春町という新説にするのか!?とワクワクしてしまった筆者です。春町は絵も達者だったのですよね。残念ながら、これはほんの一瞬だけの興奮に終わりましたが……。

『べらぼう』最後のキーパーソンとなるであろう「謎の絵師」こと東洲斎写楽をドラマではどう描くのか、史実どおりに描くのか……。このあたりが終盤にかけての見どころになっていきそうですが、お上(=幕府)への蔦重による反抗運動と重ね合わされて描かれそうな気がしてきました。

原稿料だけで生活できた山東京伝

 さて次回予告には、耕書堂お抱えの大人気作家・恋川春町、朋誠堂喜三二の二人に去られた蔦重が北尾政演(きたおまさのぶ/古川雄大さん)に執筆を依頼し、ものすごく嫌がられている様子が見られました。

 北尾政演の本名は岩瀬醒(いわせさむる)、通称・伝蔵。裕福な町人家庭の出身でした。彼の父・岩瀬伝左衛門は、江戸・深川木場の質屋の奉公人でしたが、のちに銀座一丁目に転居し、当地でも成功しました。彼の太い実家は、子息の創作活動にも肯定的だったようです。

 江戸時代の日本で戯作者――エンタメ分野の作家活動をするには、彼のような裕福な商人、もしくはその家族。あるいは朋誠堂喜三二や恋川春町のような武士階級の人が余暇に趣味として執筆するのが一般的でした。

 基本的に、江戸時代の版元が作者に創作の対価として金銭を支払うことはほとんどなく、『近世物之本江戸作者部類』にも「昔は臭草子(=草双紙)の作者に潤筆(=原稿料)をおくることはなかりき」とあるからです。

 同書によると、朋誠堂喜三二、恋川春町などに創作の対価として、新しく出版された他人の本や、浮世絵がドッサリ届くだけ。前年に発表した作品にヒット作があれば、2月か3月に「遊里」――つまり吉原に招いて「一夕饗応せしのみなりし」。

 ドラマの蔦重は頻繁に作家陣を吉原で接待している印象ですが、史実の蔦重は春先にたった一度だけ、ヒット作家を吉原で遊ばせる……と、自分は作家の作品でガッポリ儲けているというのに、支払いに関してはかなりのケチなのでした。

 しかし、絵師・北尾政演の戯作者としてのペンネームである山東京伝は、蔦屋お抱え作家の中でも「別枠」だったようですね。

 山東京伝本人の随筆『蛙鳴秘抄(あめいひしょう)』によると「此頃戯作者にて作料(=原稿料)をとりしは京伝一人也。其余の人はなぐさみにて料をとる事なし」――原稿料が出ている作家は私一人。他の人は、趣味として描いたものが出版物になることが嬉しくて創作しているだけで、ギャラをもらおうとしなかったというウラ事情が暴露されています。

 同書の続く箇所では、山東京伝も最初はノーギャラだったが、売れっ子であることを理由に版元から原稿料をもらうようになったということが書かれています。

 山東京伝といえば、彼の門弟とされる曲亭馬琴(いわゆる滝沢馬琴)同様に、江戸時代ではほとんどいない原稿料だけで生活できる作家だった事実は有名ですよね。

 しかし、松平定信に目を付けられた時に、蔦屋重三郎が申告した山東京伝の原稿料といえば、洒落本3冊で、だった「金2両3分と銀11匁」なのでした。

 以前のコラム(第29回)にも書きましたが、江戸中後期の当時、1両=7万として換算すると、3冊で約20万5310円。そしてそのうち原稿を納めた時点で、京伝は「内金」として「金一両銀五匁(=先程のレートで約7万5835円)」を受け取ったのだそうです。京伝の洒落本の原稿料は1ページあたり平均3300円弱くらいでしょうか。

――と、印税システムが存在しない当時、本当に山東京伝が原稿料だけで生きることができたのだろうか? と不安になるような低価格なのでした。

 しかし逆に考えれば、この「金2両3分と銀11匁」は表の帳簿に記された数字にすぎず、おそらくウラでは、歌麿の春画を、ドラマの蔦重が100両=現在の700万円で買い取ったように、別途お支払いがあったのかもしれません。高額のギャラを不埒な作品に支払っていたとなると、それだけでお上から怒られかねませんからね……。

 蔦屋申告による山東京伝の原稿料については、寛政3年(1791年)春、(2年前にも絶版処分を受けたにもかかわらず)政治批判の黄表紙の出版を止めない蔦重に対し、同年発行で大ヒットしていた山東京伝作の洒落本『仕懸文庫』など3冊も「吉原を舞台とした淫らな内容だからダメ!」とするお達しがあったときのものです。関係者全員が町奉行所に出頭させられた上で執拗な取り調べを受けたときに転がり出た数字にすぎないと考えることもできるでしょう。

 ギャラ問題はここらで置いて、『よしの冊子』によると、この時に蔦重は財産半分没収、山東京伝は寛政3年3月くらいから「入牢」させられたとあります。しかし、山東京伝は実際には50日もの間、「8」の字の形をした鉄製の手鎖をはめられ、「町内預」――自宅謹慎させられ、自由な人々が往来するのを家の中から見ながら、ひたすらそれを羨ましく思うだけの情けない春を過ごしたのでした。

 過去に手鎖刑を経験した人から、密かに手鎖を外して生活する裏技を教えられても、山東京伝のショックは大きく、お上が怖く、外すことなど思いもよらなかったのだそうです。以上は山東京伝の知人である喜多村筠庭(きたむらいんてい)の随筆『ききのまにまに』にある内容ですが、こうなってもなお、蔦重は山東京伝に黄表紙執筆を強制(!?)してきたのでした。

 おそらく山東京伝だけが、人気を背景に蔦屋と掛け合い、ギャラの現金支払いを認めさせた特別懇意な間柄なので、蔦重からの頼みは断れなかったのでしょうね。

 しかしなかなか書けない山東京伝にかわって、彼より6歳年下で、実際は入門志願を断られたのに「京伝門人」としてこの年、黄表紙作家デビューしていたのちの曲亭馬琴(黄表紙作家としては大栄山人)たちが代作し、なんとか原稿は納品したそうです。

 興味深いことに、自作が「放埒之読本(=大人向けの“淫らな作風”)」とされ、実刑を受けた後の山東京伝は、子どもでも読める内容を描く、全年齢向けの作家に転身しました。そしてそれゆえ、彼のいくつかの作品は、明治期まで版を重ねるロングセラーとなったのです(以上、佐藤至子著『江戸の出版統制 弾圧に翻弄された戯作者たち』吉川弘文館)。

 ちなみにドラマの山東京伝はあいかわらず若々しいままですが、曲亭馬琴役は、演じる役柄も当人も「イケオジ」として有名な声優・俳優の津田健次郎さんだとか。『べらぼう』後半は、津田さんには珍しい(?)ヤングなツダケンが楽しめるドラマとしても話題を呼びそうです。

定信による耕書堂出版物の絶版

(文=堀江宏樹)

堀江宏樹

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

X:@horiehiroki

堀江宏樹
最終更新:2025/09/28 12:00