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ロングヒット『国宝』がくすぐる「日本スゲェ」感 カンヌ、釜山、アカデミー……海外進出の“狙い”と“恩恵”

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横浜流星と吉沢亮(写真:GettyImagesより)

 邦画実写として歴史的なヒットを記録している映画『国宝』が、海外へ進出し始めている。6月6日に封切られ、4カ月が経過した本作は今も週末動員数で3位(10月8日現在)にランクイン。興行収入は158億円を突破し、邦画実写の歴代興収1位『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003年、173.5億円)に迫る。

ピエール瀧、「消えなかった」存在感

 日本の代表的な伝統芸能・歌舞伎の知られざる裏側を描き、旬の俳優・吉沢亮(31)と横浜流星(29)が人間国宝を志す女形役者を演じた本作。渡辺謙(65)や寺島しのぶ(52)など実力派ベテラン俳優たちが脇を固め、174分という長い上映時間でも没入感の途切れない良質な映画体験は、言語を超えて邦画を代表する一作となりそうだ。

マーケティングのトレンド「海外で高評価」

 ネット上では〈日本映画を代表する1本〉〈世界に誇れる作品〉など、“邦画として誇りに思う”といった声が途切れない。実際、現地時間9月21日には、韓国・釜山で開催中の『第30回釜山国際映画祭』ガラプレゼンテーション部門で公式上映され、野外会場に2000人もの観客が詰めかけた。11月には韓国公開を控えているほか、2026年初頭に北米での公開も決定。日本国内でも、10月3日から全国10館で英語字幕版の上映が開始されるなど幅広い展開が止まらない。

 業界事情にも詳しい映画評論家・前田有一氏は、本作が長くヒットする背景に「海外で誉められていること」を指摘する。

「邦画界のマーケティングのトレンドとして、『世界に認められた作品』という謳い文句が非常に効果的だといわれています。というのも、日本人は“日本スゲエ”という自尊心が刺激されることにヨワい。まさに、大谷翔平選手のMLBでの活躍を一丸となって応援する心理ですね。世界的に評判といったニュアンスの話題が報じられると、全然興味のなかった層も “どれほどすごいのか”を確かめるために劇場へ足を運ぶ人が増える傾向があります」(前田氏、以下同)

 つまり“『国宝』推し”の熱狂は、ある程度狙って組み込まれた渦だというわけだ。前田氏によれば、「海外における評価」を宣伝に用いるパターンは大きく2種類ある。ひとつは事前に海外の映画祭に出品し、何らかの賞を獲得してから公開するパターン。もうひとつが、ヒット後に海外配給を行い、話題性を高めるパターンだ。そして『国宝』は、その両方を取り入れた。「話題化するための施策は、すべてやる」といわんばかりのスタンスである。

公開前・後で、海外という“箔付け”を仕掛けた『国宝』

 前田氏が、公開前に『国宝』が行った“箔付け”を振り返る。

「ワールドプレミア(世界初披露)の場として、国内公開の約2週間前である5月開催のカンヌ国際映画祭を選んでいます。本作が出品したのは『監督週間』部門。カンヌにはさまざまな部門やランクがありますが、同部門は作家性、芸術性が高い作品を評価するもので、優れた監督の登竜門的な位置づけでもある。この部門に打って出ることで、日本のいちばんの勝負作だと国際的にアピールすることができるわけです」

 邦画界において、過去『監督週間』部門からは大島渚、北野武らが世界的に活躍するキッカケを掴んだ。『国宝』の同部門出品も世界への意気込みが感じられ、事実、上映後は約6分間のスタンディングオベーションを浴びるなど大成功を収めた――その様子は日本でも複数メディアで報じられ、「なんかすげえ映画が公開されるぞ」感を煽った。いよいよ公開されると初週の週末3日間の動員数は24.5万人、興収3.4億円を突破し、いずれも邦画ランキングでは1位を記録した。

 評判が評判を呼び、その後本作は着実に注目度を高めていく。週末動員数は2週目で31万人。3週目には34万人をマークし、それまで同ランキングで首位を張っていた『リロ&スティッチ』を抜き、邦画・洋画含めて1位に輝いた。以降、快進撃が続く。

「公開後の大ヒットを受け、ブーストとして、アメリカでの配給を決定したり、米国アカデミー賞国際長編部門の日本代表に選出されたりなど、“海外に進出している”情報を継続的に出した。すると、『世界でも通用するじゃん』という空気がさらに醸成されていきます。公開前も公開後も、“海外”をからめたニュースを発信し、“箔付け”をしたのは大きなヒットの要因でしょう」

内容は“薄い”と見る向きもあるのに…

 もちろん、本作が渾身の力作であることは疑いようもない。しかし話題になるのは「撮影規模」や「本格的な歌舞伎」などその力技の評価に終始し、ストーリーについては〈薄い〉〈話は別に面白くはない〉とする向きもある。前田氏も「人間ドラマの掘り下げは浅い」とする。

 原作の同名小説は、上下巻で合計720ページの大長編。映画としては長めに思える3時間弱だが、それでも原作(特に下巻)からかなり“割愛”されていることは原作ファンから指摘されており、展開が駆け足にならざるを得なかったのは否めない。

 内容が必ずしも評価されてはいないのに、なぜ応援ムードが生まれるのか。

「これまで世界的に評価されてきた邦画は、スタジオジブリの作品やジャンプマンガ原作の劇場版など、アニメばかりでした。一方で実写では、『ドライブ・マイ・カー』(2021年、アカデミー賞国際長編映画賞)や、『万引き家族』(2018年、同賞外国語映画賞にノミネート)、『おくりびと』(2008年、同賞外国語映画賞)など、人間関係の機微を描いた比較的低予算の作品が多い傾向にありました。

 しかし本作は、実写邦画の規模では珍しい10億円超の予算が注ぎ込まれた“大作”。例えるなら、日本のホームランバッターが大リーグでも評価されたということ。日本人として、これほど嬉しいことはないワケです」

次に狙うは「米国アカデミー賞」

 次に期待されるのは、「アカデミー賞」受賞だろう。すでに8月28日には、2026年3月15日(現地時間)にロサンゼルスで開催される「第98回・米国アカデミー賞」において、本作が国際長編映画賞(旧・外国語映画賞)の日本代表作品に選出されたことが伝えられている。

 ノミネート作は例年1月中旬ごろに発表されるが、国際長編映画賞が正式に設置された1956年から2024年の69年間で選出された作品はたった15作という狭き門。邦画で受賞したのは、これまで2008年度の『おくりびと』(滝田洋二郎監督)、2021年度の『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督)という2作品だけだ。

「アカデミー賞にノミネートされ、さらに受賞にまで至れば、興行成績の更なる伸びが期待できます。『おくりびと』が外国語映画賞を受賞した際は、公開25週目にもかかわらず動員ランキングで1位を獲得。『ドライブ・マイ・カー』の場合は、ノミネート発表後に上映館数が倍増し、興収が前週の5倍になりました。

 海外での高評価は、確実に興収につながります。本作同様、カンヌ国際映画祭で絶賛された『8番出口』は、公開3日間で興収9億円を突破するロケットスタートを切りました。“日本スゲェ感”は、いま最も有効なマーケティング手法なのかもしれません」

 海外で認められると、国内はますます盛り上がる。今は劇場版『「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』(7月18日日本公開)が9月12日に北米公開されると、9月28日の週末を終えた時点で世界興収が6億ドル(約900億円)を突破するなど絶好調。そのニュースは日本を沸かせながら、国内動員も相変わらず堅調だ。世界的にも“ヒットするのはアニメ映画”の流れができつつあるが、『国宝』が邦画の新たな境地を切り拓くか。

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(取材・構成=吉河未布 文=町田シブヤ)

町田シブヤ

1994年9月26日生まれ。お笑い芸人のYouTubeチャンネルを回遊するのが日課。現在部屋に本棚がないため、本に埋もれて生活している。家系ラーメンの好みは味ふつう・カタメ・アブラ多め。東京都町田市に住んでいた。

X:@machida_US

最終更新:2025/10/11 22:00