『豊臣兄弟!』丹羽長秀、柴田勝家、石川数正、宮部継潤…信長を支えた家臣たちの知られざる“調略”

先週の『豊臣兄弟!』は衆議院選挙の特番でお休みでしたので、今週のコラムは「番外編」です。お話するのは、放送開始から1カ月ほど経った今、見えてきた「調略」というドラマのキーワードについてです。
前回、織田信長(小栗旬さん)、徳川家康(松下洸平さん)、そして豊臣兄弟(池松壮亮さん、仲野太賀さん)の4人が偶然揃い踏みしたシーンがありました。ドラマで描かれるこれら三英傑の武将としてのキャラ割りは「武力」の信長、「忍耐」の家康、そして「調略」の秀吉(というか秀長)になりそう。
もちろんドラマの主人公は、秀吉の弟・秀長ですから、才気のカタマリみたいな「兄者」に足りない部分を補う存在として、弟・秀長が交渉と調略を地道に引き受けていく描かれ方になると思われます。
ドラマの放送開始直後は、最近ではかなり珍しくなったリアルな戦のシーンが話題を呼びましたが、兄弟が出世していくにつれ、戦場での槍働きからは遠ざかります。しかし調略だけはずっと続いていきますから、今後、より丁寧かつドラマティックに描かれていく主要テーマとなるのではないでしょうか。
ちなみにドラマで描かれている時代、織田信長配下の武将でもっとも調略に長けていたとされるのが丹羽長秀(池田鉄洋さん)です。
史実では、秀吉による大沢次郎左衛門(松尾諭さん)が治める鵜沼攻略の隣で、丹羽長秀はスマートに周囲の城を次々と調略しています。来週の放送でどう描かれるかですが、ドラマで丹羽をあえて「ノータッチ」にしている理由は、秀吉・秀長の苦労をしっかり描き、痛みあっての成長というふうに見せたいからでしょう。ということで、残念ながらドラマでは長秀の存在感は現時点ではかなり控えめなのです。
かつて織田家の重臣会議の中で、頭に血が上りやすい柴田勝家(山口馬木也さん)を抑える役回りが丹羽長秀に与えられていましたが、史実ではああいう調停役以上の働きを見せていましたし、軍事・政治・普請(建設)のすべてで安定した成果を出せる長秀は、信長から「米のような男だ」と絶大な信頼を置かれ「米五郎左(こめごろうざ)」といわれていました。
「五郎左」とは、丹羽長秀の通名・五郎左衛門の略で、「毎日食べても飽きない米みたいな五郎左衛門」という意味合いです。信長の言語感覚って、独特で面白いですよね。しかしドラマで長秀があまり出てこないのは、彼を前面に出すと話の進み方が早すぎて、主人公である兄弟たちの出番がなくなってしまうという現実的な制約もあるのでしょう。
信長のツートップへのゴマすり
さて、ドラマでは永禄3年(1560年)の「桶狭間の戦い」の後の論功行賞で、信長から「木下」の家名をいただいたばかりの秀吉と秀長兄弟ですが、史実では永禄10年(1567年)に稲葉山城(岐阜城)が陥落し、斎藤龍興(濱田龍臣さん)は逃亡。信長による美濃攻略が完了したタイミングで秀吉は念願の「侍大将」のポストを手に入れたとされています。ドラマでは大沢次郎左衛門の調略に成功したら侍大将にするという話だったでしょうか。
足軽はいちおう武士のハシクレですが、上級というか正規の武士から見れば奉公人です。それゆえ「足軽大将(歩兵隊長)」から、「侍大将」に昇進すると、世界の見え方もガラッと変わったはずです。騎馬などが許される一方で、配下の武士たちを自前で揃えなければならなくなるからです。
織田家臣団のツートップであった丹羽長秀、柴田勝家にも直接、ゴマすりができるようになったでしょう。それで秀吉が名乗ることになったのが羽柴という、丹羽と柴田の苗字からそれぞれ一文字ずついただいたハイブリッドな創作苗字でした。具体的には天正元年(1573年)からその翌年にかけ、秀吉・秀長が近江の強敵・浅井氏を滅ぼした功績で北近江(長浜)の領主に成り上がったタイミングの話です。
ちなみに長秀と勝家という二人も、そこまで高い身分ではないところから才覚を背景に織田信長のもとで成り上がった経緯があります。それゆえ勝家は織田家の「新星」である秀吉の台頭には内心、危機感があったのでしょうね。
柴田勝家は兄弟に「生意気な若造め」という姿勢をくずさなかったけれど、丹羽長秀はそうではありませんでした。それゆえ秀吉は長秀を追い抜いて出世した後も、かつての大先輩・長秀のことを立てて、越前・若狭・加賀2郡の123万石という広大な領地を与え、優遇しつづけました。敵に回したくない相手を懐柔するのも立派な調略といえるのではないでしょうか。
さらにドラマで調略要素が重視されていくであろうことは、最近、登場しはじめた徳川家康の重臣・石川数正を演じるのが迫田孝也さんであることからも明らかな気がします。ネタバレかもですが、歴史ファンの間では常識なのでいわせていただくと、のちに石川数正は家康を裏切り、豊臣秀吉に投降して家臣となりました。
『どうする家康』(2023年)にも登場していた石川数正ですが、演じていたのは松重豊さんで、演技の方向性も、殿への愛ゆえに口うるさいお目付け役であり、家臣団の中の重鎮としての存在感が強調されていました。しかし、本作での石川の描かれ方はそれとは異なりそう。
まず本作では徳川家康役の松下洸平さんと、石川役の迫田さんはそこまで年齢差が強調されていないのがポイントです。そして本作の家康は一見、好感度が高く、人当たりの良さもあるのですが、それらはすべて演技なんですね。幼い頃からの苦労と忍耐の結果、裏表が激しすぎるキャラなのであろうと想像されます。
そういう地味に厄介な殿と他の家臣たち、さらには殿の上位存在である信長などとの摩擦に苦労する中間管理職的役割を果たすのが迫田さん演じる石川数正なのでしょう。おそらく、秀長も奔放な「兄者」こと秀吉との関係で苦労しているぶん、石川殿の調略もスルスルっとうまくいくような気もします。
史実では石川の「出奔」の理由などは明らかになっておらず、フィクションとして描き放題ですから、今後の展開が楽しみですね。おそらく本作では豊臣兄弟と家康との関係の板挟みになった石川がどうしようもなくなって、秀長を頼って亡命する形になりそう。史実でも徳川家の機密情報すべて握っている石川の調略は、前に信長のセリフにもあった「戦わずして勝つのは最上の策」という結果につながりました。
最近追加発表された新キャストに、宮部継潤(ドンペイさん)の名前が見られたことも興味深かったです。宮部継潤は一般的にはそこまで知名度は高くないかもしれませんが、元・浅井家臣で、さらにその前歴が比叡山の僧侶という異色株の武将でした。まさに秀長の調略によって仲間となっただけでなく、その後も秀長の片腕として長く活躍してくれました。
のちに秀長は秀吉から大和国(現在の奈良県)の支配を任されるのですが、同地にはびこる複雑な寺社勢力の懐柔に不可欠だったのが、比叡山の僧侶だった宮部の手腕でした。貧しい生まれから「天下人」にまで成り上がる兄弟を描く本作で「調略」がキーワードになりうるのは、とくに戦闘の才能や、体格で優れているわけでもない兄弟だからこそ、「何もないが知恵はある」という状態を、独自で最高の武器に切り替えられたという機転がより面白く映るからです。
それに「調略」が戦場での槍働き以上のサバイバル手段として描かれる「大河」はあまり記憶にありません。しかも「調略」によって、兄弟は最高の知財である人材を手に入れていくようですから、人たらしとしての本領発揮ではありませんか。
ということで、当初はオーソドックスな展開になるかな、と予想していた『豊臣兄弟』ですが、期待できそう。とりあえず兄弟にとっては最初の調略相手であった、鵜沼の大沢家攻略がどのような描かれ方になるのか、放送再開が楽しみです。
(文=堀江宏樹)
