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ニューヨークの摩天楼に群がる赤い虫 18州に広がり米国民の食料脅かす恐れも

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スポッテッド・ランタンフライ(著者撮影)

 中国原産の外来昆虫、スポッテッド・ランタンフライが米国での生息域を拡大させている。昨年10月には南部ジョージア州でも見つかり、これにより全米18州で生息が確認されたことになる。

 体長2.5センチほどの蛾に似たビワハゴロモ科のこの虫は、春から秋にかけてニューヨークの摩天楼の明りに大量に群がり、世界経済の中心地を侵略したかのように振る舞う。冬場には成虫は死に絶えるが、樹木などに多数の卵を産みつけるため室内に持ち込まれたクリスマスツリーに卵がある可能性があり、年間を通じて市民を悩ませる存在となった。

全米で大量に発生

 ランタンフライが米国で初めて確認されたのは2014年。ペンシルベニア州バークス郡の造園業者の敷地で見つかった。この造園業者は海外から石材を多く輸入していたという。

 その後、米東部、中西部、南部にまで広がり、現在ではペンシルベニア、コネチカット、デラウエア、ジョージア、イリノイ、インディアナ、ケンタッキー、メリーランド、マサチューセッツ、ミシガン、ニュージャージー、ニューヨーク、ノースカロライナ、オハイオ、ロードアイランド、テネシー、バージニア、ウエストバージニアの18州での生息が確認されている。

 コーネル大学によるとニューヨーク市内では2018年、ブルックリンで初めて見つかり、2020年には摩天楼の明りに大量に群がるようになった。正確な生息数は把握できないが、ニューヨーク州と、隣接するニュージャージー州が目立って多いと指摘されている。

口の悪いニューヨーカーからは「〇〇の化身」といった冗談まで

 ランタンフライの成虫は体長2~3センチ、幅1.25センチで、羽を閉じていると縦に長い二等辺三角形のような体格をしている。

 胴体は黒と黄色で、外側の羽は薄茶または灰色で黒い斑点がいくつもある。飛ぶときに姿を現す後ろ羽は鮮やかな赤。止まっている時と空中を漂う時の色合いの違いに驚かされる。赤い虫がそこここに飛び交うため、口の悪いニューヨーカーは「中国の経済侵略の化身」と冗談を飛ばす。

気になる繁殖スピードは?

 ランタンフライの成虫は冬になると死に絶える。その前の9~11月にメスは樹木や家屋、車両など屋外にあるあらゆる場所に卵を産みつける。1匹あたり1~2つの卵塊を産むが、1つの塊には30~60個の卵が含まれている。

 卵を産んだメスは白っぽい液体を分泌し、卵にかける。これが乾燥すると乾いた泥のようになり、周囲から目立たなくして卵を守る働きをする。

 4月ごろから羽化が始まり、幼虫が誕生する。初期の幼虫は黒で白い斑点がある。成長するに従って赤色を帯び、次第に鮮明な赤と黒の体色になる。ここにも白い斑点があり、突然出くわすとギョッとさせられる。幼虫のうちは飛ぶことはできないが、後脚の力が強く、ノミのように遠くまでジャンプする。

 成虫になるのは7月ごろからで、口先が固く、鋭くなる。木の分厚く固い樹皮を貫通させて樹液などを吸うことができるようになる。

 ランタンフライの成虫が食べる植物は70種類を超えるといわれる。樹液を吸った後に、糖分を含んだ粘着性の液体を排せつするため、そこにスズメバチなど他の昆虫が引き寄せられる。

 この排せつされた液体には、時間がたつと黒い微粒子のようなカビが発生する。植物の葉などがこのカビに覆われてしまうと光合成ができず、植物が枯れてしまう。

産業への被害も

 ランタンフライは直接人間に被害を及ぼさないが、大量発生は農業をはじめとした産業の大敵だ。

 ペンシルベニア州立大学の研究グループは、ランタンフライによる州内の経済的損失額は3億2500万ドル(約487億円)にのぼる可能性があると指摘する。

 特にランタンフライの好物であるブドウの被害は大きい。ペンシルベニア州内のブドウ畑ではランタンフライの出現以来、ブドウの収穫量が激減した。ブドウ園の中には90%の木が失われたところもあるという。

 ニューヨーク州は東海岸最大のワインの産地である。ランタンフライによるブドウへの被害を食い止めなければ、地場産業として育成してきたワイン製造に甚大な影響が及ぶ。

駆除方法は…

 しかし、ランタンフライを駆除するための決定的な方法は見つかっていない。数少ない天敵であるカマキリやクモ、鳥などを野に放つことが検討されたが、カマキリは外来種が主体となってしまうため逆に環境に大きな影響を与えてしまう。クモや鳥を放ったとしてもランタンフライの数に追いつかない。

 粘着性のハエ取り紙を設置することは一定の効果があるものの、受粉役となるハチなどの他の昆虫まで引っかかってしまう。

 ほぼ打つ手なしの中で、米農務省が推奨する対策は「見つけたら足でふみつぶす」ということだけだ。

 その農務省の最大の懸念は、ランタンフライがカリフォルニア州まで生息域を拡大させることだ。

 カリフォルニア州は世界的なワインの産地であると同時に、米国の食料生産基地でもある。ランタンフライに畑を荒らされたら、経済的損失は壊滅的な規模になり、食料安全保障上の重大な危機に直面する可能性さえある。

 ランタンフライは飛行能力が高いわけではなく、生息域の拡大は荷物や車両にくっついてもたらされるという「ヒッチハイク」方式である。移動スピードが速くないため、決定的な駆除方法を見つけるまでの時間稼ぎはできる。

 政治的分断を乗り越えて、食料危機回避のために一致団結してランタンフライをふみつけることが今の米国民に課せられた使命である。

言問通

フリージャーナリスト。大手新聞社を経て独立。長年の米国駐在経験を活かして、米国や中南米を中心に国内外の政治、経済、社会ネタを幅広く執筆。

最終更新:2025/01/14 20:00