2人にひとりは借りる時代…奨学金返済問題に企業はどう対処する? 代理返還制度を導入したPR TIMESに訊く

学ぶために借りたはずの奨学金が、学びの先にある将来の選択肢を狭める原因となっている。理由は、何十年にも及ぶ返済だ。月々の返済は経済的な負担になるだけでなく、精神的にも重くのしかかる。そんな中、福利厚生の一環として、社員が学生時代に借りた奨学金を代わりに返済する企業が増えている。今後の潮流となる奨学金代理返還企業の最前線に迫る。
奨学金の平均完済年数は約15年!
日本学生支援機構(以下、JASSO)が公表した「令和4年度学生生活調査」によると、学生の2人にひとりが何らかの奨学金を支給されているか、貸与されているという。
「何らかの奨学金を受給している」と回答した学生の割合は、前回(令和2年度)の49.6%から今回の55.0%へと5.4ポイント上昇。大学の学費も上がり続けている現状を踏まえると、この割合は今後さらに増える可能性が高い。
また、学生ひとりあたりの奨学金の平均借入額は313万円に上る。10代のうちに何百万円もの奨学金を借りて大学を卒業しても、社会人になったあと、その返済に苦しむケースが少なくない。
サラリーマンの手取り、いわゆる可処分所得は伸び悩んでいる。基本給の停滞に加え、「働き方改革」の影響で残業代が減少。一方、少子高齢化に伴い、医療や介護といった社会保障費の負担は増加の一途をたどっている。
そして、奨学金の平均完済年数は約15年にも及ぶ。月々1万円程度の返済でも、収入が十分にない若者にとっては大きな負担であり、結婚や出産といった人生のライフステージにも影響を及ぼす。奨学金の返済は深刻な社会問題となっているのだ。
奨学金返還支援を導入する企業が増加
こうした中、近年は社員が学生時代に借りた奨学金を「肩代わり返済」する企業が増えている。福利厚生の一環として、企業が毎月の返済額をJASSOに直接送金する仕組みだ。
労働人口が減少する日本では、多くの企業が人手不足解消に苦慮している。奨学金の代理返還は、若手社員の定着を促す新たな施策としても注目を集めているのだ。
「当社は新卒採用や第二新卒採用にも力を入れており、20代の社員も多いので、いわゆる若手の時期の経済的負担を軽減し、仕事に集中できるような制度を作りたいという思いがありました」
こう語るのは、プレスリリース配信サービス「PR TIMES」を運営する株式会社PR TIMESのPR・HR本部、人事担当の名越里美氏(以下、「」内コメントは名越氏)。同社は2021年4月から、30歳未満で年収600万円未満の正社員を対象に奨学金返還を一定額支援する「U30奨学金返還サポート制度」を開始している。

「同年の年始から制度設計を始め、代表と話す中で、『奨学金の返還支援を若手社員に行いたい』という意見が出ました。私自身、その時点では奨学金を取り巻く状況に詳しくなかったのですが、調べていくうちに奨学金の返済が社会問題になっていることを知ったのです」
こうして約2カ月の準備期間を経て新制度を設立。このスピード感を可能にしたのは、同年4月にJASSOが「企業等の奨学金返還支援(代理返還)制度」を開始したことも大きな要因だ。
企業が社員の奨学金返済額の一部または全額を支援する仕組みは以前から存在したが、それは社員への直接支援に限られていた。一方、2021年4月から始まった新制度では企業がJASSOに直接送金することが可能となった。
「社員はわかるが、企業にとってのメリットは何か?」と思うかもしれない。そのうえ、SNS上では「代理返還は社員を辞めさせないようにするための『枷』になるのでは?」という声も上がっている。しかし、企業は社員の奨学金を全額一括で返還するわけではないため、それは現実的ではない。
実際のところ、企業は返還金を給与として損金算入できるほか、返還額が「賃上げ促進税制」の対象にもなる。一定の要件を満たせば法人税の税額控除も適用されるのだ。
日本経済新聞(25年2月3日付)によると、2021年4月末に65社だった導入企業は、2024年12月末時点で2781社となっている。来年度にはさらに増える見込みだ。
PR TIMES独自のハイブリッド返還制度
PR TIMESが奨学金の代理返還を始めた年の対象者は14名。当時の従業員数は70人程度だったため、全体の2割に相当していた。
多くの企業は月々の返還額の上限を定めて肩代わりするのに対し、PR TIMESの「U30奨学金返還サポート制度」はやや複雑だ。
「毎月1万5000円、年間18万円を満30歳に到達するまでの期間(最大8年間)支給します。ただし、毎月の給与に上乗せするのは1万円。残りの6万円(5000円×12カ月)は年に一度、JASSOの代理返還制度を利用して弊社が直接送金し、繰り上げ返還に充当します」
名越氏はこれを「ハイブリッドな返還方法」と呼ぶ。もともとは、給与の上乗せだけで対応するか、代理返還の部分だけで対応するか、二択で検討していた。しかし、社員のサポートと社会的な発信という2つの目標を両立させるべく、現在の形式に至ったという。
「直接返還の仕組みは、社員の抱えている奨学金の残額全体に充当していくという考え方に基づいているため、返還期間を短縮することにしかアプローチできません。そのため、月々の返還負担を軽くするために、給与上乗せ分も作るかたちとしました。弊社の取り組みがひとつの事例となって、奨学金の代理返還制度が広く社会に伝わることにつながればと考えています」
いずれにしても奨学金返済に悩む学生にとって、代理返還制度は安心材料となるだろう。ただ、PR TIMESは、この制度が就職先を選ぶうえでの理由になることは望んでいない。
「この制度が新卒採用にポジティブに影響を与えていることは確かですが、特定の制度を理由に最初のキャリアを決めるべきではないと考えています。弊社の代理返還制度は、あくまでも『奨学金返済という切り口からも、若手社員が自身の成長や活躍に邁進できるよう手助けをしている組織なんだ』という理解の一助として捉えていただきたいです」
これまで同社では累計で約40名が「U30奨学金返還サポート制度」を利用してきた。毎年、利用者数は増加するかと思われたが、30歳という年齢制限により制度の利用対象外となるケースもあり、現在利用中の社員は17名にとどまっている。
奨学金を「借りなかった」社員への対応

PR TIMESは日々、企業のプレスリリースを配信。その中には、他社が代理返還制度を導入したというニュースも含まれている。
「3〜4年という短期間でここまで導入企業が増えたのは素晴らしいことだと思います。私たちには私たちの込めた思いがありますが、各社の導入背景にその企業ならではの社会に対する願いが込められていると思います。このような取り組みをする企業が増えることで、社会全体に良い影響が広がると考えています」
代理返還制度の捉え方は会社によって異なる。どこも、福利厚生の一環には間違いないが、人手不足に困る地方の企業の中には、内定者の半数が代理返還制度に惹かれて入社したというケースもある。
「これは私の個人的な思いかもしれませんが、新卒で入社する会社に『勉強するために必要だった借り入れを支援してくれる制度』があったとしたら、その会社とのご縁をいかして、『この会社の事業を通じて社会に貢献できるように、ますますがんばろう』という気持ちが自然と湧くのではないでしょうか」
その一方で、同社の社員の多くは奨学金を借りていない。そうした社員たちからの不満の声はなかったのだろうか?
「当然、借りていない者との間に公平性に関する懸念が生じると考えました。そのため、社内でのコミュニケーションにおいては特に注意を払い、この点を丁寧に説明しています。同時に『この制度だけが特別ではない』という点も強調しました。ほかにも弊社にはさまざまな制度がありますが、この当時は奨学金にフォーカスして発表したかたちです」
そもそも、奨学金は未来の教育を支えるために欠かせない仕組みである。それが、「借金」と呼ばれている現状に、問題意識を向けなければならない。そんな中で、企業はどのようにこの問題に向き合っていくのだろうか? 今後の行く末を見守りたい。
(取材・文=千駄木雄大)