「何にでもケチャップ」の米国に忍び寄る「トマト危機」の恐怖

米国人が今、最も気にしている野菜はトマトだ。スーパーの店頭に並ぶトマトはメキシコ産が圧倒的に多いが、米国とメキシコが結んでいたトマトをめぐる2国間の貿易協定をトランプ政権が一方的に破棄した。「トランプ関税」でトマトの価格は一気に跳ね上がる可能性が高まってきたのだ。何にでもケチャップをかけて食べると言われる米国に「トマト危機」が忍び寄っている。
食の保守化進む米国 昔ながらの動物性脂肪を奨励 根拠乏しい種子油たたき
自由貿易協定でメキシコ産が激増 多品種で食卓彩る
米国人は大のトマト好きである。加工品も含めたトマトの1人あたりの年間消費量は約32キロで、先進国ではナンバーワン。これは、約7キロの日本の5倍近くの消費量だ。トマトを多く食べる印象が強いイタリアを10キロ以上も上回っている。
ハインツに代表されるトマトケチャップは、米国人にとっては日本人のしょうゆと同じ存在で、「おふくろの味」を作る上でなくてはならない食材だ。
米国のトマト市場はこの20~30年で大きく変化した。温室栽培のチェリートマトやグレープトマトなど新品種が続々と登場し、バラエティに富んだトマトが食卓をにぎわすようになった。
このため生鮮トマトの輸入量は2000年以降、176%もの増加となった。そのほとんどがメキシコからの輸入で、現在では米国の生鮮トマトの約70%がメキシコ産である。
トマト情勢を一変させたのは、1994年に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)だ。NAFTAにより米国、カナダ、メキシコの経済相互依存度は深まり、消費者に大きな恩恵をもたらし、経済成長の原動力になった。
一方で米国の農家は大きな打撃を受け、特にトマト農家への影響は深刻だった。メキシコからのトマトの輸入量は急増し、2022年は1994年の約5倍に膨らんだ。トマトの一大産地のフロリダ州では数百の農家や関係会社が廃業に追い込まれた。フロリダ州内外のトマト生産者やパッケージ業界などを束ねる業界団体「Florida Tomato Exchange」は「州内の業界の半数が消滅した」と説明している。
常に「貿易戦争の具」 トランプ政権1期目も
このためトマトは常に「貿易戦争の具」にされてきた。NAFTA締結後の1996年4月、米商務省はメキシコ産の生鮮トマトが米国で公正価格を下回る安値で販売されているとして反ダンピング(不当廉売)の調査を開始した。10月にダンピングがあると判断したが、同時に米商務省とメキシコの生産者・輸出業団体は調査の一時停止に合意した。俗に言う「トマト協定」である。
米国からしてみれば、安価なメキシコ産トマトが米国に入ることは認めるが、何かあったらいつでもストップをかけられるとメキシコ側にクギを刺す意味合いがあった。
その後、2002年、2007年、2013年に米国がこの合意を破棄し、すぐにまた同様の合意を結ぶということが繰り返された。そしてトランプ政権の1期目の2019年5月にも米国は「トマト協定」を破棄し、メキシコからの輸入トマトに17.5%の関税を課した。当時のロス商務長官は、「Florida Tomato Exchange」など米国のトマト生産者から、メキシコ産トマトによってトマトの取引価格が下落しているとの苦情が寄せられたことが、協定破棄の理由だと述べている。
しかし、この時も3ヵ月後の8月に新たな「トマト協定」が結ばれ、17.5%の関税は撤廃された。そして2期目のトランプ政権は2025年4月に「協定」の撤廃を示唆し、7月から20.91%の関税を課すと発表した。これが今回の「トマト危機」の原因である。
「相互関税」と並走 どこまで値上がるか予想できず
「トマト協定」の締結と破棄は茶番劇のように繰り返されており、メキシコ側は今回のトランプ政権の動きに冷静に対応している。ベルデゲ農業相は「米国の輸入トマトの90%はメキシコ産であり、協定がなくなればサラダやケチャップなどトマトを使っているものすべてが値上がりとなる」と述べ、関税がかかった場合の、家計や市場などへの悪影響は計り知れないことを強調した。米国人に切っても切れないケチャップの値上げは、トランプ政権といえどもできるはずがない、と踏んでいるようだ。
しかし今回は、これまでとは全く違う政治・経済状況の中での「トマト協定」の破棄である。世界中を敵に回したトランプ政権の「相互関税」と並走している。トマトだけの事情で結論は出ない。いよいよトマトに本格的な関税が課せられる時代に突入する可能性がある。
テキサス州サンアントニオに本社がある農業会社ネイチャースウィートは「トマト協定」が破棄されれば毎週100万ドル(約14億円)を超える税負担が発生することを明らかにした。そのうえで、メキシコ産のトマトがすべて米国の市場から消えたら、米国のトマトの価格は50%増加するだろうと予測している。他の専門家も値上げ幅を推計するが、価格差が激し生鮮品なだけに、どこまで跳ね上がるかは予想できないのが正直なところだ。
(文=言問通)