米国で文化的な生活をするなら1450万円は必要 国民の60%は基準に達せず

米国で最低限の文化的な生活を送るには、年間10万ドル(日本円にして1450万円)以上が必要だ――。米国人のみならず円安に苦しむ日本人にとってもショッキングな調査結果が明らかになった。
これは首都ワシントンにある経済研究所が弾き出した数字で、生活にかかるコストはこの20年で2倍になり、半数以上の米国人が「最低限の生活の質」を維持できなくなっているという。一方で別荘地として有名なニューヨーク州ロングアイランドのハンプトンズ地区ではマンハッタンで羽振りを利かせる富裕層が長いバケーションを楽しんでいる。地元マーケットでは超高級食材が飛ぶように売れ、庶民には無縁のぜいたくな暮らしが広がっている。
「生き残れるか」でなく「最低限の生活の質」を維持できるかの基準
ルドウィッグ共有経済繁栄研究所(LISEP)によると、米国で「最低限の生活の質」を維持するためには夫婦・子ども2人の4人家族で年収10万ドル以上が必要だという。最近のドル円相場は1ドル145円近辺で、日本円に換算すると1450万円以上ということになる。LISEPの分析では、全米の60%の世帯は、収入がこの基準額に遠く及ばず、「最低限の生活の質」を維持できない状態に陥っているという。
LISEPは、経済統計の多くが「生存できるかどうか」に基づいているため経済状況の全体像を反映していないと考え、独自の数値である「最低限の生活の質指数」(MQL)を作り、一般の生活に見合った経済統計として発表している。
「生き残れる」という概念ではなく、「中流階級の生活を送るには何が必要か」という概念で算出したもので、LISEPの創設者であるジーン・ルドウィッグ氏は「少なくともアメリカンドリームの最初の段階に立つことができているかどうかを表す数値だ」と説明している。
MQLは、食料や住居といった生活必需品だけでなく、充実した生活を送るための費用も考慮に入れている。例えば、食費にはカジュアルなレストランへの出費や、毎年恒例の祝日の食事会の費用なども含まれる。また、ケーブルテレビやストリーミングサービスの加入料といった基本的な余暇活動費、そして年間6回の映画鑑賞と2回のプロ野球観戦といった費用も考慮されて弾き出している。
ぜいたくではないが、このぐらいは「普通の生活には必要だろう」というものを含めた生活の基準値である。
生活費は20年前の2倍 収入アップも物価高に追いつかず余裕ない生活に転落
「最低限の生活の質」を保つための基準値が、これだけの高水準になっているのはここ数年の物価の上昇が要因だ。
LISEPの調べでは過去20年間で米国の生活費は99.5%増で、ほぼ2倍に急騰している。多くの国民の収入は増加したものの、コスト高に追いつかず、「生活の質」を保てないでいる。
2001年と比べた2023年の医療保険料は178%上昇した。旅行費は170%、家賃は131%アップした。 LISEPの推計によると、高等教育のための貯蓄を含む子育て費用は107%増加した。一方で消費者の実質購買力が同期間で平均4%減少したと推定している。
こうした状況で、2022年には、体調が悪くても治療を先延ばしする米国人の数が過去最高を記録した。全体の38%が費用高を理由に治療を延期したという。
米国の医療は高額で、国民皆保険でないことから気軽に病院に行けないが、基本的な医療のニーズがいかに手の届かないものになっているかを示す、憂慮すべき兆候だとLISEPは指摘している。
こうした流れを受けて、両親と同居する若者の数も増えている。25~34歳が同居する多世代世帯の割合は、1971年には9%だったが2021年には25%に上昇した。
最低限の生活費をまかなえない米国人は、ジムの会員費や休暇の出費といったささやかな自由支出のために借金をし、大学進学資金や老後のための投資といった重要なファイナンシャルプランニングをあきらめざるを得なくなっており、将来への不安を抱えながら、悪化する家計に打つ手がない日々を過ごしている。
富裕層はぜいたくざんまい
そんな庶民の生活を尻目にニューヨーク州ロングアイランドのハンプトンズ地域の別荘街は相変わらずの華やかさだ。
世界の富が集中するニューヨーク・マンハッタンから車で2時間ほど、大西洋に突き出した半島の先端に近いこの地域には超豪邸が立ち並ぶ。富裕層がこの地域を訪れるのは6~9月前半の夏場だけ。わずかな期間を過ごすために日本円で億単位の豪邸を購入する。
富裕層は車では来ない。わずかな距離でもプライベートジェットを飛ばしてやってくる。プライベートジェットがなくても片道1200ドル(約17万4000円)以上払ってヘリコプターに乗ってくる。
ファーマーズマーケットには地元の食材や世界から取り寄せられた高級品が並ぶ。夏が季節のロブスターは総菜としてサラダで売られ1ポンド(約450グラム)100ドル(約1万4500円)以上で販売される。日本の食材は富裕層のお気に入りで、高知県産のマスクメロンが1個400ドル(約5万8000円)以上で販売されていた。
ニューヨーク・タイムズ紙が7月4日、ハンプトンズ地域のぜいたくぶりを報じたが、このファーマーズマーケットを訪れていた近くの豪邸のお抱え調理師は、1回の買い出しで1860ドル(約29万9700円)を支払っていたという。先進国の中で最も貧富の差が激しい米国の現実である。
(文=言問通)