スポーツバーが「恋愛リアリティーショーバー」に変身し大盛況⁉

米国ではいたるところにスポーツバーがあり、市民が試合を観戦しながら酒を飲む。地域や街のコミュニケーションの場になっているが、そのスポーツバーが変わろうとしている。恋愛系のリアリティーショーを鑑賞するパーティーを開いたところ大人気となり、これまであまり訪れなかった女性客が大挙してやって来るようになった。放送や配信開始に合わせてイベントを開くごとに反響は大きくなり、若者にとって古臭いイメージがあったスポーツバーが新たな社交場になった。
きっかけは『Love Island USA』
スポーツバーが大きく変わるきっかけを作ったのが、恋愛リアリティーショーの『Love Island USA』だ。英国ITVの番組の米国版で、参加者が島などで共同生活をしながら、理想の恋人を見つけようと奮闘する姿を描いている。最終的に視聴者の投票で優勝のカップルが決まり、10万ドル(約1480万円)の賞金が贈られる。
米国版は2019年7月にスタートした。当初はCBSが放送していたが、その後、NBC系番組配信サービスのピーコックに移った。シーズン7は南太平洋の島国フィジーが舞台で、隔絶されたビラに滞在する20代の独身男女グループの生活を6週間にわたって追った。ほぼ連日撮影され、毎週6話を配信し、土曜日には総集編が流された。リアルタイムでの配信は、息つく暇を与えずにファンをストーリーにのめり込こませた。
7月13日に最終回が配信されたが、午後9時からの配信に合わせて全米各地でスポーツバーが『Love Island USA』シーズン7鑑賞パーティーを開いた。ニューヨークではマンハッタンを中心に、確認できただけでも13以上のバーが日曜日の夜にもかかわらず、特別イベントを開いた。
『Love Island USA』シーズン7は6月3日から配信が始まっていたが、スポーツバーでの恋愛系リアリティーショーパーティーの開催はそれ以前から行われていた。
米国の経済専門チャンネルCNBCがインターネット版でこの動きについて伝えている。カリフォルニア州ハリウッドのスポーツバーThe Palm & The Pineは今年2月以降、『The Traitors』や『Survivor』、『The secret lives of Mormon Wives』といった人気リアリティーショーを鑑賞しながら飲むイベントの開催を始めたが、「Love Island USA」の存在感は他のリアリティーショーと桁が違っていた。
客が最も少なかった火曜日の売上が5倍に
『Love Island USA』のおかげで6月は記録的な売上を達成したという。共同オーナーのコリン・マガロン氏は、1週間で最も客が少なかった火曜日の売上は通常の5倍に増えたと話している。あまりにも多忙となったため、スタッフを新たに4人採用した。
新型コロナウイルスの感染拡大やハリウッドの俳優らのストライキ、壊滅的な山火事からの復興に苦戦しているこの地域の飲食店にとって『Love Island USA』による集客は、これまでの苦労を跳ね飛ばすほどのパワーがあるという。
米国のバーは客が少ない開店直後の夕方の時間帯に酒などを安く提供する「ハッピーアワー」を設けて集客に努めているが、マガロン氏は「在宅勤務などで奪われていたハッピーアワーの時間帯を真に活気づけた」と評価している。
近隣のオフィスに勤務する4人の女性グループは、それぞれ自宅などで『Love Island USA』を見て、翌朝、職場で会った際に番組について話して盛り上がっていたが、店でのイベントを知り、4人で訪れるようになった。
「それまでは、1人で各シーンにリアクションしていた。職場での朝の報告会も楽しいけれど、その瞬間を仲間と一緒に味わう方がずっと楽しい」とグループの1人はCNBCのインタビューに応えている。
ビッグイベントを凌駕する熱狂ぶり 1人あたりの支出も多く
テキサス州ヒューストンにあるPKL Socialは大型スクリーンが20台以上設置される大型スポーツバーだが、『Love Island USA』のおかげで、これまで50人ほどだった常連客が250人ぐらいに増えたという。パーティーの日は近隣の他のレストランのスタッフをアルバイトとして雇うほどの繁盛ぶりだ。
共同オーナーのジェイソン・モック氏は「地元プロ野球球団のアストロズが出場したワールドシリーズやプロフットボールのスーパーボウルを見るパーティーを開いたことはあるが、この番組の方が集客効果は大きい」と舌を巻く。
鑑賞パーティーに訪れた客はお気に入りのカップルを応援し、憎めないカップルに優しさを示し、ドラマチックな復縁劇に夢中になる。スポーツイベントの夜と、恋愛リアリティーショーの夜とでは、明らかに客層が異なり、『Love Island USA』の夜は女性客が圧倒的に多い。
ニューヨーク大学近くのバー、The Malt Houseの共同オーナー、ケビン・オハンロン氏は地元インターネットメディアの取材に「スポーツのビッグイベントを凌駕する熱狂ぶりだ」と指摘し、スポーツイベントより客1人あたりの支出は多いと話している。
ストリーミングサービスが定着し、エンターテイメントはより「個」で楽しむものとなり、オンラインの世界に視聴者は没入する傾向を強めた。しかし、昔ながらのスポーツバーがスポーツの代わりに恋愛リアリティーショーを映し出したことで、どろどろした人間関係は仲間と一緒に「楽しむ」ものに変化した。「リアリティーショー酒場」は米国社会に浸透する勢いで進化している。
(文=言問通)