100人に5人が1000万円プレイヤー! だけどその価値は2000年頃の700万円程度!? 「年収1000万円」の実態

いま日本では「年収1000万円」という、かつての“上級国民ライン”がほぼ幻想になりつつある。
9月には「大企業で年収1000万円超が10年で7割増」という報道が話題になった。しかし、実態はお金の価値が下がり続けているだけ……。いまの年収1000万円は昔とは状況が大きく異なるのではないか?
これ以上賃上げが進まない社会で、私たちはどう生き延びればいいのか? 『世帯年収1000万円 「勝ち組」家庭の残酷な真実』(新潮社)の著者であるファイナンシャルプランナー・加藤梨里氏に話を聞いた。
物価高と社会保険料増加で1000万円の価値が低下
――ここ数年で、企業の賃上げの話題が増えているように感じます。ファイナンシャルプランナーから見て、サラリーマンたちの給与が上がっていると思いますか?
加藤梨里(以下、加藤) 夏に給与更改する企業が多いのですが、 転職サイトの求人などを見ている限り、肌感としては上がっていると感じます。明確に“年収1000万円を超えた人が増えた”という変化はそこまでわかりませんが、相談に来る方の話を聞いていても、少しずつ給与が上がっている印象は受けます。
――加藤さんの『世帯年収1000万円 「勝ち組」家庭の残酷な真実』(新潮新書)では「今の年収1000万円は、昔の1000万円に比べて価値が下がっている」と指摘されています。それはどのような要因から来るのでしょうか?
加藤 主に2つの要因があってひとつは物価高。生活コストが上がっているため、当然ながら出ていくお金も多いですよね。もうひとつは社会保険料も上がっていることです。額面で年収1000万円あっても、社会保険料の増加によって手取りが減っているため、昔と今では実際に残る金額が異なってきます。これらの要因を合わせて考えると、感覚としては現在の年収1000万円は2000年頃の700~800万円相当というところでしょうか。
――共働き夫婦であっても、世帯年収1000万円では生活も厳しいという指摘もありました。
加藤 特に子どもが2人、3人いるとなると状況は一変します。教育費を捻出し、4人分の生活費を賄う必要があるため、”ひとりで1000万円を使えるか、4人で1000万円を使えるか”という単純な違いで、厳しいと感じるのは圧倒的に子育て中の世帯の方でしょう。
――1000万円はインパクトのある数字ですが、昔でいうほどの”リッチ”層ではないのですね。
加藤 手取りの減少自体は、共働きかそうでないかにかかわらず、すべての世帯に影響しています。とはいえ、独身で1000万円を稼いでいれば、高い家賃の物件に住んでいるなど、特別な事情がなければ、生活がカツカツになることはまずありません。
――なるほど。東京に住んでいる人たちに独身が多い理由がわかる気がしました。
加藤 年収1000万円と聞くと多く感じますが、実際には月収にするとおよそ80万円程度です。これからの時代、この金額でも十分とは言い切れません。月収80万円と聞けば、一見すると高収入のように見えるかもしれません。しかし、仮に家族4人で生活している場合、ひとりあたりに換算すれば月20万円となります。ひとり暮らしで月収20万円では、首都圏では決して贅沢はできないことは容易に想像できるでしょう。それと同程度の水準で家族全員が生活しているのが実態なのです。
年収1000万円で首都圏でのマイホームは「無理」
――かつては、年収1000万円といえば、裕福でマイホームも手に入れやすいイメージがありましたが、いまは都心での住宅購入は難しそうですよね。
加藤 いまから都心で家を買うのは、年収1000万円では到底無理というのが現実です。首都圏の不動産価格は上がり続けています。特に東京23区では、新築・中古を問わずファミリータイプの物件の平均価格は1億円前後になっています。
――1億円……! 土地が高いんですね。
加藤 一般的に住宅ローンを組む際の年収倍率は、比較的余裕を持って買える目安が「年収の5倍から7倍」と言われています。年収1000万円だとすると、5000万円台から高くても7000万円台が標準的な購入可能価格。現在の1億円という価格帯では、ローンを組むこと自体が難しく、借りられたとしても返済に追われる生活ですね。
――仮に1億円の物件で35年ローンを組むと、月々の返済額はどれくらいになるのでしょうか?
加藤 今の金利で計算すると、毎月の返済額は35万〜40万円近くになるでしょう。これを毎月住宅ローンだけで支払っていては、年収1000万円であっても、子育てをしながらほかの生活費を賄うのは現実的にかなり厳しいです。結果として、都心に住みたいけれど買えずに郊外で買う、または賃貸を選ばざるを得ない方も少なくない状況です。
――例えば1年に1回の海外旅行や、私立の学校に通わせるなど、かつての年収1000万円が持っていたような「リッチな生活」を首都圏でする場合には、いまはどのくらいの年収が必要になるのでしょうか?
加藤 「リッチな生活」の定義をどこに置くかによりますが、例えば、子ども2人を中学から私立に通わせるといった設定をした場合、年収2000万円程度あれば、それほど苦しい思いをせずに済むだろうと思います。
――なんだか大変な話になってきました。
加藤 そして、少し不自由を感じるかもしれませんが、「何とかなるだろう」というラインが、年収1500万円ぐらいではないでしょうか。子どもの進路が高校までは公立で、大学だけ私立といったケースであれば、住居費にもよりますが今のところは何とか大丈夫でしょう。ただ、この年収になると国の奨学金を借りるのが難しくなりますし、税や社会保険の負担も大きく、公的な補助は受けにくいです。年1回の海外旅行や外車を乗り回すような贅沢な生活というのは、なかなか難しい時代だと思います。
――今後も物価高が続くと予想されていて、将来の不安は尽きません……。どのような対策をしていくのがベストでしょう?
加藤 もはや、物価高はいつ終わるかわからないため、長期的な目線で備えることが非常に重要ですね。具体的にはNISAやiDeCoといった制度を少しずつでも早くから活用しておくことは、有効な備えのひとつになります。
――なるほど。NISAは国も推奨していますしね。
加藤 iDeCoは転職しても持ち運ぶことができるため、仕事が変わっても継続しやすい。教育費への備えについても、預貯金や学資保険だけでなく、NISAなどで投資した資金を途中で引き出して入学金に充てるなど、多様な方法で準備が可能です。これからは、個人で備えていくことが大切です。
(構成=桃沢もちこ)
加藤梨里(かとう・りり)
ファイナンシャルプランナー(CFP®)、マネーステップオフィス株式会社 代表取締役。保険会社や信託銀行での勤務を経て、ファイナンシャルプランナーとして家計相談やマネーセミナーを担当。2014年に独立し、「マネーステップオフィス」を設立。2023年には著書『世帯年収1000万円―「勝ち組」家庭の残酷な真実―』(新潮社)を刊行。
