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チベット仏教の奥義を追ったドキュメンタリー『トゥクダム』 人間の肉体は滅んでも意識は残り続ける!?

チベット仏教の奥義を追ったドキュメンタリー『トゥクダム』 人間の肉体は滅んでも意識は残り続ける!?の画像1
『トゥクダム 生と死の境界』(原題:Tukdam: Between Worlds)/アジアンドキュメンタリーズで配信中 (https://asiandocs.co.jp/contents/1402


<配信ドキュメンタリーで巡る裏アジアツアー> 第三回

 心肺機能が停止し、脳波の反応がなければ、人間は医学的に死んだと見なされる。だが、医師が死を確認した後も生き続けている人たちがいると聞いたら、あなたはどう思うだろうか? チベット仏教の世界には、修行を極めた高僧が辿り着く境地として「トゥクダム」がある。死期を悟った高僧は瞑想に入り、やがて心臓が止まっても、背筋は伸びたままで顔が艶やかに輝き、わずかに温かみが残るという。腐敗臭はまったくないそうだ。チベット仏教では、死後も人間の意識は残り続けるとされている。

 超常現象を扱うオカルト誌「ムー」(ワン・パブリッシング)が飛びつきそうな題材だが、ネパール制作の『トゥクダム 生と死の境界』(2022年)は、このトゥクダムに科学的なアプローチを試みた真面目なドキュメンタリー作品だ。また、チベット仏教を信仰する人たちは輪廻転生を信じており、西洋的な死生観とは異なる価値観が現在でもチベット文化では息づいていることが分かる。

 配信サイト「アジアンドキュメンタリーズ」の代表を務め、アジア各国のドキュメンタリーに詳しい伴野智氏に『トゥクダム 生と死の境界』の見どころを語ってもらった。

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『トゥクダム 生と死の境界』アジアンドキュメンタリーズで配信中 (https://asiandocs.co.jp/contents/1402

伴野「今回の作品に限らず、アジアンドキュメンタリーズで配信している作品はどれも驚きと発見に満ちたものばかりです。自分の知らない世界を、映像を通して体験させてくれるのがドキュメンタリー鑑賞の醍醐味でしょう。西洋医学では心肺と脳機能の停止が死を意味するわけですが、はたしてそれが人間の本当の死なのか、生と死の違いはどこにあるのか、さらには魂の存在まで考えさせる内容になっています。現代の科学によってあらゆる謎は解明されたように思われていますが、実はまだ解明されていないことはたくさんあります。そうした未知の領域を研究する上で、アジアの伝統的な文化や価値観が解明のヒントになることもあるんじゃないでしょうか」

日本の地上波テレビが決して映し出さない世界

 実際にトゥクダム状態に入っている高僧の姿を、カメラはしっかりと映し出している。トゥクダム状態の高僧は、柔和な表情のまま座禅を組み続けている。生と死の境界にとらわれることなく、静かに深く瞑想を続けているかのようだ。

 また、トゥクダムを経て亡くなった高僧の遺族たちへのインタビューに加え、トゥクダムを研究調査するスタッフらの姿も追っている。トゥクダムと比較するために、通常の死体がどのように腐敗していくかという実験の過程をリアルに見せるシーンもある。通常の死体は数日後にはガスが充満して大きく膨れ上がり、トゥクダムとはまったく違う。日本の地上波テレビでは放映されないだろう、数多くの死体をカメラが映し出しているのもこの作品の特徴だ。

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『トゥクダム 生と死の境界』アジアンドキュメンタリーズで配信中 (https://asiandocs.co.jp/contents/1402

伴野「死体はカメラに映さないというのは、日本のテレビ局が自主的に決めたガイドラインなわけです。日本のメディアでは生と死は分けて考えられていますが、死は誰にでも訪れる自然なものであり、生と地続きのものであることがこの作品を観ると感じられるはずです。チベットの高僧は死を恐れておらず、またその家族も静かに死を受け入れています。スタッフが撮影していることがトゥクダムの邪魔をしていないかと心配する様子も印象的です。この作品を観ることで、死に対するイメージが大きく変わるんじゃないでしょうか。死とは何か、生とは何か、と考えてもらえればいいですね」

亡命政府を率いるダライ・ラマ14世の近影

 トゥクダムをカメラで追うスタッフは、20年来にわたってトゥクダムの調査を行なっている研究者たちでもある。チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世から要請を受け、トゥクダムの科学的な解明に取り組んでいるそうだ。

伴野「チベット仏教では生まれ変わりが信じられており、トゥクダムで亡くなった高僧が孫のひとりとして生まれ変わったことが作品の中でも語られています。ダライ・ラマ14世も、ダライ・ラマ1世から代々生まれ変わってきたとされているわけです。でも、ダライ・ラマ14世は『自分は生まれ変わりしない』と語っています。そのため、最後のダライ・ラマとなりそうです。ダライ・ラマ14世がそうした発言をしているのは、中国政府に生まれ変わりを利用させないためです。本来は独立した国家だったチベットですが、中国政府によって多くの寺院は破壊され、民族同化を余儀なくされました。ダライ・ラマ14世には、失われつつあるチベット仏教やチベット文化を映像として残しておきたいという想いがあるのかもしれません。アジアンドキュメンタリーズでは、『最後のダライ・ラマ』(2017年)などダライ・ラマ14世やチベットに関する作品を他にも配信しているので、そちらの作品にも関心を持ってもらえればと思います」

チベット仏教の奥義を追ったドキュメンタリー『トゥクダム』 人間の肉体は滅んでも意識は残り続ける!?の画像1
『トゥクダム 生と死の境界』アジアンドキュメンタリーズで配信中 (https://asiandocs.co.jp/contents/1402

 ブラッド・ピット主演のハリウッド映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(1997年)では、少年期のダライ・ラマ14世が治める平穏なチベットで、オーストリアの登山家ハインリヒ・ハラーが物欲に捉われない現地の人々の暮らしに心酔する姿が描かれた。だが、中国軍の侵攻によって、1950年~51年にチベットは中国に併合。ダライ・ラマ14世の海外での亡命生活は今も続いている。

 ダライ・ラマ14世は現在89歳。純粋な形での伝承が難しくなりつつあるチベット仏教の奥義に、配信ドキュメンタリーを通じて触れてみるのはどうだろうか。

(文=長野辰次)

『トゥクダム 生と死の境界』はアジアンドキュメンタリーズで配信中

『トゥクダム 生と死の境界』(https://asiandocs.co.jp/contents/1402
原題:Tukdam:Between Worlds
撮影地:チベット、インド 製作国:ネパール
監督・脚本・共同制作・撮影:ドナー・コールマン

「アジアンドキュメンタリーズ」
https://asiandocs.co.jp/

長野辰次

映画ライター。『キネマ旬報』『映画秘宝』などで執筆。著書に『バックステージヒーローズ』『パンドラ映画館 美女と楽園』など。共著に『世界のカルト監督列伝』『仰天カルト・ムービー100 PART2』ほか。

長野辰次
最終更新:2025/01/26 20:00