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体育会系の枠にとらわれないビジネスパーソンの視点――慶應、健大高崎、大阪学院大高の監督たちのマネジメント術

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体育会系の枠にとらわれないビジネスパーソンの視点――慶應、健大高崎、大阪学院大高の監督たちのマネジメント術の画像1
(写真:Getty Imagesより)

 近年の高校野球を見ると、“ビジネス”を経験した後に指導者として活躍している監督もいる。

 2023年夏の甲子園を制した慶応義塾高校の森林貴彦氏はNTTに勤めていた経験がある。2024年センバツを制した健大高崎の監督を務める青柳博文氏や、春季大阪府大会を制した大阪学院大高の監督である辻盛英一氏も企業会社員の経験がある。

 彼らは教育関係や野球とは別の世界の経験をしていることで、多角的な視点で判断できる場面があるだろう。高校野球はプロではないが、指導者はプロである必要がある。

会社員出身監督がおこなうチームビルディング

 まず、森林氏の育成やチームビルディングを見ると、第一に「主体性を伸ばすチームづくり」がある。それには、慶應生の地頭のよさが最大限に活かされており、主体性を伸ばすには、「自ら考える力」を育むこと、プレーに意図を持つなど、考えながら野球をすることが前提だとわかる。

亀梨和也と野球枠

 実際のところ、森林氏は、「人材育成という面からいえば、言われたことだけやる、言われたことしかやらないという日本の野球は危ういと思いますね」「野球をとった部分で何が残るか、人としての部分がすごく大事です。『野球を通じて人を育てる。しかし、それだけじゃなくて野球も強い』となった方がいい」と「ダイヤモンド・オンライン」の記事でコメントしている。

 まさにその通りで、野球だけではなく人生について大局的に考えてみたとき、人として成長ができているかが、重要なのだ。このように、森林監督が実践する主体性を伸ばすチームづくりだが、これは野球のルールの特性も上手く活かされている。野球は一球一球がサッカーやラグビーのようなセットプレーと考えており、サインだけを受け取るのではなく、自主的に先読みをしながらプレーをした方が価値は高まると指導している。

 次に、健大高崎の青柳氏は「NIKKEIリスキリング」で「サラリーマンで組織的なことをやってきた。製造業なら仕入れ、スカウトですよね。生産する現場がある。うまく人を配置してやっていくことを目指した」とリクルーティングから選手の起用まで意識した発言をしている。

 さらに、「企業で誰かが欠けたら急に製品の品質が落ちるようではダメです。同じように私の理想はスタッフ一人ひとりが自分に与えられた役割を果たし、仮に私が監督ではなくなっても強さが維持されていく組織文化をつくることです」とコメントをするように属人的にならない組織づくりを意識していることがわかる。

 適材適所で選手を起用することにより、チーム力を最大化させているのだ。近年の健大高崎の強さはこの部分も要因としてあるのだろう。

伝説の営業マンが率いる大阪の強豪校

 最後に、大阪の二強と言われている全国屈指の強豪校の大阪桐蔭と履正社に勝利した大阪学院大高の監督である辻盛氏は大手保険会社勤務時代に13年連続ナンバーワンの売り上げを達成した伝説の営業マンだ。現在は会社を経営しており、『営業は自分の「特別」を売りなさい』(あさ出版)などのビジネス書を出版。

 辻盛氏は、2023年春に高校野球の監督となり、朝9時から15時までは会社勤務ののち、16時からは大阪学院大高校のグラウンドに顔を出している。週末の練習試合でも指揮を執り、遠征にも同行する日々を送っている。マネジメント法としては森林氏と同様に「ノーサイン野球」を貫いている。

 辻盛氏は「web Sportiva」のインタビューで「採用と教育が大事なのは、野球も会社も同じです」と語っており、ビジネスの考え方を野球にもうまく横展開している。ビジネスの場で論理的でかつ合理的な思考が養われ、その思考法が人材育成やチームビルディングなどに活かされているのだろう。「多様化」が受け入れられるこの時代で、ビジネスの成功体験を高校野球の舞台でも活かす指導者は今後増えていくはずだ。

 このように、選手に対するアプローチ方法は数多くある。例えば、チームに対するマネジメントに関して、教育者から見る視点とビジネスパーソンから見る視点は、異なる部分もある。チームづくりや選手に求めることは変わってくる。だからこそ、ほかの業界の別の視点を取り入れるメリットは多くある。

 高校野球とプロ野球を含めたマネジメントで大きく異なるのは、選手たちに2年半というリミットがある点だ。そのため、監督自身も幅広い経験をしながら、世代によって特性が変わったときに、うまく軌道修正できるよう、手札のバリエーションを豊かにすることで、世代はもちろんのこと、ルールや制度、環境などが変わっても対応できるだろう。

「外」からの視点も重要視することが鍵になる

 現在の高校野球では、ビジネスパーソンから転身した人や、元プロ野球選手、外部コーチに指揮を任せる高校が増えている。従来のような高校野球漬けの監督なら、人生のほとんどをそれに捧げているため、高校野球における最適解に関しては、最短距離で見つけることができるだろう。

 しかし、現在の高校野球はルールや制度の変化が激しく、優勝するためにはチームとして対応していかなければならない。そのため、主観的なものを念頭に入れながらも、俯瞰的な視点も必要になっていくのだ。例えば、極端な体育会系の環境の中だけにいると「こうでなくてはいけない」「ほかの選択肢はあり得ない」という思い込みが強くなり、健全な判断ができなくなることもある。 

 ただ、外部の視点から「それって普通じゃないよ」と言ってもらえるだけで、少し冷静な判断が下せる。

 例えば、体育会系特有の過剰な“あいさつ”や“しごき”は一般的にはおかしいことだ。しかし、当事者はその判断ができない可能性は高い。そのため、外からの意見で、改善していくことが必要になってくるのだ。多様な視点を持つことで、自身の状態を適切に、健全に捉えられるようになる。そのため、一度、外に出ていた指導者は俯瞰的に野球というスポーツを見られるため、固定観念をなくした上で、チームづくりなどができる。

 これは、元プロの監督や外部コーチにも言えることだ。外からの俯瞰的な視点がなければ、チームの課題点はもちろんのこと、自身の指導や采配の課題点は見つからない。自身が俯瞰的に把握しながらチームの課題を指摘し、改善できる人がリーダーとして上に立つことが今後重要になっていくだろう。

高校野球界の“黒船”

(文=ゴジキ)

ゴジキ

野球著作家・評論家。これまでに『巨人軍解体新書』(光文社新書)や『戦略で読む高校野球』(集英社新書)、『甲子園強豪校の監督術』(小学館クリエイティブ)などを出版。「ゴジキの巨人軍解体新書」や「データで読む高校野球 2022」、「ゴジキの新・野球論」を過去に連載。週刊プレイボーイやスポーツ報知、女性セブン、日刊SPA!、プレジデントオンラインなどメディアの寄稿・取材も多数。Yahoo!ニュース公式コメンテーターにも選出。

X:@godziki_55

ゴジキ
最終更新:2025/03/23 11:00