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『おむすび』第60回 「働くって何なん?」というテーマで怠慢の限りを尽くす大人たち

橋本環奈(写真:サイゾー)
橋本環奈(写真:サイゾー)

 今は亡き(たぶん生きてはいるんだろうね知らんけど)靴職人のナベさん(緒形直人)に、結パパ(北村有起哉)はこう言いました。

「同じ職人として」

 その言葉には、パパ自身が床屋職人であるという自負が多分に含まれていたはずです。

 その職人たるパパちゃんが、営業前に顔剃り用の石鹸すら用意していない。トイレ掃除もタオルチェックもしていない。主人公が栄養士になるという「お仕事」を描こうとするドラマで、「職人」という言葉の価値を、こうも簡単に毀損してしまう。

 NHK連続テレビ小説『おむすび』の第12週は「働くって何なん?」がテーマでした。働くとは、人の役に立つことをしてお金をもらうことです。そのサービスを滞りなく提供できるように、準備をすることです。どんな商売であれ、お客さんを迎える場所を隅々まで掃除することです。「お客さんの笑顔」がどうとか「利益率」がどうとか、そんな理屈や理想を語るのは、その先の話です。

 社会人1年目の結(橋本環奈)が仕事に対して未熟であることはまだいい。この週「働くって何なん?」というテーマで描かれたのは、結以外の大人たちの「働く」ということに対する絶望的な意識の低さでした。結の手本となるような、まともな社会人が誰もいないのよ。

 第50回、振り返りましょう。パパちゃん、そんな体たらくじゃ師匠が泣いてるぜ。

パソコン持ってきたぞー!

 ママ(麻生久美子)が家出して数日、会社が休みの結さんが床屋を手伝っていると、次々に「ホームページを見た」というお客さんが押し寄せてきます。その1人はご丁寧にパソコンを持ってきました。そのパソコンを開いてみると、ママが作ったと思しき立派なホームページが公開されていました。

 ホームページを公開したら、客が押し寄せてくる。まるで、2000年代の前半に日本中の駅前で無料モデムを配布していたYahoo!BBの詐欺的広告のような展開ですが、そういうミラクルファンタジーが発生する世界線を描いているのであれば、ホームページの開設に反対していたパパがなおさらバカに見えてきますね。

 備品の場所も覚えていない。営業前にトイレ掃除もしない。経営判断も誤っている。パパを徹底的にダメな人間として描いている。

 パパの仕事にママが必要であると言いたいのはわかります。だったら、パパに仕事をさせなさいよ、という話です。この『おむすび』というドラマで、パパが顔見知り以外の一般客の髪を切っているシーンは一度も登場していません。娘の彼氏である翔也(佐野勇斗)の髪を切るという、パパの職人としての矜持を見せる一世一代のチャンスでも、カツラのすそをチョチョッと触っただけでした。

 ドラマは、映像でメッセージを伝える媒体です。「働くって何なん?」と問いかけるなら、ママが帰ってきて百人力になったそのパパの仕事を見せてほしいわけです。そして願わくば、社会人としてのパパの仕事ぶりに共感したり、「やっぱ職人やな!」なんて感心したり尊敬したりしたいわけです。5秒、ナレーションベースのダイジェストでいいよ。スパスパとカッコよく客をさばく昼間のパパを見せてよ。ソファでヒザを抱えてイジけて、平謝りしている姿を見たいわけじゃないんだよ。ママの偉そうなご高説を聞きたいわけじゃないんだよ。

 この「本質を映像で描かない」というスタンスはいったいなんなんだろう。西方沖地震の件はもうあきらめるとしても、結が翔也のために最初に作ったお弁当とか、昨日のイワシ明太とか、作り手側が映像というメディアを信用していないことがありありと伝わってくるんです。画面の力こそが視聴者の心を動かすなんて、微塵も思っていない。そういう人たちが作っているドラマなんです。

「ドラマ作りって、何なん?」そう小一時間、問い詰めたい気分です。

野球に関してはそれどころじゃない

 ママの家出についてのエピソードはいちおう物語の体をなしていただけに「だったら見たいシーンを見せてよ」なんて贅沢を言ってしまいましたが、翔也が肩を壊すまでのプロセスはもう一段階、低いレベルで問題が発生しています。

 このドラマには、野球好きな人物が数多く登場してきました。ホークスのナイターを毎晩熱心に見ている永吉おじいちゃん(松平健)を筆頭に、神戸に移ってきてからも狂信的なオリックスファンのご近所さんが登場したし、社食のコック長・立川さん(三宅弘城)もタイガースに対する並々ならぬ情熱を語っていたことがありました。

 つまりは、それだけみんなに愛される「野球」というものが存在する世界線として描かれているわけです。

 にもかかわらず、星河電器で行われている「野球」は、私たちが知っている野球とはかけ離れています。エースは肩を痛めても誰にも言わないし、医者にも行かない。腕が上がらなくなっても、チームメートも記者も誰も気付かない。監督は気付いていたのに肩が爆発するまで放置している。

 彼らにとっては、野球が仕事です。ここでも、関係者面々の「働く」ということに対する意識の低さが浮き彫りになっています。澤田(関口メンディー)が抜けた星河の野球部には、自分の役割を理解して実行している人間がひとりもいない。誰もまともに働いていない。

 自己管理を疎かにした自分自身と無能な指導者のせいで本格的に肩が壊れてしまった翔也は、いよいよ病院に行ったそうです。

「かなり厳しいって」「もう野球できねえかもしんねえ」

 つまり、翔也の肩を診たお医者さんは、翔也に「これはかなり厳しいねえ」「もう野球ができないかもしれないねえ」と言ったということです。当然、翔也はお医者さんにノンプロの野球選手であることは伝えているはずです。

 そんな患者に対して、漫然とケガの状態だけを伝えて不安にさせている。症状の詳細や今後の治療方針について、何も説明していない。インフォームドコンセントが、まるでできてないということです。

「もう野球ができないかもしれないねえ」じゃないんだよ。レントゲン写真を見ながら選手の意向をヒアリングして、保存療法と手術のメリット・デメリットを相手が理解できるように伝えて、納得できなければセカンドオピニオンを勧める。そういうのが、お医者さんの仕事でしょう。ここでも「まともに働いていない大人」が登場しています。

「ウソ、ウソよね……」

 今さら結さんは絶望しているけれど、そう言いたいのはこっちだよ。「働くって何なん?」の週で描かれたのは、ひたすらに仕事上の怠慢を披露し続けた先輩社会人たちの姿でした。

 あと、陽太(菅生新樹)の髪の毛が伸びたり縮んだり忙しかったね。坊主頭でさえ、つながりを守れない俳優とヘアメイク。その怠慢を是正しようともせず、そのまま全国放送の電波に乗せて垂れ流す制作陣。「働くって何なん?」って言われちゃうよ。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2024/12/24 14:42