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配信開始で人気再加速の『侍タイムスリッパー』 「令和の米騒動」との意外な関係性

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Amazon Primeでの配信が始まったSF時代劇『侍タイムスリッパー』

 2024年の流行語大賞にノミネートされた安田淳一監督の自主映画『侍タイムスリッパー』が、今年に入っても快進撃を続けている。3月14日に発表された「第48回日本アカデミー賞」にて、『キングダム 大将軍の帰還』『ラストマイル』などの大作映画を抑え、安田監督は最優秀作品賞と最優秀編集賞をダブル受賞。翌日からの観客動員数を大きく伸ばし、3月23日には興収10億円の大台に達した。Amazon Prime ビデオなどでの配信も3月21日より始まり、ますます盛り上がりを見せている。

ディズニーが抱える根本的な問題

 SF時代劇である本作のストーリーは極めてシンプル。幕末の京都、会津藩士の高坂新左衛門(山口馬木也)が敵対する長州藩士と刃を重ねたところ、落雷に遭ってしまう。高坂が気がつくと、そこは現代の京都撮影所。どこにも行くあてのない高坂は、助監督の優子(沙倉ゆうの)らに手助けされ、時代劇の斬られ役専門の大部屋俳優として生きていくことになる。時代劇を支えるキャストやスタッフたちの哀歓を、ベタな笑いと人情味たっぷりに描いたバックステージものとなっている。

 徳川幕府を守ることはできなかった高坂だが、絶滅寸前となっている時代劇の灯だけは守ろうと奮闘する。また、下級藩士だった高坂は、長男以外は結婚もできず、役職に就くこともできないという武家社会のルールに縛られていたわけだが、現代社会で「斬られ役」として必要とされる喜びを見い出す。自分の居場所を見つけ、主人公が次第に輝いていく様子は、幅広い世代の共感を呼んでいる。

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ヒロインの沙倉ゆうのは、助監督も兼任。左は殺陣師役の峰蘭太郎

おにぎりを美味しそうに食べる主人公

 安田監督が愛車を売るなどして苦心して集めた2600万円で制作された『侍タイムスリッパー』は、サイドストーリーも話題となっている。ヒロインである助監督の優子を演じた沙倉ゆうのは、スタッフの人手が足りないため、実際に助監督を兼任していたことが知られている。脚本の面白さに感銘した東映京都撮影所のベテランスタッフたちは、採算度外視で撮影に協力。山口馬木也が着ている衣装は、出演オファーされていたものの2021年に亡くなった「日本一の斬られ役」福本清三が使っていたものだ。名作誕生の裏にドラマあり、である。

 現代にタイムスリップした高坂役の山口馬木也は、藤田まこと主演時代劇『剣客商売』(フジテレビ系)など多くの時代劇やNKH大河ドラマに出演してきたが、本作が初の映画主演。山口の熱演ぶりも好評を博している。なかでも観客の気持ちをぐっとつかんだのは、物語の序盤で現代にタイムスリップした高坂がおにぎりを食べるシーンだろう。精米された白いおにぎりを、高坂は実に美味しそうにほおばる。

「このようなうまい握り飯は食したことがござらん」「磐梯山の雪のような白さ、食うてしまうのがもったいない」と高坂は、現代の日本で作られた白米のうまさに感激する。

 香港発のアクション映画『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』もSNSで話題となり、ロングランヒットを続けている。ド派手なアクションの合間にある、主人公が九龍城砦名物の「叉焼飯」をかき込むシーンが非常に印象的だった。

 映画ファンの間では「ご飯を美味しそうに食べる人は善人」という「フード理論」が知られているが、『侍タイムスリッパー』も『トワイライト・ウォリアーズ』も、食事シーンが主人公のキャラクターをはっきりと際立たせている。食事シーンを丁寧に描いた作品はハズレがない。

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幕末から来た高坂にとって、現代のおにぎりは衝撃的な美味しさだった

「二刀流」ならぬ「二毛作」監督

 白いおにぎりを故郷の磐梯山の雪に例えた高坂だが、この台詞は山口のアドリブだったそうだ。安田監督の実家は京都で代々続く米作り農家で、劇中のおにぎりも安田監督の実家で収穫された自家用米で作ったもの。そのことを知った山口が、撮影現場で加えた台詞だった。

 大学時代から映像づくりに励んできた安田監督は、イベント向けの映像制作を手掛けながら、農繁期は実家の手伝いをしてきたという。だが、安田監督にとっての勝負作『侍タイムスリッパー』の撮影中に父親が倒れ、意識が戻らないまま半年後に亡くなっている。現在、安田監督は父の後を継いで米作りをしながら、映画業にも関わるという「二刀流」ならぬ「二毛作」監督として活動中だ。

 ご飯も、時代劇も、日本人が昔から愛してきた大切なもの。でも、あるのが当たり前になり過ぎていて、いつの間にか軽んじるようになっていた。平和な日常や職業選択の自由も、同じだろう。当たり前になりすぎて、ありがたみが薄くなっていた。幕末からタイムスリップしてきた高坂は、大切なことを現代人に思い出させてくれる。

 そのまま口にすると野暮ったくなってしまうテーマをしっかりとドラマ化できたのは、農家の息子として生まれ育った安田監督ならではのバックボーンがあったからではないだろうか。

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父の後を継ぎ、米作り農家となった安田監督

今後も続きかねない「米騒動」

 2024年の夏以降、米不足から米の値段が急騰し、「令和の米騒動」と騒がれる事態となった。フルシーズン米作りに関わるようになった安田監督は、米作り農家の厳しい現状についてこう語っている。

【米価を今の3倍、4倍くらいにして米農家の生活を安定させないと。夏の間も水の管理や草刈り、追肥などで時間を取られ、1町3反もあるとほかの仕事もままならない。米作りを一生懸命やって、結果、赤字というのは生活として成り立たない】(『週刊金曜日』2025年1月10日発売号)

 米の値段は上がったものの、年々増え続ける燃料費、人件費、農業機具の減価償却費はそれを上回っており、農家の手元に残るお金はごくわずか。安田監督によると、ほとんどの農家は代々続く米作りを使命感で続けている状況で、離農する人たちも多いという。安田監督自身、映画のヒットがなければ、農業はやめざるを得ない状況だったそうだ。農水省は備蓄米の放出を始めたが、目先の米不足は解消できても、根本的な米作り政策を改めない限り、今後も「米騒動」は起きるに違いない。

 時代劇の面白さを多くの人に思い出させた『侍タイムスリッパー』だが、時代劇の現状だけでなく、米作り農家たちの米作りに対する情熱ももっと広く知られるべきだろう。

今年の日本アカデミー賞

(文=長野辰次)

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2024年8月の池袋シネマ・ロサ1館での公開以降、ロングラン拡大上映が続いている。

『侍タイムスリッパー』

監督・脚本・撮影・照明・編集/安田淳一 
出演/山口馬木也、富家ノリマサ、沙倉ゆうの、峰蘭太郎、庄野﨑謙、紅萬子、福田善晴、井上肇、安藤彰則、田村ツトム、多賀勝一、吹上タツヒロ、佐渡山順久ほか
配給/ギャガ、未来映画社 池袋シネマ・ロサほか公開中
(c)2024 未来映画社 
https://www.samutai.net/

長野辰次

映画ライター。『キネマ旬報』『映画秘宝』などで執筆。著書に『バックステージヒーローズ』『パンドラ映画館 美女と楽園』など。共著に『世界のカルト監督列伝』『仰天カルト・ムービー100 PART2』ほか。

長野辰次
最終更新:2025/03/29 18:00