アイドルよ、AI仮歌を越えていけ! 関西アイドル”音の仕掛け人”らが明かす舞台裏

ミュージシャンをはじめ、多くの人が“歌”で自己表現を追求する日本のエンタメ業界。指先ひとつで音楽も歌も半自動的に生み出せるこのAI時代で、人間の歌や声が生み出す価値を、声楽家・歌唱指導者が分析していく本連載。
本連載2人目のゲストとして、関西を拠点に活動する作詞作曲編曲家・星ひでき氏が登場。純子先生が「関西のアイドルシーンでは知らない人がいない」と評価する星氏は、くぴぽ、ネムレス、少女模型、KiMiNiAiTAi、STRANGE L∞P、TORAXなど関西アイドルグループを中心に、矯正ちゃんをはじめとしたタレントなど幅広く楽曲提供を行う他、4人組オルタナティブ・ロック・バンド RobotMeetRoboや、デジタル・ハードコアユニット・BIJŪとしての活動も並行して行うなど、何足もの草鞋を履き、アグレッシブに活躍している。
星氏が手がける楽曲“星曲”は、ポップで色彩豊かで、エネルギーに満ち溢れる。そんな関西アイドルシーンにインパクトと輝きを与え続ける星曲の魅力を、純子先生が愛情深く解説。音楽に、仕事に没頭しすぎる二人のアウトプット方法、共に大病を経験したからこそわかるメンタルヘルスの大切さについて、語り合った。
純子愛が炸裂!情緒・遊び・楽しさ・ファンクが詰まる“星曲”の魅惑
——純子先生は歌唱指導者として、星さんは楽曲提供やご自身のバンド活動を主として大阪を拠点に活動されていますが、お付き合いは長いのでしょうか?
純子 6〜7年くらいになりますかね。お仕事でかなりご一緒してると思います。最初は存じ上げなかったんですが、アンリックの楽曲を通して星曲に触れて、楽曲がめちゃめちゃ良いのばっかりやったから、思わず「全部良い曲なんやけど、作曲者は誰?」って聞いたんですよね。でもその時、何を間違えたか“ムロヒデキ”って聞こえて、「ムロヒデキ、何者なんや……」ってずっと思ってました。
星 あはは。現実世界で初めてお会いしたのはいつやったかな…。
純子 私、覚えてますよ! アンリックのアメリカ村・FANJでのライブで、会場広報の物販のちょっと前です。その時に星さんとお話しさせていただいて、そこでようやく「この人が星ひできか!」と。「コーネリアスや電気グルーヴが好き」っていうお話をして、最後は「じゃ!」って颯爽と自転車で帰っていったのを覚えてます。
星 僕はその前から純子先生の名前は知ってましたよ。SNSのタイムラインでよく出てきたから。純子先生って派手じゃないですか。何から何までインパクトに残るから、ライブハウスでも一発でわかりましたよ。
——さすが、そこにいたら一目でわかると噂の純子先生!
純子 星さんも十分目立ちますけどね! でもほんまに、星さんの楽曲はどれも心にスッと抵抗なく入ってきます。関西のアイドルの歌唱指導をする時に、楽曲を聴いて「あれ、これ星さんの楽曲ちゃう!?」って星レーダーが反応する時が20回くらいありました。残念ながら解散してしまったんですけど、星さんが手がけたアンリック、STRANGE L∞P、TORAXの曲も全部刺さりましたね。
星 残念なことにね……。
純子 星さんの楽曲って数々のミラクルがあるんですよ。例えば、ライブの最後のアンコールって普通「アンコール! アンコール!」って声が上がるじゃないですか。それがアンリックの場合は、ファンのみんなが星さんの楽曲を歌うんですよね。
星 ほんまに。あれすごかったですよね。
——珍しい現象ですね……!「みんなで歌ってね」みたいなアナウンスがあったわけではなく?
星 いや、そういうのはなかったです。なんで歌ってくれてるんやろって思ってました。
純子 私らも全く知らなくて、「みんな歌ってるから私も入ろー!」って参加しました。ほんなら私の声めちゃめちゃ響くやんっていう。
星 男性のファンの方が多いからみんな低いキーで歌う中、純子先生の声だけめっちゃ抜けて聞こえてましたね。
自分の曲が黒魔術の儀式みたいな形でアカペラで歌われててワロタ。いやワロいながら、泣いた。良いお客さん達過ぎ!アンリックさん、お疲れ様!ありがとうございました!! pic.twitter.com/48tPLg9JRt
— 星 ひでき (@hideki_tempa) November 22, 2023
——とにかく、純子先生が星さんの作る音楽が好きなんだということが、ひしひしと伝わってきます。
純子 ええ。星さんの楽曲好きとしてはピアノだけで表現したいなと思って、タダイオリちゃんという歌の上手い子が生誕でライブをするときに、ほぼ無理やり星さんの曲を自己満で弾きました。その動画を星さんがリツイートして褒めてくださったのが嬉しかったです。
星 いやー、まさかピアノで演奏されると思って作ってないのでびっくりしました。ピアノにしたらこういう風になる……みたいなのがわかるんですか?
純子 音感がわかるので、「ここで転調はEから入ってこんな間奏入れよう」とか、そういうのが浮かんできますね。何より、星さんの楽曲は耳だけで起こせるくらい、情緒と遊びと楽しさとファンクが詰まっていますから。リスペクトを込めて弾かせていただきました!
(動画提供:ちゃとらさん)
アイドルをAIな歌い方にさせない、“しずかちゃんボイス”仮歌のチカラ
——先ほど、純子先生から「『これは星曲だ!』というセンサーが働く」というお話がありましたが、多くの楽曲で関わりがある中で、事前に「今回は星さんの曲です」という情報共有とかはないのでしょうか?
純子 大阪では自ら聞かないと教えてもらえる機会は少なくて。運営さんには作曲者が誰であるか、公開しないという人もいるのですが、私としては絶対聞いておきたいし、作曲者の色に合わせて「こういう指導をしよう」って考えています。そもそも、そういう文化が、東京だと結構あるんですが、大阪には少ない気がします……。
星 そうなんですね。東京では、歌唱指導はこの人、コンポーザーはこの人みたいに同じチーム編成で動くことが多いんですか?
純子 そうですね、メンバーもどなたの楽曲かとか作詞まで知ってる子たちばかりです。なんか大阪って、閉鎖的に感じるところが割と多くないですか? あえてなのか、はたまた無頓着なのか。
星 多分無頓着なんやと思います。
純子 ですよね。私の場合、もちろん演者であるアイドルが主役ではあるんですが、自分のことを裏方やと思っていないんですね。歌唱指導もするけど、自身がオペラや宗教声楽の舞台にも乗るので、表方やと思ってます。そういうマインドを認めてくださる方が、東京には多い気がします。
楽曲制作者に対しても同じで、「この曲を作った人はこんな経歴がある人で、これまでにこういう曲を作ってきた人です」みたいな情報を大切にして、歌うアイドルの子たちにもしっかり伝えているイメージです。あるアイドルの歌唱指導をしたときにその曲の、作曲者の方が、『鬼滅の刃』の主題歌「紅蓮華」を作曲した草野華余子さんであると知らされた時はびっくりしました。
——星さんへのリスペクトが、ここまででもたくさん伝わってきましたが、歌唱指導者として純子先生が思うその魅力って何だと思いますか?
純子 私はクラシックがベースにあるので、モーツァルトやロッシーニを歌う時には必ず楽譜があり、さまざまな側面からの解釈を捉えて、1あるものを100辺りにする事は自主練でもできると思います。自分の場合は1億、2億の世界観を造る為に歌唱指導してるのですが、星さんのように作詞作曲をされる方は0から1を生み出すじゃないですか。それって本当に崇高なことですよね。
星 いやいや、僕は1あるものを何桁も大きくさせて……というのはできないですから。昔からずっと飽き性だし、色んなものが作りたいって気持ちばかりなんですよね。音楽という大枠で見てみればひとつに打ち込んでることになるとは思うんですけど、ひとつ作ったら次を作りたいっていうマインドになっちゃうので。
だからこそ、純子先生みたいにブラッシュアップしてくれる専門の存在がいてくれる方が、自分の楽曲は映えるんやろなとは思います。「ここはこう歌ってほしい」みたいな思いは、ふわふわした声の仮歌で入れてはいるんですけど。
純子 出ました、しずかちゃんボイスですね!
——しずかちゃんボイス?
純子 だいたい最近の作曲家の方は、AIやボカロで女の子の声を作って仮歌を作られるんですけど、星さんはご自身で高い声の女の子になりきって歌うんですよね。
———ご自身で高い声を出して仮歌を収録されているんですか! それはなぜ?
星 自分が歌った方がニュアンスが出しやすいし、頭にあるイメージをそのまま反映しやすいからですね。ピアノに音程を起こしてMIDIで送ることもできるのですが、仮歌を考える時も仮歌詞があって、言葉とリズムを合わせながら作っているのでこっちの方が早いんです。
純子 これ、私からするとめっちゃ助かるんですよ。AIを腐したいわけではないのですが、最近のデモはAIで歌われていることが多い分、初めてや2〜3回目のレッスンの子の場合やと、AIと同じように歌ってしまう子が本当に多いです。もちろん人間らしい声で作ってくださる方もいらっしゃるんですけど、AIの歌い方というのが残ってしまう。
一方、星さんのしずかちゃんボイスはスッと頭に入ってきて、指導のイメージがすぐ湧きます。「仮歌」という言葉もアイドル業界に入ってから初めて知りました。歌唱指導では全部の曲で楽譜を読み解いて、歌詞の意味を調べて、自分で作って行かなあかんって思ってたので、仮歌からイメージが湧き上がるっていうのはかなり大きな違いですね。
——しずかちゃんボイスがあるからこそ、楽曲の持ち味や色も掴みやすいし、ベストな表現も見つけやすいと。
純子 しずかちゃんボイスやのに表現力があるんですよ!
星 歌う子たちには心地よく歌ってほしいなって思いながら歌ってるんですけど、全部ふわふわの裏声っていう。
純子 確かにそうなんですけど、ここではちょっと大きくなってる、強く歌ってるみたいな小さなニュアンスがちゃんとあって、私は見逃さないです。
星 おー、嬉しいですね。他の男性の作曲家さんで、ご自身で歌ってらっしゃるデモってないんですか? 全然ありそうですけど。
純子 大阪、東京どちらもおられます。「自分の歌を聞いて1オクターブ高く歌って下さい」という人もいれば、そのまま歌った歌唱を1オクターブ上げて納品してる人もいるなど、さまざまです。中には、ご自身のバンドでやってるであろう、そのままの男声で納品されることもあるので、そういう時は初見ではわり苦戦してるのをよく見かけますね。
楽譜でいうと、自分の中では松田純一さんの納品される譜面が一番完璧で初見伴奏しやすく作って下さるなと思ってます。あとは、めだんしさんもすごく読みやすいです。それを作家さんからアイドルたちへ上手くキャッチできるように、スムーズな橋渡しをする存在が、我々指導者の腕の見せどころやと思います。
——歌う子たちがいかに細かいニュアンスまで掴めるかどうか、というのは楽曲のクオリティにも直結しそうですね。そう考えるとしずかちゃんボイスの仮歌は、とても貴重な存在ですね。
純子 そうですよ。私、星さんのしずかちゃんボイスが好きすぎて、星さんの仮歌を集めて「星さんの仮歌」っていうプレイリストを趣味で作ってるんですよ。
提供されたアイドルたちには、まずこの仮歌のセンス、クオリティ、ちょっとしたニュアンスを捉えて、RECや本番では超えなあかんなという課題が最初にあるので、めちゃめちゃ指導の参考にさせてもらってます。
![[入稿済み・動画まだ]アイドルよ、AI仮歌を越えていけ!関西アイドル音の仕掛け人らが明かす舞台裏の画像1](/wp-content/uploads/2025/05/20250526-cyzoonline-column-hoshi-02-190x300.jpg)
キャパオーバーにならない秘訣は「アウトプットを分けること」
——星さんはアイドルグループに限らずさまざまな楽曲提供を行っている他に、RobotMeetRoboというバンドやBIJŪというデジタル・ハードコアユニットでも活動されていますが、純子先生はバンドでの星さんも見られたことはありますか?
純子 バンドの方は配信で見させてもらったことがあるんですが、バリかっこいいですよ!いつもおちゃらけてるというか、笑いのセンスが長けた面白い人やと思ってたのが、バンドではこんなにかっこいいのかと。
星 ほんまですか! ありがとうございます。
純子 北堀江のライブハウス・club vijonに良く出てらっしゃって、もはや店長だった松藤(光軌)さんの次に、 vijionの顔とも言えますよね。vijionでは色んなイベントが深夜帯に行われてて、星さんの他にも、仲良くさせて頂いている作詞・作曲家のynz(Aleile)や、元芸人でもある、くぴぽのまきちゃんが出ることもあって、「オールナイトニッポン」(ニッポン放送)を聴くみたいなノリで楽しく見させてもらってるんですけど、過去には岡村(靖幸)ちゃんの即興ダンスみたいなクオリティで優勝してましたよね。
星 あれはコンテンポラリーダンスですね。
純子 コンテンポラリー!! はー、めっちゃおもろい!
星 今は、松藤さんは梅田にあるBANGBOOというライブハウスにいらっしゃって、そこにVISIONで集まっていたメンバーが集まることがあって。その中で、自分が楽曲を提供した方たちだけのイベントと、それとは別に自分が演者で出るイベントを開催しようと思って、BIJŪとしての活動もスタートしました。
純子 BIJŪの活動に、YouTubeにも楽曲をあげて著作権フリーで提供するっていう活動もされていますよね(「星の音楽広場 フリーBGM CHANNEL」にて動画や配信で使用可能なBGMを配信)。星さん、めちゃめちゃ忙しいと思うんですけど、キャパオーバーにならないんですか?
星 うーん。時間的なキャパはありますけど、バンドだけで音楽を完結しようと思うとあまりにやりたいことがありすぎるので、今みたいにアウトプットを分けた方が精神衛生上も良いんですよね。時間的に区切るという意味でも良いので、健全やなと思います。
純子 あー、確かに! 私も新曲の教え方や歌詞の意味を考えていたら、気が付けば夜7時から朝10時になるみたいなのがよくあって。こんなに集中してしまうのは精神衛生上良くないんだろうけど、どうしたらいいんやろうって悩んでて。そんなとき、あるアイドルの総合プロデューサー兼ポーカー世界一の人に相談したら、「僕もいつも脳内で考え事を続けてしまうから、会議の時は机の下でこっそり別の作業をしながら参加している」って言ってました。これもアウトプット先を増やすってことやと思うんですよね。でも私、IQ0だからか一個のことしかできない……。
星 いやいや、逆に純子先生にはエネルギーや突破力みたいなのものがありますよね。
純子 満身創痍ですけどね。自分がどういう状態であろうが全力を出し尽くして何億倍にして返すっていうのは欠かしてないです。
(構成=宮谷行美)