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「魔法の杖」かそれとも…魚雷バットは“新時代の武器”になるか――進化する野球用具と打撃理論

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直訳とはいえ「魚雷バット」という名称、そろそろアウトな気もする(写真:Getty Images)

近年、野球の「用具」は静かに、しかし着実に変化を遂げている。

かつては金属バットと木製バットという明確な住み分けが存在していたが、今やその境界線は曖昧になりつつある。高校野球の現場では、低反発バットの導入が公式に発表され、選手たちの打撃スタイルにも影響を与えている。

そして、その流れの中で注目を集めているのが「魚雷バット」だ。

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野球道具の進化と“環境の違和感”

 ここ数年で野球の環境は大きく変化した。例えば、ボールの反発係数(反発力)に関しては、日本のプロ野球(NPB)では明言されないまま、シーズンによって微妙に違いがあるとされている。非公式ながら「最近飛ばなくなっている」といった声が選手や解説者から上がることもある。実際、年間の本塁打数を見ると、ボールの仕様は明確に結果に表れている。

 一方で、ストライクゾーンに目を向ければ、NPBはメジャーリーグ(MLB)に比べて広い傾向がある。ストライクゾーンの幅が広いため、投手にとっては対応しやすいという意見もある。ボールをコーナーに集める制球力があれば、打者を打ち取る可能性が高くなる。そのような背景の中で、バットの“芯”でとらえる難易度は上がっており、より「扱いやすいバット」が求められるようになってきた。

 今、注目を集めている魚雷バットの特徴は、先端が太い通常のバットと違い、ボウリングのピンのように先が細くなっていることだ。独特の形状により、芯の部分が通常のものと比べてやや手元側にあるのも、このバットならではだ。

 この構造が何を意味するのか。端的に言えば「バットの操作性が上がり、芯に当たる確率が高くなる」ということである。特に打ち損じで多いのは、バットの先端に当たる“差し込み”と、根元に当たる“詰まり”。魚雷バットは、この「詰まりアウト」が多い打者にとって、有効な武器になる可能性がある。

 打者がスイングしたとき、物理的には重心が遠くにあるほうが遠心力が働き、飛距離が出やすい。それがテコの原理だ。しかし、魚雷バットは重心が手前にある分、ヘッドスピードが上がりやすい。その結果、同等の飛距離を確保できるというわけだ。つまり、パワーではなく“タイミングと確実性”に重きを置くタイプの打者にとって、魚雷バットは大きな武器になる。

魚雷バットと選手タイプの相性

 とはいえ、すべての打者にとってメリットがあるわけではない。むしろ、デメリットを感じる選手もいる。例えば、MLBのスーパースター、大谷翔平やニューヨーク・ヤンキースのアーロン・ジャッジのように、もともとバットを長く使いこなせる選手には向いていない可能性がある。

 実際のところジャッジは、「使おうとは思わない。いずれ試してみようと考える時が来るかもしれないが、今はその時ではない。今は愛車がいいタイヤで快適に走れているのだから、あえて新しいタイヤを試す必要はないように感じられるんだ」とコメントしている。

 彼らは早めにポイントを作り、バットの先でボールを強くとらえることに長けている。そのような「前でさばくタイプ」の打者にとっては、重心の移動がリズムを狂わせる危険性があるのだ。

 逆に、インパクトポイントがやや近めでボールに差し込まれやすい打者や、タイミングがやや遅れがちな選手には相性が良い。とりわけ高校球児の中には「ボールに差し込まれる悩み」を抱えている選手が多く、魚雷バットの導入は試してみる価値がある。

 また、宮本慎也氏は「ちょっと詰まり気味で打つ人、ナカジ【引用者註:元・西武ライオンズの中島裕之(宏之)】とかはいいかもしれないけど、外の球を逆方向に長打にするのは難しいんじゃないかなと思います」と話している。

 実際、プロ野球以外でも高校野球の現場で魚雷バットの使用自体は問題ないとされている。ルール上の制限をクリアしており、低反発バットと同様にプレーの中で選択肢のひとつとなっているのだ。近年はバットの規定が厳しくなっているが、それだけに工夫されたバットの存在は選手にとって救いになる。

 ただし、技術的な成熟を迎えていない高校生にとっては「バットに頼りすぎることのリスク」も忘れてはならない。打撃技術の向上は当然必要であり、魚雷バットは“補助輪”にすぎない。本質は打撃力の土台にある。

 野球は“人間の感覚”と“物理の理屈”の間で進化を続けている。魚雷バットのような用具の登場は、野球というスポーツが感性だけでなく、データや設計によっても進化することを示している。これまでは「飛ばせるのは才能」と言われていた打者の世界に、技術的な解決策が入り込んできたことは、若い選手にとって希望でもある。

 バットの構造が打撃成績に大きな影響を及ぼすようになればなるほど、打撃技術そのものの本質が見えづらくなってしまう懸念がある。果たして、それは道具の力によるものなのか、それとも打者自身の実力なのか。その境目が曖昧になることで、野球本来の醍醐味が損なわれてしまう恐れも否めない。

 魚雷バットは決して“魔法の杖”ではない。すべての打者が劇的に変わるわけでもないし、ホームランが量産できるようになるわけでもない。ただし、「打ち損じが多い」「差し込まれやすい」「バットコントロールが不安定」といった悩みを持つ選手にとっては、ひとつの有効な“解決策”となる可能性を秘めている。

 重心や芯の位置を変えることで生まれる打感や操作性の変化。それをどう捉えるかは打者次第だ。テクノロジーと感性のせめぎ合いの中で、野球はこれからも新しい武器を手に入れていく。そして、その選択をどう使いこなすか……。そこにこそ、打者としての“本当の力量”が問われている。

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(文=ゴジキ)

ゴジキ

野球著作家・評論家。これまでに『巨人軍解体新書』(光文社新書)や『戦略で読む高校野球』(集英社新書)、『甲子園強豪校の監督術』(小学館クリエイティブ)などを出版。「ゴジキの巨人軍解体新書」や「データで読む高校野球 2022」、「ゴジキの新・野球論」を過去に連載。週刊プレイボーイやスポーツ報知、女性セブン、日刊SPA!、プレジデントオンラインなどメディアの寄稿・取材も多数。Yahoo!ニュース公式コメンテーターにも選出。

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ゴジキ
最終更新:2025/06/07 22:00