『カリオストロの城』は実話ベースだった? 宮崎駿監督の実らなかった初恋エピソード

「ヤツはとんでもないものを盗んでいきました……。あなたの心です」
銭形警部のそんな粋な台詞で知られているのが、劇場アニメーション『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)です。宮崎駿監督は、本作で劇場監督デビューを果たしました。宮崎監督の鮮やかな演出、ヒロインとなるクラリスのかれんさに多くのファンが心を奪われた作品です。
6月27日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)は、『カリオストロの城』を放映します。日本テレビ系での放映は、これで19回目となります。
歌舞伎やオペラの人気演目と同じように、名作映画はストーリーや結末を知っていても、名シーンや名台詞を反芻して楽しめる面白さがあります。今回は『カリオストロの城』をちょっと変わった角度から紹介します。
ルパンらしくなく、公開時の評価は微妙だった
今では「不朽の名作」扱いされている『カリオストロの城』ですが、劇場公開時の評価は微妙でした。アクション&サスペンス映画としては非常によくできているけれど、『ルパン三世』っぽくないという声が多かったように思います。ルパンが盗み出すものが、クラリスというひとりの女の子の心だけだったからです。
当時、日本テレビ系で放映されていた『ルパン三世』第2シリーズの軽薄なルパンとは性格が大きく異なっていました。まだ宮崎監督の名前はアニメ好きな人以外には知られておらず、興収的にも苦戦しています。
舞台となるのは、ヨーロッパの架空の小国・カリオストロ公国です。政略結婚を強いられるお姫さま・クラリスとルパンとの淡いラブロマンスが描かれる『カリオストロの城』は実話ベースの物語だと言うと、「いやいや、完全なフィクションでしょう」とみなさんは思うでしょう。でも、『カリオストロの城』は繰り返し観れば観るほど、リアリティーたっぷりな物語だと感じられるんです。
「いばらの道」を進むルパンと次元
ルパンから「ロリコン伯爵」呼ばわりされる悪役・カリオストロ伯爵ですが、18世紀に実在したアレッサンドロ・ディ・カリオストロがモデルになっていることはすでに多くの人がチェック済みでしょう。マリー・アントワネット王妃を巻き込んだ「首飾り事件」の首謀者と疑われた詐欺師として、ウィキペディアにもその名を残しています。
でも、今回注目したいのはカリオストロ伯爵ではなく、ルパン三世と相棒・次元大介の関係性です。原作コミックやTVシリーズでもおなじみの名コンビですが、『カリオストロの城』の序盤ではフィアット500に乗った2人が、ビンボー生活にも負けずに面白そうな仕事(盗み)を求めて、各地を放浪する様子がかなり丁寧に描かれています。
当たり前すぎて言及されることがないのですが、『カリオストロの城』のルパンと次元は宮崎駿監督と盟友・高畑勲監督だと思うんです。東映動画(現在の東映アニメ)で過ごした若手時代から行動を共にし、高畑監督の監督デビュー作『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)が興行的にコケてしまい、2人とも東映動画を退職しています。
以降、スタジオジブリが設立されるまで、青春をこじらせた2人の流浪生活が続きます。いろんなアニメスタジオを渡り歩いた時期に、「Aプロダクション演出グループ」名義で高畑&宮崎コンビが『ルパン三世』第1シリーズの後半エピソードを担当したことは有名でしょう。
高畑&宮崎コンビは、実際に各地を旅しています。実現しなかった『長くつ下のピッピ』から始まり、『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』(ともにフジテレビ系)では欧州や南米を一緒にロケハンして回っています。『カリオストロの城』をルパンと次元の「バディムービー」として観ると、宮崎監督と高畑監督の関係性が強く投影されていることが感じられます。
ジブリ設立以前の高畑&宮崎コンビは、『カリオストロの城』主題歌「炎のたからもの」にある歌詞「いばらの道も 凍てつく夜も 二人で渡って 行きたい」みたいな心情だったのではないでしょうか。
実在したルパンファミリーたち
どちらがルパンか次元なのかですが、「Aプロダクション演出グループ」時代はおそらく高畑監督が主導し、宮崎監督がアシストするような感じだったのではないでしょうか。ですが、宮崎監督は1978年にTV放映された『未来少年コナン』(NHK総合)で監督デビューを飾り、作家性に目覚めます。続く『カリオストロの城』ではルパン=宮崎、次元=高畑と立場が変わっていったように思います。
制作期間わずか4か月で『カリオストロの城』を完成させた宮崎監督ですが、そのころの高畑監督は何をしていたかというと、TVアニメ史上に残る名作アニメ『赤毛のアン』(フジテレビ系)を粛々と手掛けていました。宮崎監督も当初は『赤毛のアン』のスタッフでしたが、『ルパン三世』の劇場版新作の監督が決まっていないという噂を聞きつけ、『赤毛のアン』の制作から離脱することになります。それを許した高畑監督の度量の広さも改めて感じずにはいられません。
いつも物静かな石川五エ門は、「Aプロダクション」から仲間に加わった近藤喜文監督でしょうか。うるさくルパンを追い回す銭形警部は、『未来少年コナン』のダイス船長のモデルにもなったテレコム・アニメーションフィルムの初代社長・藤岡豊プロデューサーを思わせます。ルパンとは付かず離れずの関係の峰不二子は、ベテランアニメーターの大塚康生さんかもしれません。
宮崎監督が忘れることができずにいた初恋の女性
じゃあ、「クラリスは誰か?」という問題が残ります。普通に考えれば、ルパンが懸命に守り抜こうとしたクラリス姫は、宮崎監督の心の中の「イノセントさ」みたいなものだと思うんですよ。いろんなアニメスタジオを渡り歩き、お金のための仕事もしたであろう宮崎監督ですが、それでもアニメーターとして大切にしてきたものの象徴が「クラリス姫」なんじゃないでしょうか。言ってみれば、クラリスはアニメ世界の女神みたいな存在でしょう。
もちろん、クラリスも実在した女性だと考えることもできます。第一に考えられるのは宮崎監督の初恋の女性です。宮崎監督がスタジオジブリの建設場所に小金井を選んだ理由として、「初恋の人の家がある街だった」と語ったそうです。その恋は実らなかったものの、初恋の女性が暮らした思い出の地に新社屋を建てるなんて、宮崎監督は超ロマンティストです。まるで『グレート・ギャツビー』みたいです。男性にとっても、女性にとっても「初恋」の相手は生涯忘れることができないようです。
「デビュー作には、作者のすべてが詰まっている」とよく言われます。宮崎監督の劇場監督デビュー作となった『カリオストロの城』にもそれが当てはまります。浮遊感のあるアクション、滅びてしまった文明への郷愁、イノセントな美少女への想い、そして次元ら仕事仲間たちとの固い友情……。宮崎アニメの主要要素が、上映時間100分の中にぎっしりと詰まっています。
宮崎監督は意識していなかったかもしれませんが、不眠不休で完成させた『カリオストロの城』は宮崎監督が大切にしていた宝物がいっぱい眠っている作品なんだと思います。
幻で終わった押井守版ルパン三世
1979年の劇場公開時はいまいちな結果で終わった『カリオストロの城』でしたが、1980年の『水曜ロードショー』(日本テレビ系)での放映が高視聴率だったことをきっかけに再評価され、人気がぐんぐん高まっていきました。『カリオストロの城』に続く、劇場版『ルパン三世』の新作が企画され、宮崎監督の後任には押井守監督が選ばれています。
押井監督の考えた『ルパン三世』は、宮崎ルパン以上にぶっ飛んだ設定でした。ルパンはシリーズごと、劇場版ごとにビジュアルも性格も変わっているのですが、この状況を押井監督は「すべてのルパンはニセモノである」と解釈したわけです。ルパンという人物はもともと実在せず、次元、不二子、五エ門らが交代で変装していた虚構の存在だったーという押井版ルパンは、あまりに過激すぎて、結局お蔵入りしてしまいました。
この「ルパンはニセモノだった」というアイデアは、のちにオリジナルビデオアニメ『ルパン三世 GREEN vs RED』(2008年)に踏襲されることになります。大勢いる中から生き残ったニセルパンが本当のルパンになっていくというユニークな内容ですが、それはまた別のお話ということで。
文=映画ゾンビ・バブ