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映画『ドールハウス』が心をえぐる怖さ 青春映画の名手が放った、リアルと地続きの「新しい恐怖体験」

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映画『ドールハウス』より。©2025 TOHO CO., LTD.

 6月13日公開『ドールハウス』が好調だ。公開初週の観客動員数ランキングで5位、2週目の週末観客動員数では4位にランクインするなど着実に人気を伸ばし、7月3日時点で累計動員数74万人、興行収入は10億円を突破。長澤まさみ(38)が主演を務め、ビビッドなピンク色が映えるメインビジュアルは“いかにも大衆向け”な空気を醸し出すが、見た人からは「ちゃんと怖い」と怯える声が溢れ、そのギャップが、“怖いもの見たさ”の好奇心をますますそそっている。

 主人公・佳恵(長澤)はある日、骨董市で見かけた日本人形に5歳で亡くした娘の面影を見る。佳恵はその人形を我が子のように溺愛するが、娘が生まれたことでぞんざいに扱うようになってしまう。すると、家の中で奇妙な出来事が次々と起き始め……。

 先が読めない展開は息をつく間もなく、SNSには〈最初から最後までずっと怖かった〉〈終始くるぞ…くるぞ…!って身構えてたしハラハラしっぱなしだった〉など、スリリングな映像体験を楽しんだと思しき声が続出。映画レビューサイトFilmarksの初日満足度ランキングでも3位(☆4.12/5)と高評価だ。

 日本人形といえばホラー作品の代表的なモチーフで、もはや“今さら”、ド定番と言っても過言ではないだろう。それが新鮮な恐怖を呼び覚ましている秘密は何か――ちなみに制作側は、本作を(ホラーではなく)“ゾク×ゾクのドールミステリー”とうたう。日本一ガチな映画批評に定評のある映画評論家・前田有一氏が、「怖さ」の正体を暴く。

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映画『ドールハウス』より。©2025 TOHO CO., LTD.

現実と地続きの「怖さ」

 メガホンを取ったのは『ウォーターボーイズ』(2001)や『スウィングガールズ』(2004)など、心温まる青春映画の傑作を次々と世に送り出してきた矢口史靖監督。コミカルかつハートフルな作風が持ち味だと思われた矢口監督が、まさかの「日本人形」を題材とした作品に挑むとあって、ファンの間では驚きと戸惑いが広がっていた。

 しかし前田氏は、そんな矢口監督だからこそ「“誰も見たことがない恐怖作品”を組み上げられた」と評する。

「“人形”や“呪い”という、ホラージャンルの鉄板モチーフを扱っていることは最初(宣伝段階)からわかっている。にもかかわらず、序盤は超常現象の描写がまったくありません。ここで、観客は“いつ来るのか、いつ来るのか”とじわじわとした恐怖心をあおられ続けます。この時間があることで、その後の観客心理が一気に左右される。人の人生、ものがたりを紡いできた方ならではの“布石”だなと思います」

 ネタバレになるので詳細は避けるが、そうしてたっぷりと日常生活が描かれた後で、唐突に「悲劇」が訪れる。幼稚園児である愛娘の死だ。前田氏は、「現実と地続きの怖さ」を指摘する。

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映画『ドールハウス』より。©2025 TOHO CO., LTD.

「5歳の子がふと目を離した時に亡くなってしまうことは現実に起こりうる。だからこそ、ある意味超常現象よりも恐ろしい。これは怖いです。

 そして娘を家に置いて買い物に出かける前、母親(佳恵)はガスの元栓が閉まっていることを確認したり、刃物を子供の手が届かないところに隠したりしていたのですが、こうした何気ない日常動作の一つひとつが、あとから意味をもってくる。それに気がついた時、観客は目に映るすべてのものが何らかの悲劇や恐怖につながってしまうのではないかと、胸騒ぎが止まらなくなります」(前田氏、以下「」内同)

 他方、物語の主軸を担うのは“呪いの人形”。こすり倒された感もあるアイテムだが、その魅せ方は革新的だった。

「人形を扱った作品のほとんどは、暗闇から突然出てくるとか、いつの間にか髪が伸びるとかお決まりのパターンで、とにかく相手を“驚かす”ことが主目的でした。しかし本作は、別に驚かせたいわけではない。あくまでも“現実の恐怖”で観客の心を打ち砕いてくる。

 だんだん、観客側も作中で起きている出来事が、呪いの人形によるものなのか、それとも佳恵の狂気が見せている幻覚なのか……とさまざまな可能性を想像させられるようになる。こうなると完全に監督の術中で、物語に観客自身が巻き込まれながら話が進んでいく。圧倒的な没入感があるんです」

「ホラー」のイメージを覆す“ピンク色”

 これまで、オカルト要素を扱った作品は基本的にホラーに分類されてきた。なおかつ、ホラーといえば「グロテスクで猟奇的」「過激でショッキングな映像を楽しむ」というレッテルが貼られ、観客を選ぶ側面があった。

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映画『ドールハウス』より。©2025 TOHO CO., LTD.

「特殊撮影技術が全盛期だった1980年代には、『13日の金曜日』(1980)や『死霊のはらわた』(1981)をはじめとしたスプラッターホラー(※残虐なシーンを見せ場とするホラージャンル)が人気でした。作り手は非日常的かつ過激な映像表現を追求し、また、観客も刺激的な映画を欲する時代がありました。特に演技力がなくとも、ルックスのいいタレントが驚くという“非日常”の顔を見せるビジネスとして、若手の登竜門でもありました」

 しかし、時代とともにオカルト要素の扱い方も多様化する。

「海外では残虐性を追求する作品もまだまだつくられていますが、こと日本では幅広い層に向けるべく、ライトで身近な恐怖を題材に、ヒットを目指す作品が増えました。『犬鳴村』(2020)や『事故物件 恐い間取り』(2020)なんかがそうですね」

 本作のメインビジュアルにビビッドなピンクを採用したのも“仕掛け”の一例だという。

「ピンク色はかわいい色として広く注目されますし、長澤さんなら見ようかな、と思う人は多いでしょう。SNSで拡散したくなる要素が詰め込まれていて、ホラーやオカルトに馴染みがない人も意識したマーケティングになっています」

 なお“怖い作品”にあえてキュートなPRを行うのは昨今広がっている手法。『アイアムアヒーロー』(2016)や『サブスタンス』(2025)、『M3GAN/ミーガン2.0』(2025)など、いずれもポスターはピンクや黄色を配し、ポップなテイストに仕上がっている。

本質は変わらず、時代は変わっている

 革新的な構成で観客を虜にした本作だが、人形はもちろんジワジワと怖さを感じさせる部分は「王道Jホラー」という印象を抱く人も多い。

「ホラーは、そもそも超常現象が題材なので、ぶっとび展開でも『ホラーだから』と納得させられるし、チープさも愛される。怖いものの描き方は自由なんです。本作は“呪いの人形”というあくまでも既存のホラー映画の型に、矢口監督がこれまで培ってきた見せ方や楽しませ方のアイデアを加え、現実世界との境界線があやふやになる心理的不安を発生させた。王道を大切にしながらそれを進化させたところが、新しい恐怖体験を生み出したのだと思います」

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映画『ドールハウス』より。©2025 TOHO CO., LTD.

 たとえていうなら、レールの見えないジェットコースターに乗っているかのような恐怖とスリル。時に爽快感さえおぼえるストーリー展開では、終盤のヒューマンドラマに思わず涙したり、オカルト対策のガジェットにワクワクさせられたりと、1作の中でさまざまな楽しみ方ができるのも、見る人を惹きつけて止まない魅力だろう。“怖いけど何度も見たくなる”映画として、新鮮で唯一無二の輝きを放っている。

(取材=吉河未布、文=町田シブヤ)

『ドールハウス』
原案・脚本・監督:矢口史靖
出演:長澤まさみ 瀬戸康史
田中哲司
池村碧彩 本田都々花 今野浩喜 西田尚美 品川徹
安田顕 風吹ジュン
主題歌:ずっと真夜中でいいのに。「形」(ユニバーサル ミュージック)
配給:東宝
公開日:2025年6月13日(金)
撮影期間:2024年3月~5月
コピーライト:©2025 TOHO CO., LTD.
公式サイト: https://dollhouse-movie.toho.co.jp/

町田シブヤ

1994年9月26日生まれ。お笑い芸人のYouTubeチャンネルを回遊するのが日課。現在部屋に本棚がないため、本に埋もれて生活している。家系ラーメンの好みは味ふつう・カタメ・アブラ多め。東京都町田市に住んでいた。

X:@machida_US

最終更新:2025/07/06 14:00