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『水曜日のダウンタウン』“スベリ-1GP”優勝芸人…元相方は今「赤ちゃん」!?――エンジンコータロー インタビュー

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(写真:林哲郎)
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『水曜日のダウンタウン』(TBS系)で放送された、“日本一のスベリ芸人”という不名誉な称号をかけた「スベリ-1GP」で、見事(?)優勝を果たしてから1年半が経った。

近年は「赤ちゃん」ことネコニスズ・舘野忠臣が元相方だったことでも再注目を集めている。しかし、『マルコポロリ!』(関西テレビ)の「“大阪芸大落研”出身芸人集結」回ではスタジオに呼ばれず、宣材写真が映っただけ……。

そんな「もっともスベった地下芸人」として生きるエンジンコータローに、芸人を目指したきっかけから今後の展望までを聞いた。

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テレビ出演後ライブでスベらされる

――2023年の年末に『水曜日のダウンタウン』の「スベリ-1GP」という企画で話題になっていましたね。あれはどういった経緯で出演することになったんですか?

エンジンコータロー(以下、エンジン) 最初は「シングル-1 GP」という名前で、芸歴15年以上のピン芸人を集めてやりますよっていう企画で説明されたんです。モグライダーの芝大輔くんからお誘いいただいて、出させてもらいました。現場に集まった芸人も、ゆきおとこさんやギブ↑大久保さんなどなんだか変わった芸風の人ばかりで、ずっとふわふわモヤモヤとした空気が漂っていましたね。でも、これがまさか“一番のスベり芸人”を決めるドッキリ企画だとは夢にも思わず……。

――そこで見事優勝を果たしたと。

エンジン 確かに「R-1グランプリ」には毎年出てますが、すべて一回戦敗退だし、基本的にはスベっているとは思うのですが、それでもかなり不名誉ですよね(笑)。あの出演以来、ライブでスベらされることが増えたんですよ。ネタをやっても、空気を読んだお客さんが、「どっちがおもしろかったか?」という投票対決で、僕にまったく入れなくなったんです。結構、笑い声があってウケてるときもあるんですが、おかげさまでバトルライブでまったく勝てない時期もありました(笑)。拍手で勝者を決めるんですが、僕の審査の時だけ拍手ゼロみたいな。

――YouTubeのネタライブを見ていると、コメントでは結構ウケているように思います。

エンジン ここまでくると、YouTubeを見てる人はどの目線でおもしろいと言ってくれているのか疑いたくなります。素直におもしろいと思ってくれているならいいんですが、「スベリ-1GP」で優勝してから、ずいぶん笑いに対して疑心暗鬼になってしまいました。

――テレビの反響はありましたか?

エンジン かなりありましたね。テレビに出させてもらってありがたい反面、「うわぁ、やっちまった〜」という過ち感が同時に起こりました。地元の大阪でもかなり話題になってて、オカンの知り合いの娘さんが知ってたりとか、「テレビ見たよ〜」と学生時代の友達など疎遠になっていた人からの連絡が増えましたね。

――学生時代の友人というと大阪芸術大学の時代の人ですかね。芸大時代はどんな学生だったんですか?

エンジン 僕は芸大出身っていっても、音楽をやったり絵を描いたりするコースではなくて、作家とか裏方向けのコースでした。落語研究会に属してお笑い活動もしていましたが、実質所属は1年半だけで、あとは籍がないのに部室に顔だけ出していました。もともと、子どもの頃からお笑いの世界に憧れていて、高校卒業したらNSCに入ろうかどうか迷っていたんです。でも、当時は「大学は行っておいたほうがいい」という風潮だったので、大阪芸大に入りました。

エンジンコータローという名前の由来

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――芸人に憧れたきっかけは何ですか?

エンジン 中学校の時は隅っこのほうにいるような子どもでした。なので、クラスで目立っている男子がカッコよく見えてちょっと憧れだったんですよね。僕も負けじと隅っこグループの中でぼそっと突っ込んだりボケたりしていました。何度か笑いが取れたタイミングがあって、そのときに脳内に「ビビビ」とキたというか……。そこからなんとなく“人を笑わせる職業”に興味が出てきました。

――そこから芸人を目指すようになったんですね。

エンジン 直接のきっかけは『すんげー! Best10』(ABCテレビ)ですね。たまたまテレビでやっていたのを見ていたら、「こんな世界があるのか」と興味が出てきました。「この番組に出ている芸人は生活ができているのだろうか? ここに出るにはどうしたらいいのか?」と気になって、いろいろ調べました。

――本格的にお笑い活動はいつ頃から始めたんですか?

エンジン 大学の落語研究部に入ったときからですね。大学の仲間とコンビを組んでお笑いオーディションに出ていました。ただ、芸人一本でやっていくなんて、まったく考えてませんでした。大学卒業のタイミングで、「とりあえず就職でもするか」と思って就活を始めました。テレビ制作会社を受けたんですが、面接で「学生時代どんな活動をしていたか?」と聞かれたので、出演したネタライブやどんなネタを作ったかをアピールしていたら、「あなたは作る側じゃなくて、出る側の人間だよね」と言われて面接に落ちました。でも、就活に失敗したことで、芸人としてやっていく覚悟ができました。

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――ミルクボーイ、ななまがり、空気階段の鈴木もぐら、オダウエダの植田紫帆など、大阪芸大出身の芸人は意外に多いですよね。エンジンコータローという芸名はどうやって付けたんですか?

エンジン 幼稚園時代までさかのぼります。母の日にお母さんに手紙を送ろうという会で、「自分と母をなにかに模して絵を描きましょう」という企画で、僕は自分を“男の子の象徴”としてエンジンに例えて描いたんです。お母さんは教会みたいな絵を描きました。確か「花嫁」みたいなイメージだったと思うんですけど……。そのエピソードを覚えていて、まずは“エンジン”と付けました。

――エンジンが幼少期の頃から何か印象的なものだったんですね。コータローの部分は?

エンジン 子どもの頃に読んでいた『コータローまかりとおる!』(講談社)というマンガの“コータロー”という響きがいいなと思っていたのと、『仮面ライダーBLACK』(TBS系)の主人公・南光太郎が好きだったというのがありました。あとは当時、ギタリストの押尾コータローさんにハマっていたので、僕は“コータロー”にやたら惹かれていると気付いたんです。その原体験を2つ組み合わせた名前を付けました。全部フィーリングで決めているので、説明がしにくいんですよ。

相方に置いて行かれて上京…?

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――かなり個性的な名付け方ですね。大学卒業後は大阪で活動していたんですか?

エンジン 現・ネコニスズの舘野忠臣と「野球家族」というコンビを組んで、NSCのオーディションライブに出たり、インディーズのお笑いライブに出たりしていました。その流れで吉本の正式所属じゃないんですけど、吉本お抱え芸人みたいな感じで活動していました。一度『オールザッツ漫才』(MBSテレビ)という番組に出たのですが、「スベリ-1GP」じゃないんですけど最低点を取ってしまいました。50組中50位みたいな……。47位にはその後、「M-1グランプリ」を優勝する大学の後輩のミルクボーイもいましたね。そういう時代でした。インディーズのお笑いライブではガスマスクガール、金属バット、見取り図たちと一緒にやっていましたね。

――東京にはいつ頃出てきたんですか?

エンジン 7年くらい大阪で活動したあと、舘野くんが「東京で勝負したい」と僕を置いて上京しちゃったんですよ。その舘野くんを追って、「もう一度一緒にお笑いをやろう」と言って東京で続けてたんですけど、お互い平場のトークが弱いということで解散することになりました。その後、ミヤシタガクさんとコンビを組んだりしましたが、自分ひとりだけで好きなネタを作ってやってみようと思い、ピン芸人として活動を始めたのです。

――エンジンコータローさんは地下芸人といった界隈に属しているんですか?

エンジン 僕は自分のことを地下芸人だと思ったことは一度もありません。でも、僕は売れようと思ってネタを作っていないので、テレビに出てめちゃくちゃ売れるといったところまでは求めていない感じで、ライブとかに出られて自分が食えるレベルで芸人の仕事をもらえれば十分です。そういった意味では地下芸人に分類されるんですかね。今回「スベリ-1GP」に出たことでいろいろ仕事をもらえました。ほかにもライブに出ると、「スベリ-1GP優勝の人だ!」とにこやかに見てもらってる気がしますね。

――今後どういったお笑い活動をしていきたいと思いますか?

エンジン 正直いうと、「スベリ-1GP」優勝者という経歴を払拭したいですね。「スベリ-1GP」でエゴサーチしてみると、「本当につまらなかった」と書いている人と「おもしろかった」と書いてる人の両方がいたんですよ。でも、この“つまらない”と思った人をおもしろがらせることは可能なのだとも思うんですよね。僕は自分がおもしろいと思ったネタを作っているんで、これがウケなかったら“生きてる感性が違う”ということだと思うんです。ということで、僕のことを“つまらない”と言った人たちを覆すネタを作るのか、このまま自分のことをおもしろいと思ってくれてる人向けに続けていくのかを迷っている感じですね。

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(構成=山崎尚哉)

エンジンコータロー
1982年生まれ、大阪府出身。大阪芸術大学卒業。落研で出会った舘野忠臣(現・ネコニスズ)とコンビ「野球家族」を結成。大阪を拠点に活動したのち、東京へ進出するもコンビは解散。ピン芸人となる。2023年、『水曜日のダウンタウン』(TBS系)内の企画「スベリ-1GP」で優勝。「R-1グランプリ」は出場したすべての年で1回戦敗退している。

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山崎尚哉

1992年3月生まれ、神奈川県鎌倉市出身。レビュー、取材、インタビュー記事などを執筆するほか、南阿佐ヶ谷でTALKING BOXという配信スタジオを運営中。テクノユニット・人生逆噴射の作曲担当で別名DJ.YMZK。

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山崎尚哉
最終更新:2025/07/24 12:00