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ライムスター宇多丸ら多彩なトークゲストも参加

衝撃・感動・覚醒…優れたドキュメンタリーはあなたの価値観をきっと揺さぶる 『アジアンドキュメンタリーズ映画祭2025』開催迫る!

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『アジアンドキュメンタリーズ映画祭』 ビジュアル

 この夏に知的かつ刺激的な体験を味わってみたい人に、おすすめのイベントがある。8月2日(土)~3日(日)に渋谷ユーロライブで開催される『アジアンドキュメンタリーズ映画祭』だ。昨年に続く第2回の開催となるこの映画祭は、動画配信サイト「アジアンドキュメンタリーズ」を運営する伴野智代表が主催し、映画館のスクリーン上映に適した厳選された名作ドキュメンタリーを2日間にわたってプログラムしたものだ。

 TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の映画評「ムービーウォッチメン」でおなじみの宇多丸(ライムスター)ら多彩なトークゲストが参加し、極東から中東までアジア全域の社会情勢や文化事情に触れることができる。

 宇多丸との共著となる対談本『ドキュメンタリーで知るせかい』(リトルモア社)の刊行を控えた伴野代表に、映画館でドキュメンタリー作品を鑑賞する面白さを語ってもらった。

他者の声を聞くことで見方が大きく変わる

──動画配信サイト「アジアンドキュメンタリーズ」でアジアの多彩なドキュメンタリー作品を伴野代表は紹介しているわけですが、映画館で鑑賞することのメリットをまず教えてください。

伴野 僕らはドキュメンタリー映画の面白さを広く、手軽に感じてほしいと動画配信でみなさんにお届けしていますが、映画はやっぱり映画館で観てほしいんです。配信には配信のよさがありますが、映画館の大きなスクリーンで観ると印象が大きく変わります。今回、スクリーンでより映える作品を選んでいます。映画館の客席で集中して観ることも、配信との違いでしょうね。その世界に没頭することができます。ドキュメンタリーは擬似体験の世界だと思うので、映画館で作品世界に没入することで、より臨場感を楽しむことができるんです。

──自分ひとりではなく、多くの人と一緒に観ることでも印象は変わってきますよね。

伴野 そうなんです。「アジアンドキュメンタリーズ」では毎月サロン鑑賞会を開き、サロン参加者の方たちと話し合いの場を持っています。他の人の感想や意見を聞くことで、いろんな発見ができるんです。今回の映画祭は各プログラムごとに専門家たちを招いてのトークショーも設けています。専門家から作品の背景など解説してもらうことで、「えっ、そうなんだ」と見方が180度変わることもあります。専門家のお話を聞いた後で、改めて配信で見直すと「なるほど、そういうことか」とまた新しい発見をすることもできると思うんです。

──トークショーは、観客からのQ&Aコーナーもある?

伴野 トークタイムは各プログラムにつき30分程度と限られていることもあり、Q&Aコーナーはありません。その代わりに初日は僕が、2日目の午後からは昨年も参加してもらった宇多丸さんが観客が疑問に思うだろうなという部分を、専門家の方たちに尋ねるようにしたいと思っています。国内で行なわれている国際映画祭に行くと、海外からのゲストを招いてのQ&Aは、あいさつや質問のひとつひとつに通訳が入って、限られた時間の中では、なかなか深いところまで話が聞けずに終わってしまうことが多いのです。「映画祭は映画監督のものだ」とよく言われますが、『アジアンドキュメンタリーズ映画祭』は観客のためのものにしたいです。昨年もトークショーはかなり盛り上がり、好評いただいたので、今年も期待してください。

クローン問題を語る小学生ゲストに注目

──初日最初のプログラムは、チベットを舞台にした『スノーランドの子どもたち』(2018年)。ネパールのカトマンズにある寄宿学校で学ぶ子どもたちが、10数年ぶりに故郷に里帰りするためにヒマラヤ山脈を歩いて帰るという壮大なロードムービー。しかも、途中でネパール大地震が起きるという、脚本のないドキュメンタリーならではのハプニングも起きます。スクリーンで観ると迫力がありそうです。

伴野 街の学校で学んでいる少年少女たちが久しぶりに帰郷するわけですが、実家が4000m級のヒマラヤ山脈にあり、まだ電化されていない集落なんです。水道や下水も整備されておらず、不衛生でもあり、いまだにこんな環境の集落があるのかという驚きがあります。子どもたちはすっかり街の暮らしに順応し、スマホがない生活は考えられなくなっていますが、こんな村を変えてほしいと親たちは願って、まだ幼かった子どもたちを街の学校に預けたわけです。スクリーンに映し出されるヒマラヤの大自然は雄大ですし、勉強することの意味を教えてくれる作品ですね。

──続く『ジェネシス2.0 よみがえるマンモス』(2018年)は、シベリアでマンモスの化石を発掘する「牙ハンター」たちとDNAによるクローン再生研究の先端事情を伝える作品。ハリウッド映画『ジュラシック・ワールド 復活の大地』の劇場公開前に観ておきたい作品です。

伴野 サイゾーオンラインでも紹介してもらいましたね。トークゲストとして、日本でマンモスを復活させるプロジェクトに取り組んでいる近畿大学教授の三谷匡さんをお呼びしています。『ジェネシス2.0』に登場した「マンモス博物館」の館長とも交流していたそうです。現代にマンモスを蘇らせることを三谷さんはどう考えているのか語ってもらいます。もう一人のゲストも呼んでいます。「アジアンドキュメンタリーズ」のサロン鑑賞会にも参加してくれ、マンモスなど古代生物に詳しい小学4年生の渡邊毘駕くんです。「古生物くん」という名前で、インフルエンサーとしても活動しています。渡邊くんは「数千年前に絶滅したマンモスを蘇らせることは自然の摂理に反している」と反対の立場にいます。おふたりがどんな討論を繰り広げるのか、僕も楽しみなんです。

お笑い芸人・滝沢秀一が語る日本のゴミ処理問題

──『心踊るラーガ 北インド古典音楽の旅』(2012年)は、昨年はなかった音楽系のドキュメンタリー。お祭りっぽいセレクションですね。

伴野 社会問題を扱ったジャーナリスティックな作品が多い中で、純粋にインドの伝統音楽を楽しんでもらおうというプログラムです。世界最古の伝統音楽とされる「ラーガ」の世界を楽しんでもらえればと思います。ゲストは本場でインドの伝統音楽を修行されたバーンスリー奏者の寺原太郎さん、シタール奏者の菅井国夫さんで、それぞれ楽器も持参してもらうことになっています。

──『プラスチック・チャイナ』(2016年)は中国でのリサイクルの実情を暴いた作品。リサイクル業に従事する一家があまりにも悲惨なため、中国ではプラスチックゴミの輸入を禁止にしたと聞いています。まさに1本のドキュメンタリー作品が国家を動かしたわけですね。

伴野 中国では2016年までプラスチックゴミを輸入していたんですが、この作品が公開されてから輸入をやめています。中国の偉い人がこの作品を観て、激怒したそうです。ゲストとして人気のお笑いコンビ「マシンガンズ」の滝沢秀一さんに登壇してもらいます。滝沢さんはゴミ清掃員として働きながら、その体験談をもとにした著書や漫画も発表しています。中国のリサイクル事情を描いた『プラスチック・チャイナ』ですが、滝沢さんには日本のリサイクル問題について語ってもらう予定です。日本人のゴミ処理意識など、滝沢さんならではの意見が聞けるんじゃないでしょうか。初日の最後には、こちらもサイゾーオンラインで紹介してもらった『あなたが見ている限り真実は生き残る』(2022年)を上映します。政権が国民のナショナリズムを煽ることで高い支持を得て、それにマスメディアも追随しているというインドのメディア内情を描いた作品ですが、今の日本の状況ととても似通ったものを感じさせます。NHKを離れ、フリージャーナリストになった堀潤氏に、メディアのあるべき姿について語ってもらえればと考えています。

「アジアンドキュメンタリーズ」制作の最新作もお披露目

──2日目の最初のプログラムは「ショートドキュメンタリーの魅力」。アニメーション表現を取り入れた短編ドキュメンタリーなど、ユニークな作品が並んでいます。

伴野 ドキュメンタリー作品は長編に注目が集まりがちですが、短編にも面白い作品が多いんです。上映時間13分の『Love,Dad』(2020年)はアニメーションっぽく、作り込んだ作品です。『バラシナ 死のホテル』(2020年)はヒンドゥー教の信者にとって最も神聖な都市とされるインドのバラシナにある「死のホテル」をカメラに収めた25分間の短編です。映像も美しく、インドの独自の死生観が感じられはずです。専修大学でドキュメンタリーを教えている舩橋淳監督をゲストに迎え、生徒が完成させたドキュメンタリー作品『神田らしいまちづくりに向けて』と『新たなる表現の場を求めて 広がる在日中国人のコミュニティー』も上映します。専修大学のドキュメンタリーの授業では「アジアンドキュメンタリーズ」の配信作品が教材に使われています。「アジアンドキュメンタリーズ」を観て、学んだ学生の方たちが作ったドキュメンタリーは、『フタバから遠く離れて』(2012年)などを撮った舩橋監督が指導しただけに、しっかり取材した内容になっています。

──もう一本の『祈り紡ぐ島』も未公開作品ですね?

伴野 『祈り紡ぐ島』は佐渡島で撮影した30分程度の新作ドキュメンタリーです。本作では僕がプロデューサーとして参加しています。僕も佐渡島の風土にすっかり魅了され、島の古民家を購入したほどです。佐渡島在住のカメラマンである山本政次監督が撮った完成したばかりの作品を初披露する予定です。当日までに完成するのか、ドキドキしています(笑)。

宇多丸も注目! 激動するアジアの社会情勢

──2日目の午後からは、いよいよ宇多丸師匠が参加しての上映に。

伴野 宇多丸さんに参加していただく上映作品は、どれも僕との対談本『ドキュメンタリーで知るせかい』でも取り上げているので、作品をユーロライブの大きなスクリーンで鑑賞した後にトークを楽しみ、さらに『ドキュメンタリーで知るせかい』も手に取っていただければと思っています。

──タイでセックスワーカーとして働く女性と、デンマークの漁村で暮らす漁師との結婚を描いた『遠い愛を求めて タイの花嫁たち』(2018年)は、ジェンダーや国際結婚に関する問題を扱った興味深い作品です。

伴野 10年間かけて撮影した労作です。デンマークのヤヌス・メッツ監督はドキュメンタリー映画の名匠で、10年間にわたって取材をしている間に共同監督を務めたタイ出身のシーネ・プラムベックさんと結婚しているんです。国際結婚をテーマにしたドキュメンタリーを撮って、監督同士が国際結婚しています(笑)。ジェンダー問題の専門家である京都大学名誉教授の落合恵美子さんをゲストに招いていますが、東南アジアの女性の国際結婚は人身売買ではないのかという声もある一方で、彼女たちは自分たちの意思で海外の男性との結婚を選んだという見方もあるわけです。一体、どちらが搾取されているのか。このことを広げて考えると「結婚って何?」というテーマにもなっていくわけです。結婚することは勝ち組なのか、一緒に暮らすことが結婚なのか、いろんな問題をはらんでいます。ベトナムの山岳地方に今も残る「嫁さらい」の風習の実情を追った『霧の中の子どもたち』では、モン族の研究を専門とする椙山女学園大学の吉井千周教授をゲストに迎えます。さまざまな視点から結婚について、宇多丸さんらと一緒に考える2つのプログラムになりそうです。

──インドの工業都市の裏側を描いた『街角の盗電師』(2013年)ですが、「盗電師」は日本では聞き慣れない言葉です。

伴野 インドでは送電線から電気を無料でいただいてしまう技術者がいるんです。日本にはいない技術者なので、僕が命名しました(笑)。インドならではの社会状況を描いたドキュメンタリーで、「アジアンドキュメンタリーズ」の最初のヒット作になります。この作品が評判になったことで、「アジアンドキュメンタリーズ」も認知されるようになった記念すべき作品です。

──映画祭の最後を飾るのは、イスラエルとパレスチナの紛争問題を若者の視点から描いた『イスラエル主義』(2023年)。「パレスチナ人は怖い」と教えられて育ったイスラエルの女子大生が、初めて一人でパレスチナを訪ね、教えられていたことと現実は大きく違うことを知る。まるで、ジム・キャリー主演のコメディ映画『トゥルーマン・ショー』(1998年)のような衝撃を覚えます。

伴野 米国のユダヤ系の若者たちを無償でイスラエルに招待する観光ツアー「バースライト」を使い、イスラエルの正当性を広める活動をしていることは、僕もこの作品で初めて知ったんです。ゲストとしてパレスチナ問題の第一人者である東京大学の鈴木啓之特命准教授に登壇してもらいます。宇多丸さんはパレスチナ問題に強い関心を持っているので、熱いトークになると思います。また、映画祭当日は、宇多丸さんとの共著となる新刊『ドキュメンタリーで知るせかい』が会場に届いているはずです。『ドキュメンタリーで知るせかい』は、昨年の映画祭でも「もうすぐ発売です」と告知していたんですが、国際情勢はわずかな期間で大きく変わるため、加筆や修正をしていたため、発売予定が大幅に遅れてしまった。実は取材を受けている本日(7月23日)が最終校了日なんです。トラブルがなければ、映画祭にギリギリ間に合う予定なんですが……。映画祭の準備もあり、当日までハラハラドキドキすることになりそうです(笑)。

 伴野代表が厳選したプログラムと多彩なゲストたちのトークを存分に堪能できそうな『アジアンドキュメンタリーズ映画祭』。かつて英国の上流社会の子弟は家庭教師に導かれて、欧州各地をめぐる「グランドツアー」を行なっていたが、まさに本映画祭は日本と隣接するアジアをより深く知るためのアジア版グランドツアーと言えるのかもしれない。

取材・構成=長野辰次

●伴野智(ばんの・さとる)
1973年大阪府出身。立命館大学産業社会学部卒業後、東北新社でディレクター、プロデューサーを務める。2018年より動画配信サイト「アジアンドキュメンタリーズ」の代表取締役社長を務めている。

『アジアンドキュメンタリーズ映画祭2025』
8月2日(土)~3日(日)、渋谷ユーロライブにて開催。チケット料金は前売り1600円、当日2000円(学生500円)、1日券は6000円(前売りのみ)。
詳細は公式サイトを参照ください。https://www.asiandocs.net/

衝撃・感動・覚醒…優れたドキュメンタリーはあなたの価値観をきっと揺さぶる 『アジアンドキュメンタリーズ映画祭2025』開催迫る!の画像2

■8月2日(土)
10時30分~『スノーランドの子どもたち』ゲスト/ジギャン・クマル タバ(かながわ国際交流財団職員)

13時~『ジェネシス2.0 よみがえるマンモス』ゲスト/三谷匡(近畿大学教授)、渡邊毘駕(なにわホネホネ団)

15時45分~『心踊るラーガ 北インド古典音楽の旅』ゲスト/寺原太郎(バーンスリー奏者)、菅井国夫(シタール奏者)

17時30分~『プラスチック・チャイナ』ゲスト/滝沢秀一(お笑いコンビ マシンガンズ、ごみ清掃員)

19時45分~『あなたが見ている限り真実は生き残る』ゲスト/堀潤(ジャーナリスト)

■8月3日(日)
10時15分~「ショートドキュメンタリーの魅力」ゲスト/舩橋淳(映画作家、専修大学客員教授)、山本政次(映像作家、カメラマン)

13時~『遠い愛を求めて タイの花嫁』ゲスト/宇多丸、落合恵美子(京都大学名誉教授)

15時25分~『街角の盗電師』ゲスト/宇多丸、小西公大(東京学芸大学准教授)

17時40分~『霧の中の子どもたち』ゲスト/宇多丸、吉井千周(椙山女学園大学教授)

20時5分~『イスラエル主義』ゲスト/宇多丸、鈴木啓之(東京大学特任准教授)

 

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長野辰次

映画ライター。『キネマ旬報』『映画秘宝』などで執筆。著書に『バックステージヒーローズ』『パンドラ映画館 美女と楽園』など。共著に『世界のカルト監督列伝』『仰天カルト・ムービー100 PART2』ほか。

長野辰次
最終更新:2025/07/30 09:00