夏休みの定番アニメ『サマーウォーズ』 細田守監督は「ジブリ」を超えたか?

すっかり夏の恒例イベントとなったのは、細田守監督の劇場アニメ『サマーウォーズ』(2009年)のテレビ放映です。8月1日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)は、『サマーウォーズ』の通算7度目の放映となります。
日本テレビは『サマーウォーズ』の製作に出資もしており、細田監督を「スタジオジブリ」の宮崎駿監督、高畑勲監督に続く、国民的アニメ監督に育て上げたいことがありありと伝わっています。
日テレに大プッシュされている細田監督は、11月に最新作『果てしなきスカーレット』の公開を控えています。予告編を見た限りでは、本格的なファンタジー大作になりそうです。細田監督はポストジブリ、新時代の国民的アニメ監督になるのでしょうか。
『金ロー』では宮崎駿、高畑勲に続く存在に
細田監督にとって『サマーウォーズ』は、初めてのオリジナル長編作品でした。前作『時をかける少女』(2006年)は原作者の筒井康隆から称賛され、ロングラン上映されるなど大きな話題を呼びました。でも、興収は2.5億円止まり。制作費は回収できたかなといったレベルでした。
言ってみれば、『サマーウォーズ』は細田監督にとっての「勝負作」でした。原作もの、シリーズものを粛々とアニメ化する職人的監督として一生を過ごすのか、それともオリジナル作品を任せられるクリエイターとしての成功を手にするのか。アニメ監督としての生涯を賭けた大勝負に、細田監督は臨んだわけです。1シーン1カット、すべてに気合いが入っています。
その結果は、みなさんもご存知のとおり。『サマーウォーズ』の興収16.5億円は、『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)の42.2億円や『竜とそばかすの姫』(2021年)の66億円などに比べると低いものの、細田監督はヒットメーカーとしての道を歩み始めることになります。
主人公・健二の決め台詞「よろしくお願いしまぁぁぁすっ!」は、宮崎監督の人気アニメ『天空の城ラピュタ』(1986年)の「バルス」と同じくらい、放送のたびにトレンドワード入りすることでも知られています。『金ロー』においては、宮崎監督、次々週放送『火垂るの墓』(1988年)の高畑監督に続くビッグネームにすでになっています。
草食系男子のひと夏の成長物語
タイトルにあるように、『サマーウォーズ』はひと夏を過ごす高校生の闘いの物語です。数学が得意な草食系男子の健二(CV:神木隆之介)は、ひと学年上の憧れの先輩・夏希(CV:桜庭ななみ※現・宮内ひとみ)にアルバイトを頼まれます。長野県上田市にある夏希の実家で暮らす曽祖母・栄(CV:富司純子)が90歳になるので、恋人のふりをして誕生会に同席してほしいというものでした。
武田家の旧家臣団だったという栄たち一族が大集合した食事会に、健二は圧倒されます。その夜、寝付けなかった健二は、謎のメールが問いかけた数式を思わず解いてしまいました。実はその数式の答えは、世界中の人たちが利用している仮想空間「OZ」のセキュリティーを解いてしまうパスワードだったのです。
翌朝、「OZ」だけでなく、現実社会にも多大な影響が表れ、街はパニック状態に陥ります。一時は犯人扱いされた健二でしたが、夏希たち一族と協力し、正体不明の敵に立ち向かうことになります。ここに戦国時代に起きた「第一次上田合戦」「第二次上田合戦」に続く、「第三次上田合戦」が始まるのでした。
途中降板した『ハウルの動く城』のリベンジマッチ
ヘタレ系男子と思われていた健二ですが、栄おばあちゃんから「夏希を頼んだよ」と託され、一念発起することになります。夏希の又いとこの佳主馬(CV:谷村美月)は以前はいじめられっ子でしたが、仮想現実の世界で大活躍します。
高畑監督や宮崎監督みたいにリアルな戦争は体験していない細田監督ですが、今を生きる若い世代も日々闘って生きているんだという熱い気持ちが、『サマーウォーズ』というタイトルには込められているように感じます。
若手時代の細田監督は東映アニメーションに在籍していたのですが、スタジオジブリに出向して『ハウルの動く城』(2004年)の監督に大抜擢されたものの、途中降板したことが知られています。まるでお城のような門構えの夏希の実家で、健二が懸命に闘う姿は『ハウルの動く城』のリベンジマッチを思わせると感じるのは自分だけでしょうか。
並々ならぬ覚悟で、細田監督が『サマーウォーズ』に挑んだことは間違いありません。
『国宝』も手掛ける奥寺佐渡子の秀逸なシナリオ
すでに「21世紀の名作アニメ」となった感のある『サマーウォーズ』の賞賛ポイントは数多いのですが、やはり特筆されるのは脚本の素晴らしさでしょう。興収75億円ごえの大ヒット作となっている、吉沢亮&横浜流星共演の実写映画『国宝』も手掛けている脚本家・奥寺佐渡子のシナリオは、キャラクターの一人ひとりがちゃんと立っていているんですよね。『サマーウォーズ』では夏希の親族27人が登場するわけですが、一人ずつが生きたキャラクターとなっています。
前作『時をかける少女』に続く、奥寺佐渡子の秀逸な脚本があったからこそ、細田アニメはブレイクを果たしたことは確かです。
核家族化が進む現代社会では大人数の親戚はうざく思われがちですが、困ったときには手を差し伸べてくれるセーフティネットでもあるわけです。
栄おばあちゃんを筆頭に、武田家の旧家臣団としての誇りを持つ夏希たち一族は一致団結して、「OZ」や現実世界を騒がせる正体不明の敵=人工知能「ラブマシーン」と闘うことになります。デジタル化が進む現代ゆえに、栄おばあちゃんたちの団結力がとても新鮮かつ大切なものに思えてきます。
栄おばあちゃんの温かい格言
栄おばあちゃんの養子だった侘助(CV:斎藤歩)は一族のはみ出しものですが、侘助がすねた態度を見せているのは栄おばあちゃんに気にかけてもらいたいから。愛情の裏返しです。物語が進み、そんな歪んだ愛情が暴走し、一連の事件の発端になったことが分かります。
愛情と憎しみは、背中合わせの一卵性双生児です。愛情の反対は「嫌悪」ではなく、「無関心」だと言うじゃありませんか。栄おばあちゃんの「いちばんいけないのは、お腹が空いていることと、ひとりでいること」という格言が、心にジンジン染み渡ります。
先ほども触れたように『ハウルの動く城』を降板させられた直後の細田監督は、きっと「俺の人生、もう詰んじゃったな」と絶望のどん底だったと思うんですよ。
その後、『サマーウォーズ』で復活を遂げた細田監督は交際していた奥さんの実家のある信州へ結婚のあいさつに向かい、奥さんの親族から大歓迎を受けたそうです。アニメーションの世界とは関係ない人たちからの祝福が、本当にうれしかったんだと思います。
栄おばあちゃんの格言は、ジブリで孤立してしまった際に細田監督が痛感したことでもあるんじゃないでしょうか。
気になる『旅のラゴス』のアニメ化の件
宮崎監督や高畑監督が、アニメーションを日本を代表する一流のエンターテイメントカルチャーに押し上げた功績は揺るぎないものがあります。その一方、人物造形はよくも悪くも、戦争を体験した昭和世代の価値観に基づいたものとなっています。
その点、デジタル世界にも通じた細田監督は、新しい時代の人間関係を描き、身近な社会問題にも斬り込んでくれるのではと期待されています。興収面でも大ヒット作を残すようになった細田監督ですが、『バケモノの子』(2015年)以降は自身で脚本を書くようになっています。
あの黒澤明監督だって、『七人の侍』(1954年)などの傑作は複数の脚本家たちと共作しています。奥寺佐渡子さんも忙しいでしょうが、再度コラボしてもいいんじゃないでしょうか。『ゴジラ-1.0』(2023年)の山崎貴監督にも言えますが、脚本家を入れたほうがキャラクターやドラマ性にもっと深みが出ると思うんですよね。
興収100億円ごえのメガヒット作は、新海誠監督や『鬼滅の刃』の制作会社「ufotable」に任せておけばいいと思います。筒井康隆先生からは『旅のラゴス』の映像化も頼まれていたわけだし、『パプリカ』(2006年)の今敏監督がいない現在、細田監督にしかできないことは多いはずです。
最後に『サマーウォーズ』でとても印象的な、縁側に並ぶ朝顔について。夏の風流さを感じさせる朝顔ですが、花言葉は「淡い恋」「愛情」「団結」だそうです。これって、まさに『サマーウォーズ』のテーマですよねぇ。
文=映画ゾンビ・バブ