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『映画 おっパン』が提示した多様性社会の「本質」 原作編集者の想いと“当事者”のレビュー

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『映画 おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』より
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「2024年日本民間放送連盟賞」テレビドラマ部門で優秀賞を受賞した“おっさんアップデートエンタメ”ドラマの劇場版、『映画 おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』が7月4日から全国公開中。笑いあり涙ありのホームコメディをベースに、さまざまな価値観がやわらかく交わり、互いの理解へと寄り添う人間ドラマが「全員応援したくなる」「娯楽と学びと気付きをくれる」などとSNSでも評判だ。

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 LINEマンガで配信中の原作は、国内累計閲覧数8800万回を記録(2025年7月時点)。お茶をいれてくれない女性部下に「嫁に行きそびれるぞ?」、可愛いもの好きな息子のネイルに「オカマでもあるまいし」と言い放つなど“昭和”な常識で凝り固まったおっさん・沖田誠が、ゲイの大学生・五十嵐大地との出会いをきっかけに自身をアップデートさせていく物語である。

 ユニークなタイトルは、そんな誠が気づきの扉を開けた象徴的なセリフ。どんな趣味や指向も個人の自由だ。たとえるならそれはおっさんのパンツと一緒で、好きなものを穿いていいし、わざわざそれを言う必要もない。それで誰かに迷惑をかけるわけじゃない──。

 キャストは沖田誠役に原田泰造(55)、五十嵐大地役にFANTASTICSの中島颯太(25)を起用。映像化にあたっては、監修として「LGBT総合研究所」創設者・森永貴彦氏が参加した。監修を入れるのは原作側の希望でもあったという。

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『映画 おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』より

あらゆる人のさまざまな“好き”を描く

 昨今、“多様性”を描く作品は珍しくなくなった。むしろ意識して生み出されているといっていい。そうしたなかでこの作品が異彩を放つのは、LGBTQ+に限らず、あらゆる“好き”に対する周囲の反応と個人の葛藤が描かれる点だ。

 映画では、野球好きを封印し、茶道部員として活動する女子高生や、BLの二次創作界隈では有名だが、一次創作が受け入れてもらえない誠の娘など、“その辺の人”が秘める世間とのズレにそっと光があてられる。さらにこの作品の凄みは、女子は高校で野球を続ける環境が整っていないことや、「パートナー」であっても法の壁があることなど、個人の“好き”が社会と折り合う難しさから逃げないことにある。でも、何はともあれ個人が一歩踏み出さないと、大きな価値観も変わらない。

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『映画 おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』より

 2人組原作者・練馬ジムにも固定観念を押し付けられた経験があり、“いろんな「好き」があっていい“という願いを描きたかったという。原作の編集を担当する銀杏社・猿渡幸枝さんに、作品への想いを聞いた。

「最も意識したのは、作り手側の考えの押し付けにならない作品にすることです。どんな人にとっても不快感に繋がらないように、『こういう考え方もあるよね』と思ってもらえるメッセージやキャラ造形を心がけました。そのうえで、マンガとして面白くする展開や見せ方を丁寧に打ち合わせました」(猿渡さん、以下「」内同)

 誠目線で進む物語は、挑戦でもあった。あえて多様性に不寛容なおじさんを主人公に据えた理由の一つを、猿渡さんは「現実的に誠のような人がまだまだ多いと感じるなかで、『いろんな人の引き出しを増やしたい』というテーマがあった」と説明する。

「マンガに大切なのは共感だと思います。大地くんを主人公にすれば当事者の方々の共感は呼べるかもしれないけど、他の人たちには押し付けになりかねない。あくまでもいろんな考え方や、別の視点の提案という形にしたかったんです」

編集者が映画で気づかされたこと

 一見男性向けのギャグ漫画に思える体裁で始まったマンガは、ジワジワと着実に評価を獲得。さらにドラマ、映画と広がることに、原作編集者としてどう思っているのか。

「映像化されたことで、『実は私もです』とお声をいただくことが何度かありました。カミングアウトを推奨するものではもちろんないのですが、個人的な事情を私に対して“ふつうに話せる”気持ちになってくれたことは、作品への信頼を持ってもらえたことの証に思えて、嬉しかったですね」

 連載当初のメイン読者は30代前後の女性で、猿渡さんたちはそれが嬉しい反面、ジレンマでもあったという。本来、誠のような男性を含めて広い層に訴えたいテーマだからだ。それが実写化によって一気に裾野が広がった。猿渡さん自身も“引き出し”が増えたという。

「誠の妻・美香さんが年下の上司から、『人前で褒められるのを嫌がる人がいる』と教えられて驚くシーンがあります。私は嬉しいタイプですが、それはあくまでも自分の感覚。ただ、だからといって褒めてはダメということじゃなくて、その人に合った指導や褒め方があるということですよね。このことは自分の上司とも話題にのぼりました。

 映像表現では俳優さんが視聴者の思考や感情を揺さぶることで、実生活でも議題にしやすいことを感じます。ハッキリとした“正解”を訴えるのではなく、話をしてもらうことが目的なので、映像にしていただけたことでその願いに近づけた気がしています」

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『映画 おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』より

「ゲイでも、他のゲイの気持ちはわからない」

 年間400本以上の新作映画を鑑賞し、ゲイを公にしている映画ライター・よしひろまさみち氏は、原作マンガファンの一人。映画をどう見たか。

「私は誠と同世代の50代ですが、周りには、本当に誠みたいな大人が山ほどいる。アップデートができないのは、自分に成功体験があるからです。『成績向上には残業も当然』とか、『パワハラ指導も必要』とか。そんなの、今の時代に知ったこっちゃないでしょ。そういう人たちが同世代って、絶望ですよ。本来、率先して上の世代が変わらないと時代は変わらないのに」(よしひろ氏、以下「」内同)

 誠のような大人が大事にするのは、「自分」ではなく「世間体」という “マジョリティ”だ。

「マジョリティに入れるものなら入りたい。私も若い頃そうでした。でも結局馴染めず、どこか疎外感を抱く経験は、誰しもが持っていると思うんです。無理をしても自分の居場所が見つからないのは当たり前なんだよね、だって自分は自分なんだから。いろんな人がどこかで味わわされた絶望を丁寧に拾っているのが、この作品の魅力ですね。見る人によって見どころが違ってくる脚本がよくできている。

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『映画 おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』より

 一方で、アップデートしきれてない部分を馬鹿にせず、この人たちはこうだから変わりにくいんだよということを、解像度高く描いているのが素晴らしい。映像化によって、登場人物の視点を“自分ごと”に落とし込める人は多いのでは。その意味で、実写の意義は大きいと思います」

 そんなよしひろ氏自身は、「誠目線」なのだという。

「ゲイならゲイの人の気持ちがわかるのかって、全然わかんないですよ。『女性だったら、ギャルの気持ちわかるでしょ』と言ってんのと一緒。知らんよ、そんなん(笑)。

誠はかつて傷つけた人と向き合って『わからなかった』と吐露し、理解し、謝罪をする。現実には、なかなかできることではないですよね。私も『やっちゃったな』という後悔が山のようにあるけれど、恥ずかしくて蓋を開けらんない。ただ誠が地雷を踏むことで、自分も地雷を踏んでいたのではないかと考えさせられる瞬間があります。

攻撃するのは、自分が“世間”から外れるのが不安だから。でも自分が傷つきたくなかったら、他者も傷つけない方が絶対いいですよね。憎悪は何も生まないので、面倒くさがらずに目の前の人を見ようということ。たとえば『俺ゲイの友達、レズビアンの友達いるから』って“理解者”のフリをする人がいちばん危険。友達は友達でしょ。全体じゃないよね」

 パンツ選びは人それぞれ。自分の好みが凝縮するパンツというキーワードは、他者にもまた「自分」があることを浮かび上がらせる。

『この世界の片隅に』終戦80年上映

(構成・取材=吉河未布 文=町田シブヤ)

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『映画 おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』より

『映画 おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
7月4日(金)より全国ロードショー/絶賛上映中
©練馬ジム | LINEマンガ・2025 映画「おっパン」製作委員会
配給:ギャガ

町田シブヤ

1994年9月26日生まれ。お笑い芸人のYouTubeチャンネルを回遊するのが日課。現在部屋に本棚がないため、本に埋もれて生活している。家系ラーメンの好みは味ふつう・カタメ・アブラ多め。東京都町田市に住んでいた。

X:@machida_US

最終更新:2025/08/09 18:00