邦画ヒットのウラで加速する洋画離れ 本国でメガヒット『スーパーマン』日本公開3週目で圏外に…

現在日本では、日本最速の8日間で興収100億円を突破した『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』が歴代興収を塗り替える勢い。実写映画では、2人の歌舞伎役者が“血”と“芸”の間で揺れながら人間国宝を志す半生を描いた『国宝』が公開59日間で興収85億円を突破(8月3日時点)。令和の実写邦画第1位『キングダム 大将軍の帰還』(2024年、興収80.3億円)を超えるなど“国産”が賑わう裏で、ひっそりと“洋画離れ”が進んでいる。
たとえば今夏は、マーベル・シネマティック・ユニバースの最新作『ファンタスティック4:ファースト・ステップ(F4)』(7月25日、日米同時)や、DCユニバース待望の第1作『スーパーマン』(7月11日、日米同時)が公開。『F4』は北米市場の興行収入で初週1億1800万ドル(約174億)を記録、スーパーマンも7月19日時点で北米興収2億ドル(約298億円)を突破するなど、全米が沸き立っている。アメリカでは『鬼滅』以上のメガヒット作が同時に2本も上映されているという凄まじい盛り上がり方を見せているのだ。
一方で、いずれも日本ではいまひとつ盛り上がりに欠ける。ファンは鬼滅の勢いに押されていることを嘆くが、現実的には『スーパーマン』は公開3週目にして週末観客動員数のトップ10圏外へ……。日米映画市場のギャップが浮き彫りとなっているのだ。
映画は好調なのに… 進みつつある“洋画離れ”
近年、映画館において顕著に日本人の洋画離れが進んでいる。一般社団法人日本映画製作者連盟によると、国内興行収入における洋画のシェア率は2002年の72.9%(洋画興収1400億円、邦画興収532億円)をピークに急激に減少。コロナ禍の2020年を境として、ここ5年は20%〜30%を推移し、2024年は24.7%(洋画興収511億、邦画興収1558億円)と低空飛行だ。
なお、映画全体の動員観客数でみると、2002年の約1億6007万人に対して2024年は約1億4444万人とわずかな減少に留まっている。つまり映画館に行く人の数はあまり変わっていないということであり、洋画を見に行く人の割合が低下していることがうかがえる。
洋画離れは、地上波でも同様だ。かつては各局に洋画の放送枠が存在していたが、1968年に開始した『木曜洋画劇場』(テレビ東京)が2009年に終了。2013年には1967年スタートの『日曜洋画劇場』(テレビ朝日)が洋画中心の放送を終了、『日曜エンターテイメント』と名前を変えてリニューアルし、邦画を中心に放送に切り替えたものの、こちらも2017年に終了している。
地上波が洋画に触れる機会を減らしてきた歴史を、元テレビ朝日社員で、業界歴30年以上のテレビプロデューサー・鎮目博道氏が振り返る。
“放映権”を巡るテレビ局のジレンマ
前出『日曜洋画劇場』は後続番組『日曜エンタ』も含めると、約50年の歴史を持つ長寿番組だった。リニューアル前までは日曜日の21時から23時前後のゴールデンタイムに放送され、映画評論家・淀川長治氏の独特な解説も人気を博した。最高視聴率は1983年10月9日放送の『スーパーマン(1979年版)』で32.1%。かつては“休日の最後に洋画を観る”時間がお茶の間の定番だったのだ。
鎮目氏曰く「もともと映画はゴールデンタイムに強いコンテンツ」。本来お金を払わなくてはならない、あるいは普段なかなか見られない映画を無料で見られるのだから、家族はテレビの前に集合した。特に壮大なスケールで撮影された洋画は人気で、話題作を“地上波初公開”とでも銘打てば高視聴率が望めたというが、その人気も徐々に下火になる。最初のキッカケは“レンタルビデオ(VHS)”の普及だ。
「当時、セル用のVHSは高くて1万円ほどもした“高級品”でした。ゆえに、日本では80年代から90年代にかけて蔦屋書店(TSUTAYA)を筆頭にさまざまな企業がレンタルビデオサービスに参入。好きな時間に好きな作品が安価で見られるとあって、一気に普及しました」(鎮目氏、以下「」内同)
さらに2000年代中盤には動画配信サービスが登場し、コロナ禍を機にすっかり一般的になった。長時間視聴者をテレビ画面の前に縛り付けるコンテンツが、いよいよライフスタイルに合わなくなってきたのだ。視聴率低下にあえぐ局にとって、なかでも洋画は“コスパの悪い”商品に立ち位置を変えていく。
「テレビ局が映画の放映権を購入する場合、大ヒット作とマニアックなB級映画の放映権をセット販売されるのが一般的なんです。昔はよく深夜や平日の昼などに、日本では知名度の低い洋画が放送されていたのですが、実はあれは、そうした“大人の事情”で局が買わざるを得なかった映画を流していたわけですね。
しかし昨今は、大ヒット洋画でもそれほど高い視聴率を見込めないうえ、深夜の時間帯はバラエティやドラマ、アニメなど“局のチャレンジ枠”としてもっと有効活用できるという考え。ヒットコンテンツも“その他”のコンテンツも、局にとってはムダが多いというわけで、洋画の放映権を購入するメリットが薄まってきたという台所事情があります」
テレビ局の“映画ビジネス”による弊害
一方で、テレビ局が力を入れ始めたのは“映画ビジネス”だった。局が、東宝などの映画会社主導の製作委員会に参加することで“邦画量産体制”が生まれ、洋画の距離はさらに開いていく。
「製作委員会にテレビ局が入ると、双方都合がいい。局の放送網で映画の宣伝ができるし、放送すれば製作委員会の収入になる。局側は映画と連動型のスピンオフドラマを制作したり、自局のバラエティ番組に出演者を招いたりできる。“Win-Win”です。
そもそも今の映画界は、制作費を劇場だけで回収せず、配信や2次使用料など、あらゆる窓口から利益をかき集めて儲けを出すことが意識されます。もはやテレビ局が邦画を制作する会社の一つになっているので、よけいに自局で洋画を放送する理由がないという現状があります」
シネコンも“薄利多売”に傾倒
かたや映画館も同様の流れを辿っていく。鎮目氏は「シネコンによる影響も多大にある」と指摘。安全に利益を出すために、予算規模が大きく使用料が高い映画で“ギャンブル”をするよりも、中〜小規模でもヒットした邦画をとにかく回す戦略をとっているというのだ。そして、(ハリウッドに比べれば)予算の少ない邦画を制作するにあたり、日本のテレビ局は「フィット」するという。
「映画作りのスキルはさておき、限られた予算で“そこそこヒットする”番組を作ることに慣れているテレビマンは、今の日本の映画界において重宝される。ヒットを飛ばす監督さんも増えています。『踊る大捜査線』シリーズや『ブレイブ 群青戦記』の本広克行監督、『花束みたいな恋をした』の土井裕泰監督は、テレビ出身の代表的な映画監督さんです」
結果として、完全に『洋画は配信で見るもの』という時代が到来しつつある。
「気軽な娯楽としてテレビしかなかった時代は、好む・好まざるにかかわらず、洋画の“ファーストコンタクト”の場としてテレビが機能していました。それが失われているということは、洋画に親しむ原体験を得る機会がないということでもある。現にNetflixやAmazonプライムビデオのランキング上位は『東京MER』のようなドラマの劇場版やアニメが占めています。超大作は別として、ほとんどの洋画は“映画好き”にしか見られなくなってしまっています」
鎮目氏は「テレビ局が邦画ビジネスに組み込まれすぎたのは、洋画離れを招いた大きな原因の1つと言えます」と語る。世界的に評価される映画でさえ、日本ではごく一部のファンの目にしか止まらない──その状況は、日本映画界にとってさまざまな問題をはらんでいる。
(取材・構成=吉河未布 文=町田シブヤ)