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確率と再現性を積み上げる「シーズンの長期戦」と1球で勝敗が動く瞬間勝負の「短期決戦」――野球を分ける“戦い方”の違い

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確率と再現性を積み上げる「シーズンの長期戦」と1球で勝敗が動く瞬間勝負の「短期決戦」――野球を分ける“戦い方”の違いの画像1
プレーオフのフィリーズ戦に登板したドジャースの大谷翔平(写真:GettyImagesより)

 野球は同じルールで成り立っていても、「長期戦」と「短期決戦」ではまったく異なる世界が広がっている。

 ペナントレースのような長期戦は“勝率を積み上げる設計”、ポストシーズンや国際大会のような短期決戦は“1球で勝敗が動く設計”だ。

 言い換えれば、前者は「持続的な最適化の戦い」、後者は「瞬間の最適解を掴む戦い」である。

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長期戦――確率と再現性を積み上げる野球

 長期戦において重要なのは、チーム全体で勝率をどう積み上げていくかだ。シーズン143試合を戦う日本のプロ野球や、162試合を消化するメジャーリーグでは、短期的な勢いや感情に左右されず、再現性の高い勝ち筋を構築することが求められる。

 投手運用はその最たる例だ。ローテーションを守りながら疲労をコントロールし、年間を通じて安定したパフォーマンスを維持する。打線も「固定」と「流動」のバランスを取り、チーム全体の得点効率を最大化する。

 この段階での監督の采配は、いわば“確率のマネジメント”。勝敗を左右するのは、個々の勘ではなく、膨大なデータと検証の積み重ねである。つまり、長期戦とは“偶然を減らす戦い”だ。一瞬の勝負勘よりも、シーズンを通して「何度やっても勝てるパターン」を増やすことが重視される。

 チームの総合力、戦力の厚み、日々の習慣やルーティン。それらを積み重ねた先に、ペナントの結果は現れる。

短期決戦――1球で勝敗が動く、瞬間勝負の野球

 一方で、ポストシーズンやWBCのような短期決戦は、まったく異なる設計思想のもとにある。ここでは「確率」ではなく「一瞬の判断」が勝敗を左右する。どれほどシーズンで安定していたチームでも、シリーズの数試合で流れを失えば、すぐに追い詰められる。一つの四球、一球の選択、一度の走塁判断――。それらが勝敗を分ける。

 短期決戦では、監督の采配に“感覚”と“適応力”が求められる。相手が予想外の仕掛けをしてきたとき、セオリーを貫くのか、思い切って裏をかくのか。データだけでは説明できない「流れ」や「空気感」を読む力が問われるのだ。

 このステージでは、“総力戦”が前提となる。先発・中継ぎ・抑えという枠組みすら曖昧になり、すべての戦力が「今、この瞬間」に集約される。

勝負どころの総力戦の象徴――ドジャースやWBCで見られた役割の解体

 今シーズン終盤、ドジャースが見せたのはその極致だ。2025年のシーズン終盤からポストシーズンにかけ、チームは不安定なリリーフ陣の改善を目指し、佐々木朗希を守護神として起用した。

 もともと先発だった投手が出力を上げてリリーフで起用されるのは、シーズンの勝負どころや短期決戦ではむしろ合理的だ。

 1球で流れを変えるために、最も状態のいい投手を一点投入する。それが「勝率」ではなく「勝利そのもの」を取りにいく設計である。

 世界一に輝いた2023年のWBCでも同様だった。普段は先発の大谷翔平やダルビッシュ有をリリーフで“総動員”し、決勝戦を制した。準決勝で山本由伸を第二先発としてリリーフ起用したのもその一環だ。この「役割の解体」こそ、短期決戦における最大の合理性であり、理論を超えた判断力の表れである。

 NPBでも競り合いが続けば、先発・中継ぎ・抑えという線引きは薄れ、「今日の27アウト」に最も寄与する投手から逆算して並べ替える。短期戦では“誰がやるか”ではなく、“今勝ちに直結するのは誰か”で決まる。

長期と短期をつなぐ2つの思考

 長期戦では仕組みで勝ち、短期決戦では決断で勝つ。日常は勝率の微差を重ね、非日常では役割を解体して総力を一点に集める。“再現性の野球”と“流れの野球”は相反するようでいて、実は補完関係にある。

 長期戦で磨いた再現性が、短期決戦での判断の自信を生み、短期で培った経験が長期のプランを柔軟にする。どちらも、長期戦の理性と短期決戦の本能の交差点に立っている。

 野球の面白さは、この“設計と本能の交差点”にある。長期戦がチームの骨格をつくり、短期決戦がその血を通わせる。データと感覚、再現性と適応力──。その両輪が噛み合ったとき、チームは真に強くなる。

 NPBでもポストシーズンが始まるため、こうした起用法などに注目していきたい。

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(文=ゴジキ)

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ゴジキ

野球著作家・評論家。これまでに『巨人軍解体新書』(光文社新書)や『戦略で読む高校野球』(集英社新書)、『甲子園強豪校の監督術』(小学館クリエイティブ)などを出版。「ゴジキの巨人軍解体新書」や「データで読む高校野球 2022」、「ゴジキの新・野球論」を過去に連載。週刊プレイボーイやスポーツ報知、女性セブン、日刊SPA!、プレジデントオンラインなどメディアの寄稿・取材も多数。Yahoo!ニュース公式コメンテーターにも選出。

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ゴジキ
最終更新:2025/10/09 22:00