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『金ロー』を独自視点からチェックする!【56】

「白いスピルバーグ」の代表作『E.T.』放映 その後は「黒スピ」化したハリウッドの巨匠

「白いスピルバーグ」の代表作『E.T.』放映 その後は「黒スピ」化したハリウッドの巨匠の画像1
映画『E.T.』より(写真:GettyImagesより)

「E.T. phone home」

 世界的な大ヒット作となったスティーヴン・スピルバーグ監督のファンタジー映画『E.T.』(1982年)で、宇宙人の「E.T.」がつぶやく有名な台詞です。地球に取り残された宇宙人(Extra-Terrestrial)と子どもたちとのハートウォーミングな交流が描かれ、日本でも興収135億円という驚異的な数字を残しました。

ハリウッドの巨匠は「人間」を描くのが苦手?

 主人公のエリオット少年がE.T. を乗せたマウンテンバイクで空を翔るシーンや、ジョン・ウィリアムズの美しいテーマ曲が忘れられない人も多いのではないでしょうか。お色気アクション映画『チャーリーズ・エンジェル』(2000年)のドリュー・バリモアが、主人公の妹役で出演していたことも懐かしく思い出されます。

 自身の少年時代を投影した『E.T. 』を撮ったスピルバーグ監督は、前年には『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(1981年)も大人気を博し、ハリウッドのヒットメーカーの地位を不動のものにしています。

 10月10日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)は、5年ぶりとなる『E.T. 』が放映されます。夜9時30分からのオンエアなので、要注意です。「白いスピルバーグ」の代表作とされる『E.T. 』は、何がすごかったのかを振り返ります。

キモかった宇宙人が、だんだんかわいく思えてくる不思議さ

 舞台となるのは米国の郊外の住宅地。10歳の少年・エリオット(ヘンリー・トーマス)は、母、兄、妹との4人暮らし。父親は愛人と一緒にメキシコへ行っており、そのことが一家に暗い影を落としています。そんな折、繊細な心を持つエリオットが出会うのが、遠い宇宙からやってきた小柄な宇宙人でした。

 宇宙船に取り残されてしまった、かなりおっとりした宇宙人を、エリオットは「E.T.」 と呼びます。最初は言葉が通じなかったエリオットとE.T. ですが、孤独な心を抱えた者同士は次第に仲良くなります。妹のガーティ(ドリュー・バリモア)、兄のマイケル(ロバート・マクノートン)と協力し、E.T. を仲間のもとに帰すために奮闘します。

 エリオットとE.T. が仲良くなるきっかけはチョコレート菓子だったりと、文化も言語もまったく異なる両者が触れ合う様子を、スピルバーグ監督は丁寧に演出しています。最初は不気味でキモかった宇宙人のE.T. が、エリオットたちと親しくなるにつれ、次第にかわいく思えてくるから不思議です。

 E.T. は一種の「難民」です。高市早苗が自民党の新総裁に選ばれたタイミングで『E.T. 』を放映するのは、単なる偶然でしょうか。それとも『金ロー』の編成担当者の意図的なものでしょうか。思わず深読みしたくなるのは自分だけでしょうか。

日米で次々とヒットした「サバービア映画」

 主人公のエリオットは、スピルバーグ監督自身であることが知られています。父親はあまり家におらず、学習障害に悩み、孤独な少年時代をスピルバーグ監督は過ごしたそうです。

 物語の舞台が郊外(suburb)という設定も重要です。一見すると平凡で、平穏そうな中流階級の住宅街を舞台にした「サバービア映画」が1980年代~90年代に次々と公開されました。デヴィッド・リンチ監督の変態系サスペンス『ブルーベルベット』(1986年)、ティム・バートン監督の恋愛ファンタジー『シザーハンズ』(1990年)も、サバービア映画の傑作です。『E.T. 』はサバービア映画の先駆作でもあるのです。

 日本でこのサバービアの概念を、うまく翻訳してみせたのが宮崎駿監督の劇場アニメ『となりのトトロ』(1989年)でした。都会と自然との境界線上にある郊外の集落で暮らすサツキとメイの幼い姉妹は、森で不思議な妖精と出会い、交流することになります。サツキとメイは母親が入院しており、寂しい日々を過ごしていました。そうした子どもたちの不満や孤独感が、異界の奇妙な友達を招き寄せたわけです。

 スピルバーグ監督の『E.T.』と宮崎駿監督の『となりのトトロ』は、どちらも大人たちが不在の物語であり、作品構造がとてもよく似ています。

「白いスピルバーグ」と「黒いスピルバーグ」

 それまでのSF映画では、宇宙人=侵略者として描かれることが圧倒的に多かったわけですが、スピルバーグ監督は『未知との遭遇』(1977年)に続き、『E.T.』にも心優しい宇宙人を登場させ、劇場を感涙の渦に巻き込みました。久しぶりに観て、感動を新たにした人がいる一方で、「アレ、子どものころに観たときほど感動しなくなったな」と感じた人もいるのではないでしょうか。多分、その人は身も心もすっかり大人になったんだと思います。

 そのことはスピルバーグ監督自身にも言えることです。『未知との遭遇』『E.T.』で宇宙人との友好的な交流を描き、作家性を確立したスピルバーグ監督ですが、その後はファンを裏切るような作品を撮っています。

 トム・クルーズ主演のSF大作『宇宙戦争』(2005年)では、H・G・ウェルズの古典的SF小説を原作に、人類を殺戮する凶悪宇宙人を登場させ、必死に抵抗する人類側のパニックドラマに仕立てています。

 映画評論家の蓮實重彦氏は、「白いスピルバーグ」と「黒いスピルバーグ」がいると評しています。さしずめ、『E.T.』は白スピ、『宇宙戦争』は黒スピの代表作というところでしょう。

難民映画として観れば『宇宙戦争』は優れているが……

 もちろん、『宇宙戦争』を米国人が「難民化」するSFドラマとして観れば優れた作品かもしれませんが、『未知との遭遇』や『E.T.』に感動したファンは「はぁ?」と思ってしまうわけです。あのとき、映画館で流した俺の涙を返してくれよと。

 映画監督としての大成功を手に入れたスピルバーグ監督ですが、その後は離婚と再婚、ドリームワークス社の経営などで大変だったのでしょう。また、映像作家としてサバイバルを続けるのなら、作風を変えていく必要があることも分かります。

 でも、それが大人になるということなら、一抹の寂しさを覚えるわけです。かつてはエリオット少年だったスピルバーグが、家を出ていった父親になってしまったということなんでしょうね。

 E.T.がつぶやいた台詞「E.T. phone home」は、はたして今のスピルバーグの耳には聴こえているのでしょうか。E.T.と一緒に、空を翔んでいたころが懐かしく感じられます。

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(文=映画ゾンビ・バブ)

映画ゾンビ・バブ

映画ゾンビ・バブ(映画ウォッチャー)。映画館やレンタルビデオ店の処分DVDコーナーを徘徊する映画依存症のアンデッド。

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最終更新:2025/10/10 12:00