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『金ロー』を独自視点からチェックする!【60】

細田守監督の現時点でのベスト作はこれだ! 亡き母に捧げた『おおかみこどもの雨と雪』

細田守監督の現時点でのベスト作はこれだ! 亡き母に捧げた『おおかみこどもの雨と雪』の画像1
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 細田守監督の最新劇場アニメ『果てしなきスカーレット』が11月21日(金)から公開されるということで、11月の『金ロー』は「細田守強化月間」となっています。11月7日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)は、興収42.2億円の大ヒットとなった『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)がオンエアされます。放送時間を30分延長しての本編ノーカット放映です。

宮崎駿監督の「声優」を使わない問題

 ポスト宮崎駿と称されてきた細田監督ですが、今年で58歳になります。還暦カウントダウンですね。とはいえ、宮崎駿監督が『もののけ姫』(1997年)を撮ったのが56歳のときなので、アニメーション監督として細田監督も円熟期にあるのではないでしょうか。

 そんな細田監督にとって、作家性とエンタメ性とのバランスがうまく保たれたのが『おおかみこども』です。細田作品のベストに推す声の多い『おおかみこども』の見どころを紹介します。

シングルマザーの13年に及ぶ大河ドラマ

 たびたび『金ロー』で放映される細田監督の人気作『サマーウォーズ』(2009年)は夏休みの数日間を濃厚に描いた物語でしたが、『おおかみこども』は主人公親子の13年間を描いたちょっとした大河ドラマとなっています。

 物語の序盤は、東京都西郊外にある国立市が舞台です。一橋大学をモデルにした国立大学に、花(CV:宮崎あおい)は通っています。両親に先立たれた花は、アルバイトを掛け持ちしながら、古いアパートで質素に暮らしています。

 大学の講義を真面目に受けていた花でしたが、途中で休学、やがて退学することになります。講義で見かけた彼(CV:大沢たかお)が教科書を持っていなかったことから、花が「一緒に見ませんか」と声を掛けたことがきっかけでした。彼は正規の大学生ではありませんでしたが、2人の交際が始まります。

 JR国立駅南口にある老舗の洋菓子店「白十字」の前で、2人はいつも待ち合わせしていました。美味しいケーキで有名なお店ですが、お互いにビンボーなので、お店の喫茶コーナーを利用することはありません。その日もずいぶんお店の前で待たされた花ですが、夜になって現れた彼はカミングアウトします。彼は日本最後の狼の血を受け継ぐ「おおかみおとこ」だったのです。

 花もなかなかアグレッシブです。彼が「おおかみおとこ」であることを受け入れ、2人はベッドイン。花は彼の子どもを身ごもり、長女の雪に続き、弟の雨が生まれることになります。

 幸せな時間は束の間でした。おおかみお父さんは、事故であっけなく亡くなります。残された花は大学卒業を断念し、シングルマザーとして雪と雨を育てることを決意するのでした。

ケモナーの心をくすぐる子育てシーン

 シングルマザーとして子どもたちを育てるだけで超大変なわけですが、子どもたちは「おおかみこども」なので、花は気が休まる暇がありません。普段は人間の子どもの姿をしている雪と雨ですが、感情が昂ぶるとすぐに狼に変身して暴れ回るのです。

 ケモナーとして知られる細田監督ならではの演出が楽しめます。育児中の親にとって、子どもたちはモンスター同然なのでしょう。子育てに追われる母親のしんどさが、アニメーション表現によってコミカルに描かれていきます。

 物語中盤からは、細田監督の故郷である富山を思わせる山村にある古民家が舞台となります。大自然の中で雪と雨を育て、人間として生きていくのか、それとも野生の世界で生きていくのかを、それぞれ本人たちに選ばせようと花は考えます。

 小学校に入り、他の子たちと触れ合っていく中で、雪(CV:黒木華)と雨(CV:西井幸人)はそれぞれ異なる道を歩み始めることになります。

日テレが支援する、もうひとつの「スタジオジブリ」

 前作『サマーウォーズ』(2009年)が興収16.5億円のスマッシュヒット作となったことから、細田監督は「マッドハウス」の齋藤優一郎プロデューサーと再び組み、新会社「スタジオ地図」を立ち上げます。『おおかみこども』を製作することを目的としたスタジオでした。

 宮崎駿監督と高畑勲監督に新作アニメを撮らせるために、「スタジオジブリ」ができたのと同じような経緯です。「スタジオジブリ」は徳間書店がサポートする形で始まったわけですが、「スタジオ地図」は日本テレビが支援しています。言ってみれば、日テレ版ジブリが「スタジオ地図」なのでしょう。

 細田監督にはこれからも大ヒットを生み出して欲しいという日テレの強い気持ちが、『金ロー』での4週連続にわたる細田監督作品の編成から伝わってきます。

細田監督の人生を決定づけた母親の存在

 日テレの思惑はさておき、細田監督にとって『おおかみこども』はとてもプライベートな作品でもあるようです。『サマーウォーズ』は細田監督が奥さんの実家を結婚のあいさつに訪ねた体験がモチーフとなっていることが知られています。『おおかみこども』の場合は、細田監督の母親がモチーフとなっています。

 細田監督のお母さんは、『サマーウォーズ』の完成直前に亡くなっています。闘病中だったお母さんの介護をするか、アニメーションの仕事を続けるかで、細田監督は大いに悩んだそうです。結果、細田監督はアニメーションを選んでいます。

 幼いころの細田監督はコミュ障だったのですが、お母さんに見せられた1本のアニメがきっかけで人生が大きく変わりました。お母さんが見せたのは、宮崎駿監督の『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)でした。以降、細田監督はアニメの世界に夢中になり、その道を極めることになったのです。

 感謝しても感謝しきれないお母さんへの想いと、闘病中に介護できなかったことへの懺悔の気持ちが渾然一体化して、『おおかみこども』というファンタジー作品になったようです。

男性監督が描く母親は「聖女」化してしまいがち

 宮崎駿監督は『風の谷のナウシカ』(1984年)の制作中に母親が亡くなり、次作『天空の城ラピュタ』(1986年)に母親をモデルにした空中海賊ドーラを登場させ、さらにオスカー受賞作『君たちはどう生きるか』(2023年)では若き日の母親をまるで初恋の人のように描いています。

 男性が母親を描くと、どうも「聖女」化してしまう傾向があるようです。『おおかみこども』が過去に『金ロー』で放映された際には「畑仕事、子育てはそんな甘いもんじゃない」という辛らつな声をネット上で見かけましたが、そこはファンタジーアニメということで優しい目で見てあげてください。

 父親の手で育てられた花は、「笑っていれば、どうにかなる」と教えられたという設定です。花は困ったときも、つらいときも、無理をして笑っています。逆に、花の笑顔は痛々しくさえ感じられます。父親の教えを、ひとつ覚えのように守り続けているわけです。

 そんな花が山村に引っ越し、初めて雪が降った朝、大はしゃぎする子どもたちと一緒になって真っ白に雪が積もった山林を駆け降りていきます。このときの花は「作り笑い」ではなく、子どもたちを両脇に抱え、心の底から大笑いしています。曇りひとつない、満面の笑みとなっています。

 しんどい人生でも、こんな輝くような瞬間があるから生きていけるのかもしれません。子どもたちだけでなく、大人の花も親として悩みながら成長していることが分かります。

 このシーンに感動して、パートナーに対してや職場で「君の笑っている顔が好きだ」「いつも笑顔を絶やさないように」などと口にすると、セクハラやパワハラになりかねないので要注意です。

オリジナルを撮り続ける必然性はあるのか?

 興行的に成功し、作品の評価も高かった『おおかみこども』ですが、細田監督は『バケモノの子』(2015年)で興収58.5億円、『竜とそばかすの姫』(2021年)で66億円と、ますます大ヒット作を放つようになっていきます。

 でもねぇ、細田監督が本当に撮りたかったものって、『おおかみこども』までに描き切ったように感じてしまうんですよねぇ。脚本家の奥寺佐渡子さんとのタッグも『おおかみこども』で解消したこともあって、以降の作品は登場人物の造形が記号化してしまっているように思えてしまうんですよ。

 無理にオリジナル作品にこだわらなくても、筒井康隆原作のSF小説とか、細田監督に撮ってほしい作品はいろいろあるんじゃないでしょうか。『旅のラゴス』とか『残像に口紅を』あたりのアニメ化も、マジで考えてほしいところです。

細田守監督は「ジブリ」を超えたか?

(文=映画ゾンビ・バブ)

映画ゾンビ・バブ

映画ゾンビ・バブ(映画ウォッチャー)。映画館やレンタルビデオ店の処分DVDコーナーを徘徊する映画依存症のアンデッド。

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最終更新:2025/11/07 12:00