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日本初の女性総理・高市政権誕生で映画『総理の夫』に再注目 賛否両論のラストが示した政治エンタメの“役割”と“限界”

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高市早苗内閣総理大臣(写真:Getty Imagesより)

 自民党の高市早苗総裁が2025年10月21日、第104代内閣総理大臣に指名され、活動を本格化させている。内閣制度140年の歴史で女性総理は初。1999年からの自公連立政権にも終止符が打たれ、自民党は新たに日本維新の会と連立政権を発足するなど、日本の歴史が大きく動いている。

1年越しの話題化はなぜ生まれたか

 女性初の総理といえば、映画『総理の夫』(2021)で取り上げられた題材だ。妻の相馬凛子(中谷美紀)が日本初の女性総理大臣となったことで、“ファーストジェントルマン”として日本中から担ぎ上げられる羽目となった鳥類学者・相馬日和(田中圭)のてんやわんやな日々を描いたコメディ劇。高市総理の誕生によって、夫で元衆院議員の山本拓氏が注目される今を予言していたかのようなテーマだが、映画で描かれた“女性総理の生活”、そしてその“夫”とは――。

政界の激動時代に生み出された原作

 原作は原田マハ氏による同名小説で、「月刊ジェイ・ノベル」(実業之日本社)にて2011年4月号から2013年4月号にかけて連載された。スタート時は民主党政権時代で、凛子が少数野党の党首から総理にのぼりつめたという設定は、当時の実情がうっすら反映されているともいえる。また、映画が公開された2021年9月23日は、第27代自民党総裁戦の真っ只中。結果的に岸田文雄元総理が選出されたが、高市氏や野田聖子氏も立候補しており、女性総理誕生の可能性が取り沙汰されていた頃だった。

 政界激動のさなかに生み出された本作が描いたこと、そして世間に示したものは何だったのか。いま再注目される本作を通じ、邦画と政治の相関を映画評論家・前田有一氏が解説する。

「政治」面ではツッコミどころ満載

 題材だけを抜き取れば、「日本初の女性総理誕生」「ファーストジェントルマンの役割」というテーマは、かなり“社会派”に見える。しかし政治の課題や、国家のリーダーの在り方などを問うストーリーが展開される内容かと思いきや、本作はあくまでもエンタメ的な側面が強く、政治をからめて俯瞰するとツッコミどころは満載だ。

「消費税増税法案とか、それらしい単語が出てきても具体的には何も動かないし、凛子が政治家として有能かどうかの説得力はないままに、市民から“追っかけ”ができるほどの人気を得る。日和が“総理の夫”としての生活を意識している様子もうかがえず、多少ハニートラップを仕掛けられて自覚が足りない、というくだりがある程度。どちらかといえば夫が妻のやりたいことを応援し、妻も夫の存在に救われることがあるという、夫婦愛を描く内容です。

 ただ、小説が発表された2011年も映画が公開された2021年も、政治が激しく動いていた時期で、世間には長年の政治に対する不信感から『クリーンな政治家が出てきて、何らかの風穴をあけてほしい』という閉塞感があったのは確か。映画では、そうした最大公約数的な希望を描きたかったのでは」(前田氏、以下同)

 本作のメガホンを取った河合勇人氏は、『チア☆ダン 女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話』(2017)や『かぐや様は告らせたい 天才たちの恋愛頭脳戦』(2019)などを手掛けてきた監督。エンタメ畑では高い評価を受けている。

「ヒット作をきちんと世に送り出してきた監督だけあって、技術面は安定。首相公邸の内部は資料が限られていますし、国会の質疑応答など、リアリティの演出には苦労したかと思いますが、カメラワークや演出の作り込みでメリハリは工夫されていました」

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「『女性』、『女性』って失礼」というセリフの真意

 ライトなエンタメ作品として、総理を演じた中谷の配役はどうだったか。

「中谷さんには、媚びない強さと優しさを両立させ、男社会でもどんと構えて立っていられる説得力があり、それでいて可愛らしさもある。政界に立ち向かう賢さと夫婦愛というプライベート部分を上手に両立させられる女優としては、よかったのではないかと思います」

 作中には「まったく、誰も彼も『女性』、『女性』って失礼よね」という凛子のセリフがある。それに対して夫の日和は「僕は、“女性が総理になった”とは思わないけどね。だって、凛子が総理大臣になったのは必然でしょ? でも凛子は男性じゃなかった。それはただの偶然」と返す。この凛子のビジョンは、高市総理に通ずるという――前田氏が2021年の総裁選後、元総務大臣だった高市氏と話した時のことを述懐する。

「偶然、勉強会で高市さんに会ったことがあります。ちょうどこの映画が公開中だったこともあってか、高市さんの元には実社会での女性総理を期待する声が寄せられていたようです。ただ高市さんは、凛子同様、“女性初の総理”というフレーズは好きじゃないと。“女性枠”のように、特別視されるのは悔しいということを言っていましたよ。たしかに本質的には、仕事ができる人がたまたま女性だったというだけの話。その意味で、わざわざ“女性初”と銘打たれるのは、政界がいかに男社会かという証左でもあります」

 夫・日和を演じたのは田中圭。「働く女性と暮らす夫」の在り方を示すキャラとしては、「ある意味理想的なのでは」と前田氏は言う。

「自分は学者で、政治のことは全然わからないけど、妻の活動を否定せず、嫉妬もしない。ただただ静かに見守り、説教くさいことも言わず、出世とは無縁の世界で鳥を追いかけている。そうした軸のブレなさは、働く女性にとって安心する材料でもあると思います」

 なお日本初の「ファーストジェントルマン」になった山本拓氏は、高市総理が就任した直後の取材で「日本ではあまりパートナーは目立たない方がいい。私の存在が障害にならないように『ステルス旦那』として、しっかりとサポートをしていきたい」と述べている。

論議を呼んだ「総理を辞める」というジャッジ

 あくまでも表面的といえど、現実と呼応するような展開と理想像を描く本作のハイライトは、就任直後、凛子の妊娠が発覚してからだ。「仕事も新しい命も、絶対に諦めない」としていた凛子だが、過度な労働がたたって切迫流産の危機に追い込まれてしまう。その結果、自らの意思で辞任を決意するのだが、この判断は“ちゃぶ台返し”にも思え、議論の的となった。

「原作では、一度辞意を固めるところまでは映画と同じですが、お義母さんの言葉を受け止めて撤回するという流れ。明言はされないものの、凛子は総理大臣を続けることがにおわせられます。それを一旦『辞任』させた映画での改変には、それまで凛子が頑張ってきたことを台無しにするのでは……と残念がる声も上がりました」

 もちろん“辞めざるを得ない”現実があることを描いた、という見方もできる。しかし、非現実的だとしても“理想”を描くという流れがあったなかで、急にリアリティっぽさに寄ることに、違和感を抱く人は多かったものだ。

結局、真正面からは「政治」を描かない日本の“忖度”

 ところで、政治の題材を扱いながらも“夫婦愛”や“家族”の物語に着地するのは、「邦画の特徴」だと前田氏は指摘する。

「政治を扱う作品を作るのは、日本ではなかなか難しい。独立系では、メッセージ性が強い映画や、ドキュメンタリー系として政治に触れる作品があるものの、東宝や松竹などのメジャーな配給会社が関わる場合、正面切っての内容は生まれづらい。仮に政治をテーマに据えるとしても『もしも徳川家康が総理大臣になったら』(2024)のように、エンタメや娯楽にフォーカスしたテイストになりがちです」

 他方、海外に目を向ければ、娯楽作品が当たり前のように社会問題や政治ネタを含んでいる。

「たとえば洋画では、エンタメの中で社会問題や政治問題を風刺するのも常套手段。そもそも制作のスタンスとして、単純な面白さと同列に『言いたいことを込める』のも重要とされています」

 全米興行収入ランキング上位の作品も、社会風刺的なメッセージを含む作品は多い。歴代興収2位の『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)を代表する「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」シリーズでは、国家間の紛争を題材としたストーリーや政治的な思惑に立ち向かうヒーローたちが幾度となく描かれる。また、歴代興収4位の『アバター』(2009)も、人間の資源開発に伴う自然破壊への警鐘を鳴らすメッセージが込められた作品だ。

「邦画でもやりようはあるはずですが、やらない。例として『宣戦布告』(2002)や『亡国のイージス』(2005)、『空母いぶき』(2019)などでも現実の国際情勢が登場しますが、相手国を決して名指しせず、『某国』などとボカす。アメリカの映画ではフィクションでも堂々と『ロシアが』『日本が』と現実の国名を出すのですが、日本だと製作委員会が何らかのハレーションを気にするのでしょう」

 翻って本作には、論点となるメッセージが随所に込められていたともいえる。

 作中では凛子が大衆を前に「私たちは、一人ひとりの未来を絶対にあきらめません。この国を一緒に変えていきましょう!」と叫ぶ一方で、自身は妊娠を理由に辞任。また辞職会見を開く凛子に、日和が「これ(辞任)は後退なんかじゃない。勇気ある前進なんだ」と力説するシーンがあったが、そんな映画公開から4年。リアルでの女性総理、そして総理の夫の誕生に、「前進」とはどういうことを指すのかを、改めて考えさせられる。

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(取材・構成=吉河未布 文=町田シブヤ)

町田シブヤ

1994年9月26日生まれ。お笑い芸人のYouTubeチャンネルを回遊するのが日課。現在部屋に本棚がないため、本に埋もれて生活している。家系ラーメンの好みは味ふつう・カタメ・アブラ多め。東京都町田市に住んでいた。

X:@machida_US

最終更新:2025/11/16 14:00