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劇場版『呪術廻戦』シートジャック反響、実際の来場者に「魅力」を聞いた“推し活ビジネス” の新トレンド

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(写真:サイゾー)

 劇場版『呪術廻戦「渋谷事変 特別編集版」×「死滅回游 先行上映」』が好調だ。11月7日に全国公開後、週末動員ランキングでは初週1位、翌週2位をマーク。公開から10日間で興行収入は11.2億円、観客動員数は74万人を突破した。

好発進の『呪術廻戦 懐玉・玉折』

 本作は、2023年8月よりTBS系列で放送されたテレビアニメ『呪術廻戦 渋谷事変編』(全18話)の再編集版と、2026年放送予定の続編『死滅回游 前編』第1、2話がセットになった1本。続編のさわりを先駆けて鑑賞できるうえ、限定入場特典も配布されるとあり、熱心な呪術ファンが劇場へ足を運ぶ。

舞台となった渋谷限定で「シートジャック」大盛況

『渋谷事変』の舞台となった地・渋谷にあるTOHOシネマズでは、劇場版の盛り上げを底上げすべく、公開当日から本作専用スクリーン「呪術廻戦THEATER」を展開。主人公・虎杖悠仁をはじめ乙骨憂太や五条悟、両面宿儺など、全12種の人気キャラクターの座席カバーをランダムに設置した“シートジャック”企画を実施している。

 特別仕様の座席で鑑賞できるだけでなく、キャラクターの声で「ウェルカムアナウンス」が流れる特典付きで、通常の鑑賞料金+100円。通常シアターは1日1回のみだが、シートジャックのシアターは朝8時台から夜9時台まで1日7回上映し、週末日中の上映回は8割方が埋まる盛況ぶりだ。当初2週間限定の予定だったが、好評を受け、11月27日まで追加6日間の延長が決定した。

 推し活勢を呼び込む「シートジャック」は、今年大ブームを爆進中の『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』(7月18日公開)でも実施され、人気を博した。公開と同時に全国33館にて、鬼殺隊士12名が描かれた座席カバーをランダムで設置した特別シアターを用意。9月末からは全国8館で第2弾が開催されていた。

 人気アニメの「シートジャック」は今後広まっていくのか。また、「シートジャック」の魅力は何か――現地でファンに話を聞いた。

劇場の「特典ビジネス」 過去には“100万円で落札”騒動も

 一般社団法人日本動画協会「アニメ産業レポート2025」によると、2024年のアニメ産業は史上最高値の3兆8407億円(前年比114.8%増)と巨大市場に成長。なかでも経済を大きく牽引するのはアニメ映画だ。今年だけでも『鬼滅』や『チェンソーマン レゼ篇』、『劇場版プロジェクトセカイ 壊れたセカイと歌えないミク』など、100本超にのぼる作品が公開されている。

 制作側にとっては熾烈な競争となるなか、なんとかしてファンの心を掴もうとする“推し活ビジネス”も盛んだ。今や最もオーソドックスなのは、来場者特典だろう。業界事情に詳しい映画評論家・前田有一氏が、その歴史を振り返る。

「もともと特典は、確実に興行収入を見込む施策でした。特典引換券付きの前売りチケットを販売して、確実な動員数を見込むわけです」(前田氏、以下同)

 たとえば2000年代の『劇場版ポケットモンスター』シリーズでは、前売り券を買って、当日ソフトとゲーム機を持参すると、ゲーム本編では入手できない特別なアイテムやポケモンがプレゼントされる仕組みだった。特典という“餌”は、ファンにとっては「必ず行く」という決意を固める契機となり、制作側にとっては「必ず来てくれるよね」という暗黙の約束となった。ただし公開前に約束した特典は、1回しか有効にならない。一本の映画を確実な10人に見てもらうのも大事だが、一人に10回見てもらえば、当然ながら興収アップが見込める。

 かくして今では、公開後に週替わりや◯万人突破記念など、手を替え品を替え特典を配布する。何度も劇場に足を運びたくなる欲求をそそることで、動員数のブーストを狙う重要な仕掛けになっているのだ。

 単純といえば単純だが、その効果は無視できない。最近の大規模な例では、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(2020)は公開時、来場者特典として原作者・吾峠呼世晴による描き下ろし漫画などを収録した限定冊子を450万部配布した。大ベストセラーレベルの部数だが、1週間足らずで配布終了する劇場が続く大盛況。初週から観客動員数のブーストに一役買った。

 前田氏によれば、数量限定やランダム性など、レア度の高い公開後の特典で動員を呼ぶ手法が一般化してきたのは、ここ10年ほど。業界に浸透するきっかけは、2012年10月に前・後編が続けて公開された『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』にて、両方とも鑑賞した人に配布されたフィルムコマだったという。

「特典自体はアナログフィルムを切っただけのもので、原価のかからない“二次利用”。ただ、フィルムは昔から映画マニアの間で人気だったことや、どのシーンか事前にわからないランダム仕様だったことも相まって、最も人気のコマが入ったものはヤフーオークションにて108万円もの高値で落札。この事件により、業界内では『特典配布はマニアに喜ばれる』『レアなものはニーズがある』ことが確信となりました」

映画館=ファンを「呼ぶ」から「集う」場所に

 しかし数多の作品で特典が配布されまくれば、追いつけなくなるファンが続出するのも自明の理。そうしたなかで再発見されつつあるのは、「映画館=ファンが集う場所」としての価値だ。

「まず応援上映や声出し上映。通常、“上映中はお静かに”が求められる場所において、特別に大声を出したりペンライトを振ったりできるイベントは、通常の鑑賞以上にファン同士の一体感を生みます。これが市民権を得たのは『アナと雪の女王』(2014)で、『みんなで歌おう♪歌詞付版』と題して、作中のミュージカルナンバーを一緒に歌う企画が好評でした」

 その後、声出し上映は『KING OF PRISM by PrettyRhythm』(2016、通称「キンプリ」)など、女性向け作品を中心に開催されるようになる。ブームと並行する形で、音響設備を充実させる映画館が増加。爆音上映やライブビューイングなど、徐々に映画館は「ファンが集って盛り上がる場所」としての役割を担うようになっていく。

 そして “推し活ビジネス”が一気にその裾野を広げたのは、コロナ禍だ。

「当時、エンタメ発信のほとんどがネット経由になりました。同時に、ファンはネット課金や、ネット上での情報収集にも慣れ、単純に“推し活”に没入する人も増加。『鬼滅』が映画館ジャックをするなどして歴史的ヒットを果たしたのもこの頃です。何種類も配布された特典は、交換や転売も加熱。結果としてコロナが明けると、映画館はライブ会場同様、ファン同士がリアルに会う場所の一つになり、“体験型”のイベントも続々登場するようになりました」

実際に「シートジャック」を訪れた人たちの声は…

 さまざまな手法で観客を呼ぶ追いパブのなかでも、新しい「シートジャック」というアイデア。実際に「シートジャック」を目当てとして、渋谷TOHOシネマを訪れた人たちに話を聞いた。

 虎杖と五条悟のアクリルスタンドを手に、シートを撮影していたAさん(20代女性/フリーター)は、『呪術―』の鑑賞自体は2回目だと話す。

「今日は遅番なので、空いている平日午前中の回を狙ってきました。アニメは全部見ていて内容は知っているし、第一弾の特典もすでにもらっているので、完全に思い出づくりです。コラボカフェに行くのと似たノリというか、イベント感を楽しみにきました」(Aさん)

 Bさん(20代女性/会社員)は、仕事終わりで友人と一緒に駆けつけた。夏油傑(げとう・すぐる)推しだといい、予約したシートが夏油だったことで大興奮だ。

「(シートジャックの魅力は)“推しと一緒に見ている感”ですかね。抱かれながら見ているというか(笑)。特典はポストカードやシールのような物品も嬉しいんですけど、もうモノはいらない境地に……。推しと一緒に見られる体験は、映画館でしかできないですから」(Bさん)

 さらにはカップルで参加する人も。Cさん(20代男性)を誘って訪れたDさん(20代女性)は、「アニメは内容というより、キャラ推しで見ている感じ」だという。もはや先にキャラありきで、「アイドルを推すのと同じ」だと話すDさんは、シアターのあちこちに施された特別装飾やフォトパネルの前で写真撮影をしていた。一緒に撮影していたCさんが語る。

「来場者特典だけだったらそこまで乗り気じゃなかったけど、写真なら思い出に残るからアリかなって、付き合いました。シートは結構圧巻で、『おおー!』って思いましたよ。期間限定だし、追加100円で貴重な体験ができるならいいですよね」(Cさん)

“体験共有”の場所として

 さまざまなものが値上がりするなか、ライブやコンサート、各種イベントなどに比べ、低コストで“体験共有”できるのが、映画館の利点になりつつある。シートジャックは映画館にとって、そのポテンシャルを手間なく底上げする施策だ。

「わずかな追加料金でファンは気分があがりますし、『鬼滅』や『呪術』といったバトルがメインの作品ではキャラクターに背後から守られているような気持ちや、一緒に立ち向かっているような気分、その場でしか楽しめないレアさやアトラクション感を味わうことができるでしょう。もちろん作品は選びますが、映画館が負担するコストは座席カバーだけ。一度設置すれば、グッズ配布のようにスタッフの手間を毎回とらせる必要もありません」(前田氏)

 動画配信サービスの普及により、「途中で抜けられない」「配信で十分」など、何かと劇場離れが取り沙汰される令和において、映画館は存在価値を模索している。

なぜ“キャスト変更”は炎上するのか

(取材・構成=吉河未布 文=町田シブヤ)

町田シブヤ

1994年9月26日生まれ。お笑い芸人のYouTubeチャンネルを回遊するのが日課。現在部屋に本棚がないため、本に埋もれて生活している。家系ラーメンの好みは味ふつう・カタメ・アブラ多め。東京都町田市に住んでいた。

X:@machida_US

最終更新:2025/11/26 12:00