タイムリープものの金字塔『時をかける少女』 細田監督が描く「生と死」のイニシエーション

「いっけーー!」
新人時代の仲里依紗が主人公・紺野真琴役で声優デビューを果たしたのが、劇場アニメ『時をかける少女』(2006年)です。
仲里依紗のはつらつとした声優ぶりが楽しめる『時をかける少女』は、公開当初は上映館数がわずか6館で、その後は拡大ロングラン上映されたもののヒットには至っていません。しかし、今では青春アニメ&タイムリープものの金字塔として高い評価を受けています。
細田守監督も『時かけ』をきっかけに大きくジャンプアップし、今や世界が注目する人気監督となっています。11月28日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)でオンエアされる『時かけ』を、今回は可能な限り褒めちぎりたいと思います。
「原作と全然違う」と筒井康隆が語ったストーリー
昭和世代の人間には、筒井康隆原作の『時かけ』といえば大林宣彦監督&原田知世主演の実写映画版『時をかける少女』(1983年)が思い浮かびます。初めて細田版『時かけ』を観たときは、原作小説とも、大林版ともまったく異なるオリジナルの展開に驚いたものですが、繰り返し観るたびにどんどんハマっていく自分がいることに気づいた次第です。
原作者・筒井康隆が「原作と全然違う……というところがいい」と評した細田版『時かけ』はこんなストーリーです。
主人公の真琴(CV:仲里依紗)は現代の女子高生。自転車通学していますが、いつも遅刻ギリギリの登校です。自転車のブレーキが故障していても、そのまま放りっぱなしのガサツな性格です。クラスメイトの男子、千昭(CV:石田卓也)と功介(CV:板倉光隆)と学校近くの哲学堂公園で野球を楽しむ快活な女の子です。
ある日の放課後、理科準備室に入った真琴は、怪しい人影を目撃し、思わず床に転倒してしまいます。その日以来、真琴は時間を跳躍できる「タイムリープ能力」が身についたのです。
漠然とした未来に対する不安感
苦手だった数学のテストは満点、好きな献立の夕食は食べ放題、千昭と功介を誘ってのカラオケは、エンドレスで楽しむことができます。タイムリープ能力を使えば、お金儲けもできるし、世界の歴史を変えることさえも可能ですが、真琴はとてもちっぽけなことにその能力を使います。
いつまでも千昭、功介と3人でキャッチボールしていたいと願っていた真琴ですが、そろそろ高校卒業後の進路を考えなくてはいけません。漠然とした未来に真琴が感じる不安感とタイムリープ能力を使ったコメディ的な要素が織り混ざり、リアリティーのある高校生活が描かれていきます。
真琴、千昭、功介の仲良し3人組の関係性は、多くの人が青春時代を懐かしく思い出すのではないでしょうか。しかし、時間は容赦なく前へ前へと流れていきます。
リピートされる西武線の踏み切りシーン
学校の帰り道、千昭が真琴に告白しようとしたことから、事態は大きく変わります。いつまでも仲のいい3人のままでいたい真琴は、タイムリープして千昭の告白をなかったことにしてしまいます。そのことから、真琴の学校生活は少しずつ変わっていき、真琴が想像もしていなかった悲劇的な事態を迎えるのでした。
真琴の生き生きとしたキャラクターが印象的な細田版『時かけ』ですが、西武線の踏み切りシーンが何度もリピートされ、作品に死の影がたびたび差し込んできます。まぶしいほどの生命の輝きと、永遠に時間が止まった状態である死とが、実に対照的に描かれています。
細田監督は『時かけ』を撮る前までは、東映アニメーションの社員アニメーターだったのですが、スタジオジブリに出向して監督に抜擢された『ハウルの動く城』の現場がうまく回らず、監督を降板するという深い挫折を経験しています。たぶん、本人的には「死にたい」と思うくらいの負の感情に捉われたのではないでしょうか。
その細田監督が東映アニメを退職し、後戻りできない状況に自分を追い詰めて挑んだのが、アニメ版『時かけ』でした。筒井康隆のSF小説は少年期からずっと愛読していたそうです。何者かになろうとした細田監督は、この『時かけ』で命懸けの大ジャンプに挑戦したわけです。
アニメーターとして一度は死んだ状態だった細田監督は、二次元の世界に命を吹き込むアニメーションの世界で、自分自身を再生させたのではないでしょうか。
奥寺佐渡子の「国宝」級のシナリオ
細田版『時かけ』を観て感じるのは、脚本の秀逸さです。『サマーウォーズ』(2009年)と『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)も手掛けた奥寺佐渡子さんの脚本作品には、その他大勢の脇役がいないんですよ。一人ひとりのキャラクターがみんな生きている。真琴、千昭、功介の3人だけでなく、真琴のおばさんである芳山和子(CV:原沙知絵)に加え、功介に想いを寄せるボランティア部の藤谷果穂(CV:谷村美月)、真琴の同級生の早川友梨(CV:垣内彩未)もそれぞれが自分の物語を生きていることが台詞の端々から感じられます。
各キャラクターへの奥寺佐渡子さんの満遍ない愛情が感じられます。実写映画『国宝』が大ヒット中の奥寺さんの「国宝」級のシナリオなしでは、細田監督のブレイクもなかったでしょう。
それぞれのキャラクターがきちんと生きている分、警報音が鳴り響く踏み切りシーンの残酷さやタイムリープすることで他人の人生を変えてしまう真琴の罪深さが伝わってくるんですよね。
未来と過去は常に影響を与え合う関係性
若いころって、過去の失敗を過剰に気にして「時間を巻き戻したい」「人生をもう一度リセットしたい」と思いがちです。失敗を許さない今の日本社会の余裕のない状況もあって、『時かけ』以降の映画界やTVドラマ界はやたらとタイムリープものが流行しているんじゃないでしょうか。
でもね、真琴のような特殊なタイムリープ能力がなくても、人間は過去を変える力を持っていると思うんですよ。挫折経験者の細田監督はそのことを証明しています。自分のこれからの未来を変えることで、消し去りたいと思っていた過去の恥ずかしい体験は、かけがえのない原動力になることを細田監督の『時かけ』は描いているように思います。
未来と過去、そして現代は、常に影響し合う関係です。千昭と真琴、そして功介の3人がそれぞれ影響を与え合っているように。
作風がずいぶん変わった最新作『果てしなきスカーレット』
最後に、11月21日から公開が始まった細田監督の最新作『果てしなきスカーレット』についてひと言。部分的に筒井康隆の『驚愕の曠野』や『旅のラゴス』を思わせるくだりもありますが、『時かけ』や『サマーウォーズ』を撮っていたころの細田作品とはずいぶん違った骨太な作風に戸惑っているファンが続出しているようです。
でもね、年齢や時代に応じて、作品スタイルが変わっていくのは仕方がないことだと思います。クリエイターは生きた人間ですから。
そう考えると、今夜放送される『時かけ』は、細田監督の「青の時代」を代表する作品なんだなぁと思うわけです。過去と未来とが影響し合う物語という意味においては、『時かけ』と『果てしなきスカーレット』はつながっているんじゃないでしょうか。
(文=映画ゾンビ・バブ)
