スタジオジブリの金字塔『千と千尋の神隠し』 宮崎駿ファンほど解けなかった湯婆婆の謎掛け

2026年最初の『金ロー』は、宮崎駿監督の大ヒットアニメ『千と千尋の神隠し』(2001年)です。興収304億円(リバイバル上映も含めると316.5億円)を稼ぎ、米国アカデミー賞の長編アニメーション賞など数多くの映画賞に輝いています。スタジオジブリの、いや日本アニメ史に残る金字塔作品だと言えるでしょう。
ユニークなクリーチャーたちが次々と登場し、幅広い世代に愛されている『千と千尋』ですが、宮崎駿監督の脳内イメージをそのままアニメーション化したような内容のため、謎めいた要素も多い異世界ファンタジーとなっています。
2003年1月の初回放送では視聴率46.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録し、その後も二桁の視聴率をキープし続けているモンスター的な作品でもあります。12回目となる1月2日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)で放送される『千と千尋』の、視聴者が気になる謎部分を掘り下げてみたいと思います。
名前を奪われるシーンは『ゲド戦記』からのいただき
主人公の千尋(CV:柊瑠美)は10歳になる女の子です。郊外の街に引っ越すことになり、両親(CV:内藤剛志、沢口靖子)と共に車で新しい家へと向かっているのですが、千尋は友達と別れて新しい学校に転校することに不服で、ふてくされている状態です。
車を運転する父親が道を誤り、一家は奇妙な場所へと迷い込みます。バブル時代に予定されていたものの、途中で建設が取り止めになったアミューズメントパークの跡地のようです。好奇心から両親はトンネルを潜って敷地内へと入るのですが、実はそこは八百万の神たちが暮らす異世界でした。異世界の食べ物を貪り食べた両親は、ブタに姿を変えてしまいます。ホラー映画のような不気味な始まりとなっています。
ハク(CV:入野自由)という美少年に導かれ、千尋は「油屋」と呼ばれる湯処に向かいます。「油屋」は恐ろしい魔女・湯婆婆(CV:夏木マリ)が経営しており、彼女と契約した千尋は名前を奪われ、「千」として働くことになります。異世界で生きていくため、またブタになった両親を元の姿に戻すため、千は懸命に働きます。
わがままで、礼儀作法もろくに知らなかった少女が、神々が寛ぐ「油屋」での職業体験を経て、大きく成長していく姿が描かれています。
千尋の名前が湯婆婆に奪われるシーンは、ファンタジー小説『ゲド戦記』からのいただきです。お風呂場を舞台にした設定は、日本の昔話「鉢かづき」がベースでしょう。さまざまなデザインが入り混じった「油屋」と同じように、宮崎駿監督が昔から愛読してきた物語の数々がミックスされた成長譚となっています。
「油屋」のモデルはスタジオジブリ
宮崎駿監督の前作『もののけ姫』(1997年)は時代劇スタイルながら「勧善懲悪」もので済ませていない点が高く評価されました。『千と千尋』も同様です。恐ろしい魔女にしか見えなかった湯婆婆ですが、大勢の従業員を雇う「油屋」の経営者としての厳格な顔と、息子の坊(CV:神木隆之介)には過剰な愛情を注ぐ母親というふたつの顔を持ち合わせています。腐れ神にうまく対応した千尋を褒め称えることもします。
地下のボイラー室で働く釜爺(CV:菅原文太)も、千尋に対して最初は無愛想でしたが、千尋が熱意を見せ、働き始めると彼女を気遣う一面を見せるようになります。ここらへんのエピソードは、誰もが社会人として実社会で働き始め、実感したことでもあるのではないでしょうか。
従業員たちをこき使う湯婆婆は、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーがモデルのようです。最上階で暮らす湯婆婆に対し、地下室の主となっている釜爺は宮崎駿監督自身でしょう。最上階と地下にいるふたりによって「油屋」は回っています。さまざまなクリーチャーたちが集まる「油屋」は、スタジオジブリでもあるわけです。
「カオナシ」は承認欲求を増大させる現代人の象徴
おしら様、腐れ神など奇妙な神々が登場する『千と千尋』ですが、ひときわ強い印象を残すのは「カオナシ」です。庵野秀明監督のSFアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に出てくる使徒のようなビジュアルのカオナシですが、鈴木プロデューサーの知人で、キャバクラ通いしていた俗人がモデルになっているようです。
カオナシは自分からは主体的に行動しないくせに、承認欲求だけどんどん増大させる現代人の象徴のような存在です。『となりのトトロ』(1988年)のみんなが大好きなトトロは、鎮守の森に暮らす陽気な妖怪です。カオナシは欲望まみれの現代人の潜在意識の沼から生まれた妖怪の一種ではないでしょうか。
妖怪は神さまになれずにいる、半人前の存在でもあります。カオナシが千尋に出会ったことで変わっていく過程も、物語の大きな見どころとなっています。カオナシは『千と千尋』のもうひとりの主人公だと言っても過言ではありません。
都市伝説「きさらぎ駅」を彷彿させる「海原鉄道」
宮崎駿監督のイマジネーションが炸裂した『千と千尋』ですが、呪いに苦しむハクを救うために千尋が「海原鉄道」に乗車するクライマックスシーンは、幽玄さ、厳粛さを感じさせます。高畑勲監督の『火垂るの墓』(1988年)の兄妹があの世へと旅立つ列車によく似ており、宮沢賢治の児童文学『銀河鉄道の夜』や都市伝説「きさらぎ駅」を思わせるものもあります。
アニメーションで描かれた、死後の世界だと言ってもいいでしょう。
神々が暮らす異世界のさらに向こう側に、死後の世界が待っているという宮崎駿監督独自の世界観となっています。死後の世界も体験したことで、現実世界に戻った千尋は生命の重みを知ることになるのです。
アニメファンに対し、最後まで辛らつな宮崎駿監督
ラストシーンも気になるところです。もうひとりの魔女・銭婆のもとから戻ってきた千尋に対し、湯婆婆は「油屋」の前に集めたブタたちを指し、「この中から、お前のお父さんとお母さんを見つけな。ぴたりと当てられたら、お前たちは自由だよ」と約束します。
この謎掛けに、経験値を高めた千尋は自信を持って正解します。
なぜ、千尋は湯婆婆の謎掛けを迷うことなく解くことができたのか? 最初に『千と千尋』を観た際は、物語を広げ過ぎて収集がつかなくなり、ご都合主義的にまとめたなと思ったものです。最後の謎解きシーンに関して、宮崎駿監督はあえて説明を省いています。
千尋が謎掛けに正解した理由は、以下のようなものでしょう。「油屋」で働いたことで千尋は労働の大変さを知り、同時に働くということは自分のためではなく、人のために身を挺し、汗を流すということを学んだのです。つまり千尋の両親は千尋のために日々働いてくれていることに、千尋は気づくことができたのです。
自分の両親の愛情を理解した千尋は、自分の両親はブタではないと断言してみせたわけです。ハクやカオナシたちとの出会いが、千尋を大人にしたとも言えるでしょう。
宮崎駿ファンは、ブタを主人公にした『紅の豚』(1992年)が大好きですし、宮崎駿監督がブタ顔の自画像をたびたび描いていることも知っています。宮崎駿作品好きな、アニメファンほど、ブタ=侮蔑対象というイメージが薄いんですよね。
自分の家族をブタ扱いしていては、真っ当な大人にはなれないよという一般常識を、宮崎監督は異世界ファンタジーの物語の最後に持ち出したわけです。言ってみれば、宮崎監督がアニメファンに向けた「引っ掛けクイズ」です。宮崎監督って、アニメファンには最後の最後まで辛らつです。
それにしても『千と千尋』って、嘔吐シーンがやたらとありますよね。腐れ神も、カオナシも、ハクも、体内に溜め込んだ異物を思いっきり吐き出して元気になっていくデトックスムービーでもあります。年末年始に暴飲暴食した人は、カオナシ気分を味わっているところではないでしょうか。
(文=映画ゾンビ・バブ)
