岡本和真の「その先」が描けない根本的な理由とは!? 憂慮される「スター不在」の読売ジャイアンツの行く末

かつて、読売ジャイアンツは「勝つチーム」である以前に、「時代の中心にいるチーム」だった。
それは単なるイメージではない。プロ野球という巨大な興行装置のなかで、巨人は常に“物語の起点”に置かれてきた。
勝てば憎まれ、負ければ叩かれる。それでも話題の中心から外れることはなかった。
それはなぜか? そこにスターがいたからだ。
岡本和真しかいない現実と「その先」が見えない
スターは勝敗を超えて、人を球場へ運び、テレビの前に座らせ、翌日の新聞を読ませる。例えば松井秀喜の一打は、単なるホームランではなく「時代のワンシーン」だった。高橋由伸や阿部慎之助の打席には、結果以前に“何かが起きる予感”があった。坂本勇人は、ヒット一本で「今の巨人」を説明できる存在だった。
スターがいて、スターが背負い、スターが去る頃には次のスターが準備されている……。この循環こそが、巨人を巨人たらしめていた最大の構造だった。
しかし今、その時代が変わりつつある。現在の巨人で、全国区の知名度と実績、そして説得力を兼ね備えた野手は岡本和真しかいない。これは評価でも批判でもなく、冷静な事実だ。
岡本は主砲として十分な数字を残してきた。勝負強さもあり、責任も背負っている。だが問題は、岡本が「孤立したスター」になっていた点である。
スターは、単独で存在すると消耗が早い。前後に同格、あるいは次代を担う存在がいてこそ、スターは“時代の顔”になる。だが今の巨人には、「岡本の次は誰か?」という問いに答えられる構想がない。
さらに深刻なのは、岡本が日本時間1月3日にトロント・ブルージェイズへ移籍が決定した点だ。これは感情論ではなく、キャリアとして極めて自然な流れである。つまり巨人は、時代の変化によって唯一のスターを失う可能性を織り込んだうえで、チームの未来像を描かなければならない段階に入っている。
かつての巨人は、松井や高橋といったスター選手が去っても、次世代の選手がいた。しかし、いまは岡本が去った瞬間、打線の“物語”が空白になる可能性がある。この危機感が、球団全体にどこまで共有されているのか……。そこに疑問符が付く。
編成思想の迷走と大山を逃したオフの意味
近年の巨人は、決して戦力が不足しているわけではない。完成度の高い選手、安定して試合を作れる選手は揃っている。だが、それらの選手が本来の役割を超えた期待を背負わされている点に、編成の歪みが表れている。
守備や走塁、状況判断に優れた選手は、勝つために不可欠だ。しかし、彼らは試合やシーズンを動かせるほどの「主役」ではない。主役を支えることで、チーム全体の完成度を引き上げる存在である。
この役割分担が崩れると、チームは堅実にはなるが、突き抜けなくなる。勝っても「順当」、負ければ「限界が見えた」と言われる……。それが今の巨人だ。
その象徴が、2024年オフに大山悠輔を獲得できなかったことだ。補強とは、単なる戦力補充ではない。「このポジションには、これだけの格の選手が必要だ」という思想の表明である。
だがあのオフ、巨人から伝わってきたのは、優勝していたこともあり、打線を根底から変える覚悟ではなく、「今いる戦力で何とかする」という空気だった。
これに限らず、近年は補強に前向きではなく、ドラフトの編成もうまくいっていないことが目立つ。ライバル阪神を含めた他球団に遅れをとる部分もある。
スターは、待っていても生まれない。取りに行き、背負わせ、失敗も込みで育てる覚悟がなければ、スターは定着しない。その覚悟の欠如が、「岡本の次がいない」という現在地につながっている。
渡邉恒雄・長嶋茂雄の不在が生んだ“基準喪失”
巨人が長く特別な球団であり続けた理由は、戦力や資金力ではない。そこには、最終的にすべてを規定する「絶対的な基準」が存在していた。
渡邉恒雄氏は、決断の基準だった。勝つために何を犠牲にするのか? 世論に逆らってでも、どこまで踏み込むのか? そういった最終的な「是非」を決める存在だった。
一方で長嶋茂雄氏は、巨人だけではなくプロ野球の象徴だった。合理性を超えて、「プロ野球や巨人はこうあるべきだ」という空気を体現し続けた。
この2人が同時に存在していたことで、巨人は球界の盟主として君臨していた。しかし今、その影響力は確実に低下している。これは批判ではなく、時代の必然だ。
問題はその後に新しい基準が用意されなかったことにある。「それはジャイアンツか?」――。この問いに代わる言葉を、誰も提示できていない。
結果として、大胆な補強は見送られ、スター育成は先送りされ、編成思想は年ごとに揺れ動く。基準を失った組織は、必ず“無難”に流れる。そして無難は、名門を最も早く凡庸にする。
阿部政権と巨人が選ばなければならない未来
阿部慎之助政権は、象徴なき時代の最初の本格政権である。問われているのは、勝率や順位以上に、「どんな巨人を次世代に残すのか」という一点だ。
実際のところ、長嶋氏は松井秀喜を育成し、前任の原辰徳氏は坂本勇人をスター選手にまで育てた。
スターを作るのか。組織力で戦うのか。あるいは、外から象徴を連れてくるのか……。どれも選択肢としては成立する。だが、最も危険なのは「すべてを少しずつ取ろうとすること」だ。
今の巨人に足りないのは、堅実さではなく、一振りで球場の空気を変える期待感である。常勝ではなくなった今、完璧なチームを目指す必要はない。必要なのは、勝っても負けても語られる存在だ。
岡本の次を描けなければ、巨人は「歴史ある普通のチーム」になる。それだけは、この球団が最も避けるべき未来である。
だからこそ、ファンはかつての「強くて華やかさがある巨人」の復活に、いまも期待しているのだ。
(文=ゴジキ)

