【スニーカーに見るファッション】運動靴がカルチャーになる瞬間──エアマックス95からサンバ、ニューバランスまで

メンズブランド「RESOUND CLOTHING」を率いるデザイナー・梅本剛史が、カルチャーとファッションの関係を読み解く本連載。
今回のテーマは「スニーカー」だ。かつて「運動靴」でしかなかったスニーカーは、いつから街の主役になったのか。運動場からミュージシャンのステージへ、そしてストリートへ──その変化の裏側には、いくつもの「誰かが履いた」瞬間があった。
誰がスニーカーを“街”に連れてきたのか?
「スニーカーはそもそもは運動靴ですけど、流行るきっかけは『人』やと思うんです。デニムがジェームズ・ディーンで変わったみたいに、誰が履くかで一気に意味が変わるアイテムなんで」
梅本氏はまず、スニーカーがファッションになる構造を「機能ではなく誰が履いたかで価値が反転してきた」と整理する。
「まず象徴的なのはミュージシャン×コンバースの組み合わせ。ラモーンズが履いていたオールスターはロックファッションの定番になりましたし、アクセル・ローズが履いていたハイカットも象徴的な存在やと思います。グランジブームのときはカート・コバーンが履いていたジャック・パーセルも人気になりましたよね」

作業着だったデニムがジェームズ・ディーンによって”反抗”の象徴になったように、運動靴もロックアイコンが履くことで意味が反転し、街に降りてきた。スニーカーがカルチャーを帯びる最初の瞬間だった。
同時に、アメリカではヒップホップやバスケットボールを背景に、黒人カルチャーの側からもスニーカーは街へと広がっていったが、90年代に入ると、ロックとヒップホップという二つの文脈が交差する形で、スニーカーは“共通言語”になっていく。
人体構造とネオンカラー。エアマックス95が映し出した90年代の空気感
そうした流れが、明確な「ブーム」として可視化されたのが90年代。
エアマックスやエアジョーダンのシリーズの登場で、「エア」というテクノロジーとスニーカー熱が成熟し、そこに決定打として現れたのがエアマックス95だった。
エアマックス95を象徴する要素として、梅本氏が挙げるのは定番カラーのイエローのグラデーション(いわゆる“イエローグラデ”)のデザインだ。

「グレーと黄色の合わせがまず綺麗ですし、しかもグラデーションになっている。このネオンカラーを差し込んでる感じが、『90年代っていう時代やな』と思うんです。こんな色のスニーカー、昔はなかったですもんね」
人体構造をモチーフにしたグラデーションと蛍光イエロー。テクノやレイヴ、インダストリアルデザインといった90年代半ばの空気を、そのまま足元に落とし込んだような一足だった。
「このグラデーションは、その後ズームフライトなど多くのモデルに広がり、ハイテクスニーカー全盛期を象徴するデザインになっていきました」
ローテクからハイテクへ。エアやポンプといった新技術が“見える形”で搭載されていった90年代。その完成形として、エアマックス95はいまも語られ続けている。
スニーカーを「主役」にするための、裾細パンツという額縁
こうしてスニーカーは単なる靴ではなく「ファッションの主役」として扱われるようになっていった。そしてブームが成熟するにつれ、その影響は「合わせる服」にも及んでいく。
「ブームが加熱している時期は『とにかくスニーカーを見てほしい』という人が増えるので、パンツも裾が細いのがメチャクチャ売れたんです。うちもテーパードのパンツが一番出ていましたね」
テーパードパンツやスキニーパンツは、スニーカーを際立たせる最適解。スニーカーが主役の時代、服は”額縁”だった。
しかし、その前提はやがて揺らぎ始める。細身・裾細パンツ一強の時代が終わり、ワイドや太めのストレートパンツが再び定番として受け入れられていくなかで、足元の主張も変化していった。
「厚底」から「ペタ靴」へ。サンバとオニツカが示す静かな記号性
パンツの流行の変化に合わせて、スニーカーの役割が「見せる」から「なじませる」へと移行するなかで、象徴的な存在となったのがアディダスのサンバだ。

「女の子は厚底でスタイルアップするイメージが強いですけど、サンバは”ペタ靴”なんですよね。そこが逆に新しく映って、厚底スニーカー全盛の時期に火がついた印象があります」
サンバは、スニーカーブームとは異なる文脈で女性を中心に広がり、コーディネート全体になじむ存在として定着した。
「オニツカタイガーもその流れで語れますよね。一歩間違えたらカンフーシューズですけど、オニツカはクラシック感が強いのが今ハマってる理由やと思います」
薄いソール、細身のシルエット、競技由来のミニマルなデザイン。そこには、海外から見た「Japan」文脈──武道やカンフー、削ぎ落とされた美意識といったイメージも重なっている。分かる人には分かる静かな記号性が、今の空気と合っているのだろう。
「ロックにニューバランスは似合わない?」──機能とカルチャーの幸福な乖離
最後に触れたいのが、いわゆるスニーカーブームとは少し距離のある場所で、長く愛用されてきたVANSとニューバランスだ。ただし、その立ち位置は大きく異なる。まずVANSについて、梅本氏はこう語る。

「オーセンティックとかエラはずっと人気やし、完全に市民権を得ていますよね。もともとスケーターとかが履いてきたブランドで、カルチャーとの繋がりが自然なのが大きいと思います」
VANSは “流行ったから履かれるスニーカー”ではない。スケーターやサーファー、バンドマンといったストリートの現場で履かれ続けた結果、“定番”になった存在といえる。
一方で、ニューバランスが歩んできた道筋はまったく異なる。
「ニューバランスはもともと矯正靴のブランドやし、インソールの機能性も抜群。履き心地がええっていうのが一番大きくて、生活の中で選ばれていった靴やと思います」

2000年代後半以降は「大人カジュアル」や「きれいめ×スニーカー」の流れのなかで支持を広げ、日常に溶け込む存在として定着していった。だからこそ、梅本氏はこんな違和感も口にする。
「僕はニューバランスのインソールをブーツに入れるほど愛用してますけど、『ミュージシャンって、やっぱニューバランスじゃないよね』って感覚はあります。『ロックの人が履いてたら正直ちょっとショックやな』っていうのが自分の感覚なんですよね」
ロックやパンクの文脈では、多少の危うさや雑さが美学として共有されてきた。その点で、履き心地や合理性を突き詰めたニューバランスは、カルチャーとの結びつきが薄い“特殊な存在”でもある。
カルチャーに根ざして履かれてきたVANSと、生活のなかで信頼されてきたニューバランス。その対照的な在り方もまた、スニーカーが辿ってきた多様な道筋を、静かに映し出している。
(取材・文=古澤誠一郎)
