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アカデミー最有力候補の傑作『ワン・バトル・アフター・アナザー』、世界中で高評価も日本で“無視”されるワケ

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レオナルド・ディカプリオ(写真:Getty Imagesより)

 世界最高峰の映画賞「第98回米アカデミー賞」が3月15日(現地時間)に発表されるまで、あと1カ月。レオナルド・ディカプリオ主演『ワン・バトル・アフター・アナザー』(2025)が作品賞、監督賞、主演男優賞など12部門13ノミネートし、今年度の本命との声も高い。が――公開時、日本では“無風”だった。

芸人が「映画界」に踏み出すワケ

 本作は、かつて革命運動に身を投じた元活動家のパット(ディカプリオ)が、16歳の娘とともにメキシコの田舎で身を潜めて暮らす中、革命派メンバーの粛清をするべく動き出す国家権力に追跡される逃走劇だ。

 シングルファザー役のディカプリオが演じる冴えないオヤジキャラや、権力や社会に対するブラックユーモアが笑いを誘う一方、銃撃戦やカーチェイスといったアクションシーンは息を呑む迫力で、「全米映画批評家協会賞」「ゴールデングローブ賞」でともに作品賞を含む4冠を達成。「ニューヨーク映画批評家協会賞」「ロサンゼルス映画批評家協会賞」など、主要な映画賞を総なめしたうえ、英アカデミー賞では今年最多となる14部門へのノミネートも決めている。

レオ様なのに初週も8位止まり、翌週圏外…日本では完全に“無風”

 これだけ世界中で評価されているにもかかわらず、日本では全くといっていいほど話題にならなかった。

 昨年10月3日に封切られ、初週こそ週末動員ランキング8位となんとか10位以内に食い込んだものの、翌週には圏外落ち。全国352館436スクリーンでスタートした上映回数はみるみる減り、劇場公開は早々に打ち切られた挙げ句、公開から2か月後には配信サービスでデジタル販売を開始した。

 ディカプリオといえば、公開当時興収262億円(累計277億円)を叩き出し、約30年にわたって歴代興収ランキングで洋画首位を維持している『タイタニック』(1997)の主演俳優だ。日本でも屈指の知名度を誇る「レオ様」をもってしても、『ワン・バトル―』がスルーされた背景を探ってみたい。

世界のランキングとズレる日本の「特殊な市場」

 近年、日本の映画館や地上波では、洋画への接点を激減させてきた。結果として日本人が洋画に触れる機会そのものが減り、加速度的に洋画離れを起こしていることは多くの識者が指摘している現象だが、そうなるまでにはいくつかの絡み合う事情がある。業界事情に詳しい映画評論家・前田有一氏は、世界とズレる日本の特殊な市場を指摘する。

「世界的なヒットでも、話題にならないのが日本の“普通”。たとえば、2022年5月にNetflixドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』シーズン4(2022)が90の国・地域で1位を獲得する異例の大ヒットを飛ばすなか、日本ではアニメ『SPY×FAMILY』が1位でした。もはや日本では、全世代でアニメが人気という証明でもある。

 ほかにも、米アカデミー賞で歴代最多7部門を受賞した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(2022)が全世界で1億4200万ドル(約154億円※公開当時)超えの興収を記録したのに対して、日本の興収はたった8.5億円。アカデミー賞で騒がれてからようやくその作品を知るという人も多くて、邦画でも2021年に国際長編映画賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』がそう。それぐらい、日本と世界の市場とでは全然違う結果が出るんですよね」(前田氏、以下同)

複雑化する洋画は「難しすぎ」回避 アニメに飛びついた日本人

 前田氏は、今の日本市場に洋画がマッチしない理由のひとつとして、「洋画では難解な作品がトレンド化している」ことを挙げる。

「移民問題や労働問題、貧困、政治など、重厚かつ普遍的なテーマを扱った作品が話題になりやすく、設定面でも『マルチバース(多元宇宙)』のような知識や教養が必要とされるジャンルが流行しています。そうした複雑なテーマや内容に、日本人がついていけない。難解なものを避ける人が多い、という点は大きいと思います」

 とはいえ、かつて邦画より洋画が強い時代もあった。前田氏曰く、『タイタニック』が公開された1990年代は「日本における洋画全盛期」。一般社団法人日本映画製作者連盟によると、配給収入全体(2000年以降は興行収入)における洋画のシェア率は1993年に64.2%の過去最高値(当時)を記録すると、2004年までの12年間、60%弱〜70%の高水準をキープ。同作が公開された1997年は58.5%だった。

「当時は映画ファンだけでなく一般層も洋画を見ていて、みんな当たり前に人気俳優の顔と名前が一致しているような時代でした。1990年代後半までは、地上波に洋画劇場系の番組もたくさんあり、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)や『ターミネーター』(1984)などの名作が放送され、視聴率はかなり高かったものです。洋画は国民的な娯楽でした」

“洋画離れ”が始まるのは、2000年中頃からだ。娯楽から洋画を押し出したのは、レンタルサービスやDVDの普及だった。誰もが好きな時に好きな映画が見られるようになったことにより、テレビ離れと並行して洋画人気は降下。2006年、配給収入全体におけるシェア率が逆転すると、2008年以降、洋画のシェア率は右肩下がりの傾向にある。

「接触機会が減少し興味が薄れてゆくと同時に、洋画界では複雑で難しい作品が増えた。合わせて日本の映画技術が上がり、クオリティがそこそこ期待できるようになってきた。となると、わざわざ洋画を見る必要はなくなり、“身近”で“わかりやすい”邦画やアニメを積極的に摂取するようになっていったわけです」

 2000年代中期以降、アニメの制作本数は激増。日本動画協会「アニメ産業レポート2025」によると、2005年のTVアニメ新規作品における年間制作本数が136タイトルだったのに対して、2024年は254タイトルと、20年で倍近くものアニメが制作されるようになっている。劇場アニメの制作数も、同期間で36タイトルから84タイトルと倍以上に跳ね上がっており、ニーズの拡大がうかがえる。

アメリカより韓国 「身近」を好むようになった日本人

 他方、その“身近さ”を武器に日本で支持を広げ始めたのが韓国発の作品だ。

「韓国系のコンテンツは、SNSマーケティングにすごく力を入れていることもあって、日本人にとって接触機会が非常に増えてきました。エンタメやファッションなど、韓国における大衆文化もどんどん洗練されてきている。

 昔は、若者の憧れといえばアメリカだったわけですが、近年では韓国に置き換わっています。かつてアメリカこそが夢見る存在だった理由は、自分たちの生活とかけ離れていたからで、未知なるものへの好奇心でした。それが今は、地続きに近いもの、身近なものの方が魅力を感じる人が増えてきた。アメリカは遠くて行きづらいけど、韓国は日帰りでも行けるような距離ですからね」

 韓国発のコンテンツといえば、かつて約2300億円もの経済効果をもたらすほどの社会現象を巻き起こし、韓流ブームの先駆けとなったドラマ『冬のソナタ』(2002)が有名だが、同作は3月6日、4Kの再編集版が劇場公開されることが決まっている。上映されるのは全世界で日本だけ、つまり日本向けに作られたといっていい。

 前田氏は「冬ソナがブームになった2003年〜2004年頃は、韓国エンタメがとにかく日本で稼げた時期だった」と振り返りつつ、「ただあまり長く続かなくて、韓国から見切られた」と述べる。

「2000年代初頭、韓国系の作品は日本の大人の女性から異常な人気を得て、桁違いの社会的ブームになりましたが、その後、日本向けに作られた韓国映画はことごとくハズレたんですよね。それで、韓国は日本市場には伸び代がないと判断して、アジアに進出したら世界的に大成功。『ワン・バトル―』にしても、もはやそもそも日本の映画館での収益を見込んでいない。日本だけが、世界から取り残されているとも言えますね」

 さて『ワン・バトル―』以外にも、米アカデミー賞に監督賞、脚本賞を含む16部門にノミネートされている『罪人たち』(2025)も世界的な注目を集めているが日本では「無風」だった。両作品とも2月3日になってリバイバル上映が発表され、『罪人たち』は2 月13 日より全国7劇場で、『ワン・バトル―』は2月20 日より全国59スクリーンのIMAXおよびDolby Cinema10スクリーンで公開されるが、いずれも話題性は鈍い。

 前田氏は、日本の大衆傾向として「普遍的な問題や根源的に大事なことからは目を背け、『いまきれいなもの』に飛びつくきらいがある」と語る。『タイタニック』のレオ様にしろ、『冬ソナ』のヨン様にしろ、その時々で熱狂的に盛り上がり、一気に消費してはあっさり飽きるのが日本人の特徴ともいえるが、情報量が多い現代、ブームに乗っかるだけでは取りこぼすものもあることだけは覚えておきたい。

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(構成・取材=吉河未布 文=町田シブヤ)

町田シブヤ

1994年9月26日生まれ。お笑い芸人のYouTubeチャンネルを回遊するのが日課。現在部屋に本棚がないため、本に埋もれて生活している。家系ラーメンの好みは味ふつう・カタメ・アブラ多め。東京都町田市に住んでいた。

X:@machida_US

最終更新:2026/02/16 12:00