特集上映開催!! 大阪を拠点に世界をさすらう“映画流れ者”リム・カーワイ監督が見てきたニッポンと映画業界の16年
大阪を拠点に世界各国で活動を続けるリム・カーワイ監督の特集上映『境界を超える無国籍映画“シネマドリフター” リム・カーワイ−新世界の夜明け−』が、東京・下北沢のシモキタ −エキマエ− シネマ『K2』を皮切りに、全国で順次開催される。アジア随一の多民族国家マレーシアに生まれ育ち、自身も軽々と国境を越えていく異能のクリエイターが語る、ニッポンの“今”と映画産業の“未来”とは──!?

リム・カーワイ Lim Kah Wai
1973年生まれ。マレーシア・クアラルンプール出身。93年に来日し、大阪大学基礎工学部に入学。電子工学科で学ぶ。卒業後は、都内の外資系通信会社で6年間のサラリーマン生活を経て、本格的に映画を学ぶべく中国・北京の北京電影学院に進学。10年の『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』で長編映画デビューを飾る。現在も大阪を拠点にしつつ、アジア全域から遠くバルカン半島まで世界を股にかけて活躍中。
アジア的な居心地のよさから 大阪を拠点に
──日本での大学・社会人経験があったとはいえ、本格的に映画を学ばれたのも、監督デビューも中国。その後、日本の、それも大阪に拠点を置かれたのはまたどうして?
リム・カーワイ(以下:LKW) やっぱり自由に映画を撮りたかった、というのがいちばんですよね。僕が中国に渡ったのは、ちょうど2008年の北京五輪を目前に控えていた頃でね。経済が飛躍的に発展して、映画産業のマーケットもすごく大きくなっていたんです。ただ、そういった“バブル”の到来とともに、それまでは謙虚だったまわりの映画人たちの態度もどこか尊大になってしまって。そこに僕は馴染めなかった。
エンターテイメント志向、大作志向が強まっていた反面、やっぱり制限もいろいろあって。だったらもっと自由に、自分が撮りたいものが撮れる日本に戻ろうかな、と。日本を離れると決めた時点では、中国や香港で頑張ろうとも思っていたんですけどね。
──東京ではなく、大阪を選んだのは?
LKW 大学を出たあと東京で6年間、サラリーマン生活をしていたんですけど、東京は僕にはちょっとクールすぎるんです(笑)。みんな明るくて、自然と冗談を言い合えたり、ツッコんだり、すぐ友達になれる大阪の距離感のほうが、自分の性には合っている。それは一度離れたからこそ、より感じたことでもありました。故郷のクアラルンプールや、北京、香港、ソウル、釜山など、アジアの他の都市にも通じるエネルギッシュな雰囲気が、大阪にはある。それが僕には、すごく居心地がいいんです。
──とはいえ、いわゆる“大阪3部作”の第1作『新世界の夜明け』(2012)を撮られた頃とは、大阪もずいぶん様変わりしています。劇中の主人公は、実家の旅館を「西成にはまだない外国人向けのゲストハウスにする」と奮闘していましたが、かつての“労働者の街”西成も、いまやすっかり“観光客の街”ですもんね。
LKW そうですね。劇中では中国人が経営するスナックなどもフィクションとして入れ込みましたが、いま西成に行くと、それに近いカラオケバーがたくさんある。従業員は日本人だけど、その店が入るビルのオーナーは中国人といったケースも多いです。あの作品は、北京から来たお金持ちの女の子が、汚くて猥雑とした新世界の雰囲気に戸惑う、という構造が、従来の描かれ方とは真逆でした。公開当時はそれに対して「リアリティがない」「ツッコミどころが満載だ」みたいな指摘もかなりあったんですけどね。
──時代がリム・カーワイに追いついてきてしまった、と。
LKW それがいいことなのかは、ちょっとわからないですけどね(笑)。まぁでも、僕自身は新世界ではなく、『COME & GO カム・アンド・ゴー』(2020)の舞台にもなっているキタの中崎町というところで長年暮らしていますけど、あの近辺もやっぱりこの10年でかなり大きく変わっています。海外向けの雑誌やガイドブックでも紹介されているみたいで、いつのまにか日本に来た観光客の“訪れるべき場所”のようにさえなっている。日本語をしゃべれない中国からの移住者も増えていますしね。

海外への“出控え”が イメージの固定化を助長!?
──ちなみに、日本ではここ数年、外国人を敵視するような排外主義を掲げる言説が一定の支持を集めるようになっています。そういった空気の変化は感じます?
LKW 今回の特集上映が始まる直前、僕はオーストラリアに滞在していたんですけど、シドニーでもメルボルンでも、街中で見かける観光客の8割ぐらいはアジア圏の人たち。この傾向はたとえば、ニューヨークやロンドンなんかでもきっと同じだと思うんです。なので、そのことに対して今起きている拒否反応というのは、いわゆる差別感情ともまたちょっと違う気はします。“右傾化”そのものは全世界で同時に起きている現象のひとつ。取り立てて日本だけがそう、というわけでもないですしね。
──監督の故郷であるマレーシアはアジア有数の多民族国家。行き来する人の多さへの“慣れ”の部分では、島国の日本は大きく遅れを取っているのかもしれません。
LKW 僕が今、いちばん心配しているのは、過度な円安のせいで、留学や観光で海外に行く日本人、とくに若者が以前よりかなり減っている、ということ。海外からはたくさん人が入ってくるけど、自分からは出て行けない。それによってイメージの固定化が起きるとすれば、それはすごくよくないことだなと感じます。
たとえば、「中国人ってどんなイメージ?」と聞いたら、多くの人は日本を訪れている観光客の姿を思い浮かべる。でも日本に来られるのは、ある程度余裕のある中産階級以上の人たちだけ。その時点で、かなりのバイアスがかかっちゃっていますからね。

ミニシアターは 消えてほしくない日本の文化
──一方、映画産業においても日本の“ガラパゴス化”は顕著だと聞きます。国や地域の垣根を越えた連携・発展を目指す『AFAN』(Asian Film Alliance Network)のような枠組みにも、日本は中国とともに現時点では不参加です。
LKW Netflixのランキングなんかを見ても、日本人は本当に邦画や国内のドラマ・アニメしか観ていないですからね(苦笑)。ただ、作り手の立場からすれば、それだけ国内のマーケットに需要があるというのは決して悪いことじゃない、とも思います。
かつて一時代を築いた香港映画なんかは、『トワイライト・ウォリーアーズ 決戦! 九龍城砦』(2024)がヒットしたというだけで、全体では年間20本も作れていませんし、韓国だってサブスク配信に偏るあまり、映画自体は崩壊の危機にある。僕がいた頃にバブルでウハウハだった中国の映画人たちの多くも、「仕事がないけど、買ったマンションを売ろうにも売れない」と頭を抱えていますからね。
──確かに。シネコンが主流になった現在でも、今回のシモキタ-エキマエ-シネマ『K2』や、『ディス・マジック・モーメント』(2023)にも登場したミニシアターが各地で今も頑張っている。それは日本ならではの文化として誇っていい気がします。
LKW 今年に入って、『新宿シネマカリテ』と『シネ・リーブル池袋』が閉館し、3月31日には『新世界の夜明け』でも撮影に協力してくださった『新世界国際劇場』もなくなってしまうので、それはすごくさみしいな、と。ただ、家賃がネックになる都市部とは違って、家族経営で建物も自前というケースも多い地方でなら、思いを引き継ぐ人がひとりでもいれば、やりようはいくらでもある。生き残っていくのは簡単じゃないですけど、ミニシアターの文化はこの先もなくならないと、僕は信じてますけどね。
──監督自身はこれからどのような活動を?
LKW 始めた頃は、映画でちゃんと儲けたいとも思っていたけど、ここまで16年間やって「全然メシは食えない」ということがもうわかってしまったので、それについてはもうあきらめて(笑)。ここから先はとにかく自分のやりたいことを、開きなおってやるしかないな、とは思ってます。まわりはあまり気づいていないけど、自分にはおもしろいと感じる。そんな題材をいかに映画へと変換していくか。そこが、これまでの僕が一貫してテーマにしてきた部分でもあるんでね。
──大学卒業後の就職先として選ばれたのはスマホの登場以前、黎明期の外資系通信会社。もしそのままサラリーマンを続けていれば、それなりのポジションを掴めていた可能性もありますよね。そこについての後悔は?
LKW それはまったくないですよ。経済的な安定は確かにないけど、やりたいことを突きつめて得られる満足はあの頃の比じゃないですから。まぁ、大学で専攻していた半導体の分野にあのまま進んでいたらなぁ、とはちょっと思いますけどね(笑)。あの頃は学生からも敬遠されていたけど、いまやあらゆるものに必要不可欠ですからね。
──(笑)。リム・カーワイ作品はどれも、観終わったあとにヘンな気持ちになるものばかり。単純明快なエンタメ作品にはない唯一無二の“後味”を、それこそふだんはNetflixばかり、という人にこそ味わってもらいたいと個人的にも思います。
LKW たくさんお客さんが来てくれたら期間の延長もあるみたいなので、この原稿を読んでひとりでも多くの人が、僕の作品に興味を持ってくれるとうれしいです。

(文=鈴木長月)
<インフォメーション>

『境界を超える無国籍映画“シネマドリフター”リム・カーワイ─新世界の夜明け─』
2026年3月20日(金)より、シモキタ-エキマエ-シネマ『K2』ほか、全国順次開催
【上映作品】
『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』デジタル・リマスター版(2025/2010)
『マジック&ロス』(2010)
『新世界の夜明け』(2012)
『Fly Me To Minami 恋するミナミ』(2013)
『どこでもない、ここしかない』(2018)
『いつか、どこかで』(2019)
『COME & GO カム・アンド・ゴー』(2020)
『あなたの微笑み』(2022)
『ディス・マジック・モーメント』(2023)
『すべて、至るところにある』(2024)
※全作品英語字幕付き上映
※3/20〜22、27〜29、4/2は監督×ゲスト登壇のトークイベントも開催。詳しくは公式Xにて。
配給:Cinema Drifters/宣伝:大福
公式X:@LKWfilms/リム・カーワイ監督公式X:@cinemadrifter
まるごと1冊、リム・カーワイ特集の『boid paper vol.3』も同時発売!!
定価:1,800円
公式サイト: https://www.boid-s.com/8631
