阿部慎之助逮捕、カープ「ゾンビたばこ」騒動、皇室典範改正めぐる議論――週刊誌が暴く日本の病巣
さて、遅きに失したが、全国で多発している『トクリュウ』の犯罪を、警視庁に集約するという体制がようやくとられるようになるらしい。
栃木県で起きた強盗殺人事件のことである。69歳の女性を殺し2人の息子をバールのようなもので殴り傷を負わせた。
4人の高校生たちが逮捕され、指示役の夫妻も逮捕されたが、奴らの上に「黒幕」がいて、すでに海外に高飛びしている可能性が高いようだ。
トクリュウが絡む事件には、金品のありそうな個人宅や店舗の情報を伝える「リスト屋」や、犯行に用いる偽造ナンバーや盗難車を提供する「道具屋」が存在するという。
さらにトクリュウが優れているのは、秘匿性の高い「シグナル」や「テレグラム」などのアプリで連絡を取り合い、もし、上部の人間が捕まっても、組織はほとんど痛手はなく、また別の人間が「指示役」として犯行を続けることができるところだ。
警察もいつまでも後手後手をいっているわけにはいかないので、「仮想身分捜査」というのを導入したそうだ。
身分を隠してトクリュウに連絡を取り、潜入捜査のように中に入り込んで、一網打尽にしようというのであろう。
新潮によれば、昨年だけでトクリュウ絡みの事件で逮捕されたのは約1万2000人にも及ぶという。
だが、上部の「手配師」たちを根こそぎ捕まえることはできていない。
私は、優秀なアメリカのAI企業と組んで、「シグナル」や「テレグラム」の秘匿性を打ち破るテクノロジーを開発したらいいのではないかと考える。
もちろん、トクリュウはさらに上の秘匿性の高いアプリを見つけ、それを使ってくるかもしれないが、それを超えるテクノロジーを開発すればいいのである。
または、「シグナル」や「テレグラム」をやっている企業に「犯罪捜査」に協力させ、協力しないならばガサ入れなどの強硬措置をとれないものだろうか。
しょせん、人間が考えた知恵は、人間が乗り越えられる。
政府も、くだらないスパイ防止法など作らずに、犯罪捜査に資するテクノロジーにカネを出し、私のようではない、カネを持った年寄りたちが安心して眠れるようにするべきだと思う。
ところで、逮捕された高校生たちは、どれくらいの刑に処せられるのだろう。
新潮で若狭勝弁護士がこう話している。
「少年たちは実行犯として人を殺害して強盗するという凄惨な事件を起こしているため、通常の裁判員裁判にかけられることになろうかと思います。
強盗殺人という容疑は、刑事責任において非常に重い犯罪行為に該当します。しかし、少年法の規定に基づき、成人の場合なら死刑を言い渡すのが相当の事案であっても、16~17歳以下の少年の場合は、殺すつもりで自ら進んで犯行に及んでも無期拘禁刑に減刑されます。また今後の捜査で犯行に加担したプロセスが明らかになるかと思いますが、指示役とされる夫妻から脅されていたなどの認定がなされると、無期拘禁刑は言い渡されないでしょう。重くても10年以上20年以下の有期拘禁刑になると想定されます。また殺意の認定がなされず『強盗致死』ならば、もう少し刑期の短い有期拘禁刑になると考えられます」
現在、16歳の少年たちは、有罪になっても10年か15年ぐらいでシャバに出てくる。まだ20代の終わりか30代初め。しかし、彼らを迎えるシャバの風は冷たい。
こういう連中が起こす再犯率は高いはずだ。刑期を終えた連中を迎え入れる「場所」を考えてやらなければ、また同じことを繰り返す。
そこにこそ、一番の問題があると、私は思うのだが。
ところで、東京大学には先端科学技術研究センター内に設立されたシンクタンク・創発戦略研究オープンラボ(以下、ROLES)というのがあるそうだ。
ROLESは2020年に設立され、代表を務めるのは東大の池内恵教授だという。
「日本を代表するイスラム研究者で、十五年にはシリアで跋扈したIS(イスラム国)の実態を解き明かした『イスラーム国の衝撃』がベストセラーに。一八年、東大教授に就任しました」(国際ジャーナリスト)
国際政治学者で筑波大教授の東野篤子や、平和構築論が専門の篠田英朗東京外国語大大学院教授らを招聘。彼らは後に各プロジェクトチームの座長となった。さらに、多額の公金も投入されていく。
池内を支える副代表に就任したのは、同じく東大で、ロシアの軍事を専門とする小泉悠准教授であった。
「ウクライナ侵攻後、気鋭の研究者としてメディアの寵児となりましたが、以前から目をかけていた池内氏が東大先端研に引っ張ってくれたおかげでもある。小泉氏の発案でROLESが立ち上がると、副代表に据えました」(同)
「二三年以降、外務省から計約八億円の補助金を獲得し、当初五十名ほどだった学外メンバーが三倍に。安全保障や外交戦略のプロジェクトを多数立ち上げました」(ROLES関係者)
だが、最近異変が起こっているというのだ。
「この三年間で研究員らが次々と研究室を去る異常事態が起こっています。今年から三年で約二億八千万円規模の補助金を外務省から受け取っていますが、健全な組織といえるのか……」(同)
池内はXで非難合戦をすることに心血を注いでいるというのだ。1日に100回以上だというから、すごい入れ込みようだ。
そこに小泉氏を想起させる投稿をしたというのである。
「四月中旬、池内氏は〈ウクライナ侵攻で連日連夜テレビやネット番組に出て(中略)学者としての信頼性はない〉と投稿しました。実名こそ出していませんが、小泉氏を想起させる内容です。小泉氏はこうした姿勢に嫌気が差してROLESを去ったともっぱらの噂でした」(別のROLES関係者)
文春が小泉に話を聞くと、こういったという。
「あまり詳しくは言いたくないですが、池内先生と折り合いが悪くなって辞める人は時々いるわけです」
池内の先輩で女性研究者のAは、昨年から体調を崩して出勤できなくなったという。
Aは文春にこういったそうだ。
「池内先生からは『勝手なことをしないで』と怒られることもよくありました。昨年四月に医師に相談し、池内先生には、人を介して『直接連絡しないでほしい』と伝えたのですが、昨秋、突然、メールが届いたんです。私はその直前に何とか頑張って海外出張したのですが、それを指して『体調が悪いようには思えません』と。以来、池内先生からのメールを見ると、涙が止まらず、体が固まるようになりました」
結局、Aを含め補助金で雇われている研究員ら21人中、15人がROLESを去ったというのである。
当の池内は文春に対してこう話したという。
「外務省など七つの補助金が終わり、予算が五分の一になったから。これまで(の人員)が多すぎたんですよ。そもそも、研究員は三年か五年ぐらいしかいられず、業績へのプレッシャーが大きい。どんどん、体調崩す方が出てきますね」
――Ⅹで小泉氏を批判?
「ネットで騒がれましたけど、小泉さんのことではありません。匿名の軍事評論家の人のことですよ」
最後にAが自分の要求を突きつけるなら、私のほうが訴えたいぐらいだと言い放ったという。
結びで文春は、Xに池内が投稿していた言葉を引用する。
〈人の口塞ぐって本当に難しい。独裁者でも、結局は、できない〉
池内が独裁者かどうか、私にはわからないが、この言葉は真実である。
さて、反基地団体の抗議船が転覆して女子生徒ら2人が死亡した事故から2カ月余り経った。文春は反基地団体の内実を徹底取材したところ、意外な事実が出てきたという。
「沖縄本島北部に位置する名護市。短髪に刈り上げた四十代の男がスナック街で頻繁に姿を見せるようになったのは、昨年五月頃だった。潮気を含んだ湿っぽい空気が肌にまとわりつく夜の街で、彼はあるキャバクラで働く女性に熱を上げ始めていた。
『店に通って何回目かの夜がたまたまお気に入りの女の子の誕生日で、高級シャンパンのアルマンドを頼んで三十万円ほど使ったんです。すると数日後、今度は一番高い四十二万円のシャンパンを入れ、五十万円以上を現金で支払っていた。ただ、ある時、お会計が十万円足りなかったことがあり、次第にツケ払いになって……」(繁華街関係者)
ブレーキが壊れたような危うさを漂わせていたその男は十カ月後、あってはならない事故を起こすのだった」(文春)
この人間、亡くなった女子高生が乗っていた抗議船「平和丸」の船長だったというのである。
名護民主商工会の副会長で、2022年に共産党の候補者として今帰仁(なきじん)村議選にも出馬した諸喜田武で、名護市のキャバクラで豪遊し、ツケ払いを重ねていた人物だそうだ。
諸喜田は今もなお“雲隠れ”を続けている。
文春が、諸喜田の代理人に見解を尋ねたところ、対面調査拒否は「根拠も目的も明らかにされず、刑事被疑者としての防御権の行使が不可能であること」などを理由とし、キャバクラ通いについては「真偽を含めてお答えできない」などとしたという。
さらに文春によれば、反対協の創設メンバーの中には、かつて皇太子を襲撃した人物がいるというのだ。
「元名護市議のB氏です。一九七五年七月、皇族として戦後初めて沖縄を訪れた皇太子明仁親王(現上皇)と皇太子妃美智子さま(現上皇后)に対し、沖縄解放同盟準備会の活動家二人が『天皇制反対』などと叫びながら空き瓶やスパナ、鉄パイプの切れ端のような物を投げつけるなどした。後に『白銀病院事件』と呼ばれる事件を起こした実行犯の1人なのです」(共同代表の1人、浦島悦子は四月一八日、琉球新報社などが主催する勉強会で「事故当日の海はとても穏やかだった」と事実と異なる内容を発言。実際には事故当時、波浪注意報が出され、うねりが高い状態だった=その会の参加者)
Bは公務執行妨害容疑で逮捕され、懲役一年六月の実刑判決が確定したが、九七年に「一坪反戦地主会北部ブロック」の幹部として反対協結成を支えた。住民投票の際は沖縄タイムスに「裏方で支えたスタッフ」と紹介され、翌年には中国新聞の紙面上で、反対協の事務局次長の肩書きを名乗っている。二〇一○年には名護市議に当選したという。
文春は、このような連中がヘリ基地反対運動をやっているといいたいのだろうが、すべての基地反対運動をやっている人間たちが極左やカネにだらしない人間たちではない。
一部の人間を取り出してヘリ基地反対運動を貶める報道は、文春砲に相応しくないと、私は思うのだが。
お次も文春から。
阿部慎之助読売巨人軍監督(47)の18歳長女“暴行”&“逮捕”事件には驚いた。
最初、この事件を知った時は、「阿部巨人監督18歳女性に暴行で逮捕」と流れたと思う。
阿部が女性に性的「暴行」をしたのかと思った。そういえばと、昔の不倫事件を思い出した。
2012年に阿部が当時の不倫相手のマンションに、宅配業者に変装して入るところを、週刊ポストに激写された。
載っている写真を見たとき「みっともない」と思った。その年、阿部は捕手史上初となる打率3割4分をマークし、首位打者になっていた。
野球界のレジェンドになっていた男が、よりによって宅配便業者に変装して不倫かよ。
その2年後、文春(2014年11月6日号)が「巨人阿部慎之助が堕ちた“アイドル女優”不倫地獄」と報じた。阿部はその年の4月、26打席ノーヒットという自己ワーストを記録していた。
首を痛めたなどと言い訳していたが、A子とのトラブルで野球どころではなかったようだ。
そして、A子との不倫を通じて芸能界の闇の深淵を知ることになる。彼女は阿部と関係を結ぶ傍ら、所属事務所のB社長とも関係を持っていたというのだ。
当時、文春は複数枚の画像を入手していたという。胸元も露わなキャミソール姿のA子が、B社長の股間に顔を埋めるなど“性接待”を窺わせるものもあったという。
A子さんにまつわる一連のトラブルを耳にした阿部は恐怖に慄いたが、さらに追い打ちをかける出来事が起こった。阿部の名前が登場する奇妙な会話が吹き込まれた音声テープが、東京ドームに届けられたというのだ。
「その直前、芸能界ではA子さんとB社長のセックス動画の存在が取り沙汰され、大騒動に発展していました。阿部氏はその濁流に呑み込まれた格好です。精神的に疲弊して、野球に打ち込めず、みるみる成績は落ちていった」(読売関係者)
文春の報道後、阿部はA子との関係を清算し、「もう(不倫は)終わった。これからは、まっとうな生活を取り戻したい」と周囲に語ったという。
阿部は「妻と別れようかな」といったこともあったというが、思いとどまったようだ。
だが、このスキャンダルによって、読売新聞の上層部には、阿部は危ないと思われ、監督になる時期が大幅に遅れたというのである。
泥沼不倫トラブルから約10年して、ようやく巨人監督の座を掴んだ阿部だったが、今回、再び“事件”を起こしてしまったのだ。
文春によれば、大使館が立ち並ぶ都内屈指の高級住宅街で5月25日夜、重厚な壁に囲まれた地上2階、地下1階のメゾネットタイプの室内に静寂を破る怒号が響いたという。身長180センチ、筋骨隆々の大男が18歳の華奢な少女の襟元を掴み、投げ飛ばす――。広がっていたのは、恐怖の光景だった。
「お父さんから暴行を受けました」
身体を竦ませた少女が児童相談所に連絡したのは、午後7時のことだ。約10分後、事態を重く見た担当者が110番通報。目撃者の住民が明かす。
「阿部さんの家から男性の叫び声が聞こえたと思ったら、そのうち家の裏にある窓が閉められたのです。夜8時頃、パトランプを点灯させ、サイレンを鳴らしたパトカーが到着し、家の中に警察官が入っていくのを見ました」
閑静な住宅街に佇む低層マンションは、瞬く間に喧しい雰囲気に包まれたという。
「慎之助は子煩悩で、娘たちを溺愛していました。娘さんが小学校に上がる前は、自らママチャリに乗って送り迎えをしていました。一緒に近所のスーパーで買い物をすることも。あのガタイですから、目立っていましたよ」(球団関係者)
阿部の知人もこう語っている。
「長女が小学校低学年の頃の夏休みの課題は『パパの職業見学』。せっかく球場に試合を見に来たのに三打数無安打に沈み、本気で悔しがっていた。持病の首痛が悪化し、成績が下降していた頃には『娘からオレンジ色のミサンガをプレゼントされて涙が出そうだった』と話すこともあった」
だが、その裏で、家庭では絶対君主だったという。
2024年12月10日。阿部ら首脳陣と選手たちは優勝旅行のため、家族を連れてハワイへ飛んだ。それから1週間後のことだという。
「阿部さんがゴルフから帰ってきたときの子供たちの姿が印象的だった。酒に酔った阿部さんは、ずっと命令口調でキツい当たり方。子供たちは完全に萎縮していました。それを見た球団関係者らは『普段から家でもこんな感じなんだろうな』と囁き合っていた。本人は悪びれる様子もなく、昔は奥さんを家の中で引きずり回すこともあったようです」(知人)
そうした兆候はあったというのだが、そうした鬱屈が溜まっていたのか、暴力を振るわれた長女は、オープンAIに相談。そこから児童相談所へ電話をかけ、児相から警察に連絡が行き、駆けつけた警察官に逮捕されたというのだ。
釈放された阿部は会見を開き、涙ながらに謝罪し、監督辞任を読売新聞側に伝えたといった。弁護士が長女の「反省文」を朗読した。
瞬く間に「阿部を監督に復帰させて」というオンライン署名が10万筆を超え、家庭内のいざこざに警察が介入したのはいかがなものかという批判が、SNSに溢れた。
だが、私はこうした考えには与しない。ストーカー行為でも、被害者が警察に何度も訴えているのに、警察は何も動かず、被害者が殺されてしまうケースが相次いでいる。
子供虐待の家庭内暴力も同じである。児相や警察が介入しなかったため、親の暴力で亡くなってしまうケースは多くある。
だが、阿部の護送される映像が流れたように、警察は早くから阿部逮捕を記者クラブに伝えていたのであろう。
阿部を秘密裏に警察署に連行し、長女側のいい分や母親の聴取をしたうえで、放置できないと判断してから逮捕でもよかったのではないか。
可哀そうなのは阿部ではなく、長女である。彼女はこれからの人生、今回のトラウマを抱えて生きていかなくてはいけないのだ。
世間の一部には「家庭内の問題で監督の座を失った」と見る声もあるだろう。だが、責められるべきは彼女ではない。家庭内のことなんだから話し合って納めればよかったのに。奥さんは何をしていたの。
無責任な誹謗中傷は彼女を追い回すだろう。阿部は、ここで自分の至らなさを子どもたちに謝り、一生支えていくと誓い、子どもたちが独り立ちできるまで、見守ってやることを約束するべきだろう。
私も子どもが3人いるが、優しい頼りになる父親ではなかった。仕事が忙しいは口実だった。俺は、子どもたちを本当に愛していなかったのではないか。
そんなことを時々思うことがある。後悔に涙が出る。取り返しのつかない過去。阿部はまだ間に合う。どん底から立ち上がり、家族とともに再生せよ。巨人軍の監督などどうでもいい。
ここから3本は、高市首相が前のめりになっている皇室典範改正について、考えてみることにしたい。
高市首相は皇室典範を改正して、女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持する、旧宮家の男系男子の子孫を養子として皇族に迎えるという2案を、7月17日の今国会会期末までに成立させることに強い意欲を示している。
衆議院では賛成派が圧倒的多数を占め、参議院も反対派は全体の2割くらいだから、成立する可能性大である。
拙速とも思える高市政権のやり方に、週刊誌から批判が相次いでいる。
「結婚後に皇室に残れるかという選択の責任を女性皇族本人に負わせ、“残ったとしても夫と子供は一般国民のまま”という戸籍の違う家族を強いるのは、皇族を生身の人間としてみているとは思えません。このままでは、皇室と内閣・国会の間に溝ができる恐れがあります」(皇室解説者の山下晋司氏=女性自身6月9・16日号)
サンデー毎日は丸ごと「拙速な皇室典範改正に反対する」特集号のようである。
倉重篤郎毎日新聞客員編集委員は冒頭こう書く。
「日本国憲法第1条には『天皇は、日本国民の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく』とあるが、男系養子論は『日本国民の統合の象徴』とも『国民の総意に基づく』とも思えない。憲法精神に反する。そもそも05年有識者会議の議論では、この案は国民の理解と支持、安定性、伝統から、採用は極めて困難だと結論付けられた代物である。それが一時の政治の風向き具合で復活、本命視されること自体が怪しいと見るべきではないか」
野田佳彦元首相は、
「旧11宮家から養子をとるというが、旧宮家というポジションはない。今や普通の国民だ。国民が養子で皇族になることは歴史上なかった。それをあえてやることがいいのかどうか。憲法14条が禁止する『門地による差別』にもなる」
――女性天皇論どこ行った?
「吹っ飛んだ形だ」
原武史明治学院大学名誉教授は、
「男系養子案が通れば、愛子さんは天皇にはならない。それに納得しない少なからぬ人たちがいる。意識が割れることがないとも限らない」
ジャーナリストの青木理は連載の中で朝日新聞の「素粒子」(デジタル版5月11日 16時30分)を引用している。
「娘にはうちを継がせられない。娘の子はわが家の一員ではない。それより遠縁の男性を養子にしてその息子を跡継ぎ候補にしたい。そんな風に考える人に会ったことがないが、政界では普通なのか。
血筋を重んじる立場に立って考えてみる。実子がいるのに養子を取ることにためらいはないのか。
皇室が国民主権と民主主義を尊重してきたからだろう。平成からリベラルにも共感が広がった。血筋に価値を置く復古調の改革案はそんな共感に水を差しかねない。国民統合の象徴からは遠ざかる」
そして、青木はこういう。
「歴史と伝統を重んじるのが保守の要諦ではあれ、時代や社会の変化に応じて必要な変化と修正を柔軟に加えていくことができない伝統は生き残ることができないのもまた、歴史の教訓であるはずだと思うのだが」
やはり毎日に連載をしている作家の高村薫は、声高に愛子天皇を叫ぶ側に全面的に与してはいない。
「私たち日本国民は、もとより天皇制について確たる知識も関心ももたずに漫然とやり過ごしてきて今日がある。一部の保守勢力が主導する皇室典範改正に用心しつつ、あらためて議論に誠実に耳を傾ける労を惜しんではならない」
たしかに、今の「愛子天皇」待望派の多くは、「愛子さま可愛いい!」「さすがに気品がおありになる!」という情緒的な支持派が多いことは事実であろう。
新潮(5月21日号)で、鈴木洋仁神戸学院大学准教授がこういっている。
「皇位継承という国の在り方にかかわる制度を議論する上で、“愛子さまは素晴らしいから天皇になるべき”という属人的な話にすり替わってしまっているのは問題です。例えば、愛子さまが毀誉褒貶あるような方と結婚を希望なさるとなれば、今の天皇待望論は出ていたでしょうか。国の制度や仕組みが、個人の人気に左右されて“この人だったらOK,あの人だったらNG”となってしまったら、法治国家としては成り立ちません」
お次は新潮から。新潮によれば、養子案というのはすでに密かに進められていて、昨年4月に玄葉光一郎衆院副議長(当時)が与野党協議会終了後の会見で「4宮家に未婚の男系男子がいるとの前提で議論が行われてきた」という旨を明かしていたというのだ。
その4宮家とは、1947年に皇籍離脱した旧11宮家のうち賀陽(かや)・久邇(くに)・東久邇・竹田の各家を指す。
八木秀次麗澤大学教授はこういっている。
「政府側がそういう説明をしたということは、すでに事務方が“応じてくれる人はいる”との感触を得ていると考えるのが自然です。実際、私も“必要とあれば皇籍復帰する考えを持つ男系男子が4人ほどいる”と聞いています」
加えて、保守派の中には早くも、皇室入りする旧宮家の男系男子と愛子さまとのご成婚を望む声も上がっているというのだ。
「仮にそうなれば、愛子内親王殿下は妃殿下として皇室にお残りになり、男児が生まれれば天皇家直系かつ男系男子となります。『皇位継承』と『皇族数確保』という二つの観点から理想的だと考える人たちがいるのは事実です」(同)
一方で、典範改正を目指す“前のめり”の動きに疑問を投げかけるのは、象徴天皇制に詳しい河西秀哉名古屋大学大学院教授である。
「愛子さまの結婚問題と養子案を絡めて議論されることの多い昨今の風潮には強い違和感を覚えます。そもそも上皇さまも天皇皇后両陛下も2代続けて恋愛結婚でした。しかし現在進む議論では、一番重要な愛子さまのご意思が考慮されていないように映ります。それゆえ旧宮家の男系男子と愛子さまのご成婚を望む声に対し、“政略結婚だ”と反発の声が上がっているのです」
実際、宮内庁でも不協和音が生じているという。
「陛下と皇后さまも、娘である愛子さまのお気持ちを尊重するお立場に変わりはありません。できれば、自然な人間関係の中で恋愛結婚されるのが望ましいと考えておられると伺っています。それに反するような形で、養子として皇室入りする可能性のある方が愛子さまの結婚相手に擬せられる論調に対し、庁内では不快感を示す人間も少なくありません。他ならぬ上皇后さまもまた、こうした動きには少なからぬ困惑を覚えておられるといいます」(宮内庁関係者)
河西教授のいう「政略結婚」というのは、私なりに解釈すると、麻生太郎副総裁の妹、信子さんが最近、三笠宮寛仁親王妃家という皇室を立ち上げ、当主になったことではないか。
そこが「男系男子の養子」を受け入れ、麻生家が外戚(がいせき)になるという“タクラミ”のことではないのか。
「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも 無しと思へば」
と歌った藤原道長(平安中期)は、自分の娘4人を次々天皇の妃にして「摂関政治」といわれた。
摂関政治とは、天皇の外戚という立場を利用して政治のトップに立ち、実権を握る政治体制である。
麻生氏周辺の動きについて、そうした見方が出ても不思議ではない。
様々な思惑が交錯する今回の皇室典範改正だが、旧宮家の男系男子を養子に迎えるというのは現実的なのだろうか。
日本国憲法施行の半年後の1947年10月に皇籍離脱した旧11宮家の人たちは、どう考えているのだろうか。
今週の最後は文春が旧宮家の人たちにインタビューしている特集だ。
「自然豊かな山々を望む、関東近郊の閑静な住宅街。その一角に、東久邇家の親族の男性が住む家がある。この人物の孫は、いわゆる旧宮家の『未婚の男系男子』の一人である。
5月の週末の昼下がり、家を訪れると、親族男性は取材に応じ、こう語った。
『孫が皇室に、「養子に来てくれ」と言われる可能性はないでしょ』
旧宮家の養子案に関するニュースは、新聞やテレビでよく見ているという。だが、『夢のまた夢だよ』と笑いながら言う。(中略)
『なぜ養子の可能性がないのか?』と改めて問うと、親族男性はこう語った。
『ないですよ。この辺の田舎者だから。彼の親だって、普通のサラリーマンなんですから』」(文春)
天皇家と血縁が深いのが東久邇家である。
「東久邇家は明治天皇、昭和天皇の内親王が二代にわたって降嫁、首相を務めた稔彦王、盛厚王とご結婚された。盛厚王と成子さんの長男・信彦氏、次男で旧華族の壬生家の養子となった壬生基博氏、3男の眞彦氏は、天皇陛下のいとこに当たります」(百地章国士舘大学名誉教授)
しかし、東久邇盛彦は2005年、『文藝春秋』で作家の保阪正康氏の取材に、こう考えを述べていた。
「旧宮家から養子をとるといっても、あまり現実的にはイメージができませんね。ただ、そこまでして何を残すのかということをよく考えるべきだとは思います」
旧宮家の中で知名度の高いのは竹田恒泰であろう。彼はこういったという。
「皇族男子の究極的な役割はたった1つ。ひたすら存続すること、子孫を作り続けることです。そのために、宮家は血のスペアとして存続してきました」
一方で、世継ぎを産まなければならないという重圧もあるが、養子を迎えることで解決できるという。
「産まなかったら、産まないでOKなんです。養子が無ければ途絶えてしまいかねないですが、身内から養子を迎えることで、天皇のお后に対して、お世継ぎを産まなければならないプレッシャーを分散させることができます。大丈夫ですよ。一族から誰か出せばいいですから」
楽観的だが、竹田にも長男がいる。彼を養子に出す可能性もあるのかと問うと、
「制度上は可能ですが、息子はうちの跡取りでもある。私が経営する7つもの会社も、誰かに継いでもらう必要がありますし。子どもを養子に出すのは、誰にとってもハードルは高い」
と腰が引けるのだ。
さらに、養子案にはっきり懐疑的な意見を述べたのが、久邇朝宏。久邇家の当主・邦昭の弟で、皇籍離脱の時は、3歳だった。学習院大学理学部を卒業後、日立製作所に勤務。技術畑を歩んだ人物である。
「学習院の同級生に三笠宮家の長女・(近衛)甯子さんがいました。彼女は当然、宮家であるという教育を受けていましたが、私はまったくない。宮様で生きるための教育を受けていない状態で戻るのは、無理だと私は思っています」
さらに、皇室での生活は、今の若者にとって難しいという。
「殆どの人が民間で育ってきた。自由にしてきたわけですからね。よほど神経が太ければいいけれど、繊細な人だったら、参ってしまうんじゃないか」
では、どのような皇位継承策が望ましいのかと聞くと、こう“告白”したというのである。
「私は、女性天皇でいいと思っています。要は『なるように任せる』しかないのだと考えています。女性天皇でいいですし、もし男の子が生まれれば、その子が天皇になればいい。女の子しか生まれなかったら、女の子が天皇になればいい。何が何でも男系男子がいいとは思いません。その時代に合わせていけばいい。女性の総理大臣も誕生したのですから、女系を認めてもいいでしょう」
もっともな意見だと、私も思う。
初の女性首相が、女性天皇を排除し、男系男子にこだわるのは、保守というより「万世一系イデオロギー」に毒されているとしか思えない。
高市首相は、衆院選直後の会見で、「様々な声に耳を傾ける」といったではないか。今こそ多くの国民の声を聞くべき時であろう。
(文中一部敬称略)
(文=元木昌彦)
