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『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』塚本晋也監督が容赦なくあぶり出す帰還兵のリアルな「加害体験」

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映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』より

 全国たった8館でスタートした映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』(9月11日公開)が、静かに、着実に、観た人の体内に“何か”を残している。公開から4週間で動員数6万人、累計興行収入1億円を突破。東京23区内で唯一上映されている「kino cinema 新宿」では満席回が続き、上映館拡大を求める署名は9月16日から3万4000筆を超えた(10月7日時点)。

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 本作の異色さは、ドキリとするようなタイトルが象徴する。原作は、ベトナム戦争に従軍した元米海兵隊員で、帰還後PTSDに苦しめられたアレン・ネルソンさんの同名自伝だ。一介の人間が「人を殺す」側に回ってしまう恐ろしさと、生きながら“後遺症”という終わらぬ戦いを抱える業(ごう)の深さを、『野火』(2015)や『ほかげ』(2023)など、繰り返し戦争を題材にしてきた塚本晋也監督が突きつける。

戦争で「人を殺した」兵士の“ビフォーアフター”

『ネルソンさん』は、戦争における“加害者”の視点から語られる。

「人を殺した」というあまりにも直截的な体験は、こと日本においてほとんど表に出てこなかった。もしくは、「仕方なかった」という雰囲気をセットに受け止められてきたのではなかったか。国の戦いに市井の人びとは巻き込まれただけで、むしろ「被害者」なのだと。しかし本作は「仕方なかった」に漂う“他人事感”を許さない。だからドキリとする。

 ベトナム戦争下の1966年。アフリカ系アメリカ人への差別から抜け出すため18歳のときに自ら海兵隊入りを志願したアレンさんは、沖縄にて“殺人兵器”となるための実践的訓練を経て、ベトナムの戦地へ送られた。殺すか、殺されるか。農民や女性、子ども、老人たちなど、目の前の命を奪うことを「余儀なく」されるなか、いつしか“モンスター”となってゆく──。

 戦争が一個人にもたらす内面の変化と凶暴性、そしてトラウマに襲われるさまを生々しく描いた本作は、「第83回ヴェネチア国際映画祭」コンペティション部門に正式出品されると、9月4日のワールドプレミア上映後に約8分間のスタンディングオベーションを浴びた。さらに9月11日には、イタリア全土から選ばれた18歳の高校生20人が審査する同映画祭の独立賞「金の小獅子賞」を、日本映画として初めて受賞した。

 第二次世界大戦終戦で「敗戦国」となった日本では、戦争の悲惨さを訴える作品は数多く作られてきたものの、こうした作品、かつ話題化は珍しい。映画評論家の前田有一氏にその独特さを、また塚本監督に制作への想いを聞いた。

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塚本晋也監督

日本人がフタをした「戦争加害者」の声

 原作である『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」』(講談社)が刊行されたのは、2003年のことだ。その後2005年には『週刊少年マガジン』(同)にて、終戦60年の企画として短編マンガ化された。前田氏は、「マンガを読んだときのインパクトは強烈だった」と振り返る。

「日本が作ってきた戦争ものは被害者目線に立ったものが多く、『戦争が起こると日常の幸せを奪い、人がたくさん死ぬ。だからよくない』と受け身の不条理さを訴える。もちろん、これは戦争がもたらす一面として何も間違っていません。

 でもこの作品は、『戦争とは、人を殺せなかった若者を、殺せるように変えてしまうもの』だと明確に訴えた。国と国の戦いという大きな話ではなく、あくまでも個人が戦場では『加害』者になり、その後苦しむという物語。戦争から生きて帰ってきても、PTSDという形でその人の戦争は『続く』。日本でほとんど語られてこなかった現実です」(前田氏)

 塚本監督が原作に触れたのは、『野火』を制作していた頃だったという。さまざまな戦争資料を読み込むなかで出会い、「戦争での加害を、包み隠さず、正直に全部書いている内容に、大きな衝撃を受けた」と、『ネルソンさん〜』のパンフレット内で明かしている。その“包み隠さず、正直に全部”を、塚本監督は丸ごと引き受けた。前田氏が続ける。

「戦争に行った日本人の多くには、語らない美学がありました。思うことがあってもフタをし、黙って墓までもっていく。その点アレンさんは、日本人が薄々思っていた『戦争に行った人は、人を殺したのか』という問いについて、自分の意思で人を殺したと真正面から回答したんですね。『戦争だから殺人は仕方なかった、だから私は悪くない』と正当化しない。

 アレンさんがそう言えるようになるまでには、長い時間がかかっています。とはいえ人を殺した事実が消えることはありません。この映画で真に残酷なのは、戦争現場の描写よりも『やってしまったことは許されない』というメッセージで、そこに“救い”はない」

 アメリカの批評家のなかには、本作について黒人差別への深掘りが足りない、繰り返される血と暴力は冗長だなどという声もある。前田氏は「映画の“作り”について理屈をこねる大人たちはいるでしょうけど、そもそも塚本監督は、戦争の恐ろしさを『理解』するのではなく、身体で知ってほしいという意図がある」と、本作の『目的』を指摘する。

「監督は、たとえば『野火』では、市川崑監督版(1959)では避けられた(原作にある)人肉食の描写にも向き合った。残酷な現実を露わに見せることで、理屈ではなく、本能的な痛み、忌避感を覚えさせる。ある種、映画でもって観客を殴ってくる。生易しさがなく、『戦争の恐ろしさ』を観客の心身に植え付ける」(同)

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映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』より

逃げられない爆撃、銃声を「体験」させる意義

 本作で観客は、むごたらしい仕打ちや耳をつんざくような銃声の嵐から逃げられない。「グロ」い光景が脳裏から離れず、狂うアレンさんの姿になす術はない。断じて“いい”体験ではないのに、「見てよかった」と思わせられる。塚本監督に話を聞くと、視点のスイッチングからくる気づきが示唆された。

「基本的には『戦争の恐ろしさ』を伝えたいということがベースにあるのだと思うんですけど、その恐ろしさが、物理的な被害だけじゃないことがわかってきた。戦争で『加害』をしてしまった人、人を殺してしまった人がその後どうなっていくのか、周りの人や家族にどう影響を及ぼすのかにも大きな問題がある。たとえ兵隊さんが生きて帰ってこられたとしても、その先に『安心』や『幸せ』が待っているわけじゃないということが、わかってきたということだと思います」(塚本監督、以下同)

 映画では戦地だけでなく、日常に存在した暴力や残虐さ、つらさも描かれるが、塚本監督はそのすべてをカメラの前に晒すわけではない。アレンさんが話すシーンを「無声」にするなど、“あえて見せない”演出が印象的にまぶされる。

「映画という表現において、何を見せ、何を見せないかは慎重になるべきだと考えています。その線引きは平たく言うと自分の感覚でしかないのですが、隠すよりもどーんと見せてしまった方が、恐ろしさが濃密に伝わるところはとことん見せる。一方で、恐ろしいものって、見続けているとだんだん慣れや飽きが生じてきて、何も感じなくなってしまうんですよね。だから、やたら見せればいいというものではないとも思っています。

 それ以上描くとトゥーマッチになる手前で、引く。見せないようにする分、想像してもらうことで、恐ろしさは目に見えていることだけではないことを体感してもらう。想像の方が恐ろしさを感じるところは、見せないでいい。理屈や、“そこまで描くと可哀想”といった優しさのようなもので見せていないわけではないんです。結局、どっちの方がより恐ろしく感じるかを選んでいくということですね。この映画で伝えたい恐ろしさを最大限強く反映するためにはどう演出するのが効果的か、流れに沿ってその都度考えています」

※この先、本編ラストシーンへの言及があります。

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映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』より

塚本監督が「絶対やらない」と決めていた2つのこと

 映画の結末に据えられたのは、かつてアレンさんが人を殺した地・ベトナムでの講演シーン。塚本監督にとって、特別な思いを込めた場面だったという。

「アレンさん自身の人生においても、ベトナム講演は最後の大きな山場であり、終局的にやらなければならない結実の場所でした。だからこそ、映画のラストに持ってくるべきだと思いました」

 講演会に集まったベトナム人たちは、なんとも言えない微妙な顔で耳を傾ける。アレンさんを「加害者」だと断罪するのでもなく、ある意味での「被害者」として同情するのでもない。監督は、「まさにあの『微妙な』表情を撮りたかった」と述懐する。その際、「絶対にやらない」と決めていたことがあったという。

「アレンさんが謝ることと、観客からの拍手はさせないと決めていました。実際のアレンさんの講演にはそういったこともあったかもしれないけれど、映画において、アレンさんを赦すような空気が生まれたり、称える形になったりするのは避けたかった。あくまでも、アレンさんは加害をしてしまった一人の人間だと。その事実は、たとえ映画の中であっても簡単に赦されるべきではないと考えていました」

 亡くなるまで語り続けたアレンさんだったが、塚本監督は、「語り部としての“偉人”にはしたくなかった」と言う。語るにあたって、そこにあるのは使命感でも義務感でもない、一ベトナム帰還兵の、細胞からの咆哮。塚本監督は、そうしたアレンさんの姿に「容赦」を与えないことで、その魂を継いだといえるだろう。

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映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』より

受け継がれるアレンさんの意思

 ところで、ベトナム帰還兵の話に日本人は何を見いだすのか。さらにいうならば、日本兵のPTSDを描く選択肢もあったのではないか。それらの問いに塚本監督は、「戦争という事象それ自体より、アレンさんという人物を描きたいと思った」と答える。

「ベトナム戦争やアメリカ人の加害を描きたかったんじゃなくて、アレンさんを通して、とにかく戦争に行くと死ぬだけじゃない怖さが次世代に続いてしまうことを描きたかった。そして、戦争は全てどこの国の人でも起こり得る。アレンさんもそう言いたかったし、僕もそう言いたかった」

 あっという間に人は「加害」側に足を踏み入れる可能性があること、そこで蝕まれた心はその後の人生を蝕む可能性があることに焦点を当てたからこそ、本作は普遍的なメッセージを発する。根底には、戦争によって刻まれた傷や暴力は、他者へ、次世代へ連鎖する場合があることが強調される。

 塚本監督は、撮影中に「気づいたこと」を振り返る。

「僕は、アレンさんが幼少期に父親から暴力を受けていたということと、その父親が元軍人だったことは知っていたのですが、その2つが結びついていなかった。撮影を開始してから思い出して、アレンさんの父親もPTSDだった可能性が十分あるなと。その可能性に僕が気づいていった過程そのものが、『ネルソンさん』という映画を作っていく過程でもありました」

 日本映画倫理機構(映倫)のレイティングで「PG12(12歳未満の鑑賞には保護者の助言・指導が必要)」に指定された本作。「是非、子どもたちにも見てもらいたいと思っている」という塚本監督には、観客に「加害体験」を味わわせることへの覚悟がある。

「創作物から得られる小さなトラウマは、なるべく早いうちに経験した方がいいと思っているんです。そうすれば、実際にトラウマ的な状況に直面したとき、『身体で』拒否することができる。理屈ではなくて、本能的、直感的に『近づいちゃダメだ』と思う感覚を身につけてほしいなと思います。戦争は、『始めない』ことが何よりも大事。今後より多くの方に見てもらえたら、またいろんな意見や反応があると思うので、それも早く聞きたいなと楽しみにしています」

 アレンさんが亡くなってから17年。「戦争のリアル」を伏せてきた空気感に、塚本監督は「なんとか石つぶてを投げたいという気持ちがある」と話す。そうした監督の強い想いが、前述「金の小獅子賞」に繋がった。アレンさんが生涯をかけて伝えようとした戦争の恐ろしさを、次の世代はたしかに受け取っている。

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(取材・文=町田シブヤ)

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『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
監督・脚本・撮影・編集:塚本晋也
出演:ロドニー・ヒックス、ジェフリー・ラッシュ、マーク・マーフィー リリー・フランキー and タチアナ・アリほか
©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA
製作:木下グループ
配給:キノフィルムズ
kino cinéma 新宿ほか公開中。
公式サイト:nelsonsan.jp
公式X:@nelsonsan_movie

町田シブヤ

1994年9月26日生まれ。お笑い芸人のYouTubeチャンネルを回遊するのが日課。現在部屋に本棚がないため、本に埋もれて生活している。家系ラーメンの好みは味ふつう・カタメ・アブラ多め。東京都町田市に住んでいた。

X:@machida_US

最終更新:2026/10/09 22:00